ボタン、外したのに
「優からは、ラブエナジーは心を通わせた二人がキスをすれば溜まると聞いたわ」
日曜日。私は自室のローテーブルを挟んで、黒羽先輩と向き合って座っていた。
「えっと、つまり、キスすればいいのよね?」
開口一番、そう言った。
「え?」
「私は、全然、キスぐらいなら平気よ。嫌じゃないし。ただ、心を通わせるの定義が曖昧でよく分からないわね。とりあえずキスしてみたらいいのかしら? ほら、私は大丈夫よ! 真白、かかってきなさい!」
両手をグーにして握りしめ、目をギュッと瞑って口を突き出してきた。
決闘か何かだと思ってるんだろうか。
私は、黒羽先輩の方を真っ直ぐ見た。
「えっと、本当に優さんからはそう聞いてたんですか?」
「ええ。キスすればいいって」
きっと、優さんは黒羽先輩のことを大事にしていたのだ。
攻略をすることは、相手の好意を利用することになる。
黒羽先輩にはループしても記憶が残るから、尚更だ。
「あの、まずは黒羽先輩のこと、紡先輩って呼んでもいいですか?」
「いいけど」
私は立ち上がり、ローテーブルを回り込んで紡先輩の横に座り直した。
「じゃあ紡先輩。勘違いをしています」
「何を?」
「ラブエナジーは、キスでは溜まりません」
「ええ!?」
「正確には、キスでは溜まりますが、キスだけでは完全に溜まりません」
「でも優は」
「紡先輩には言えなかったんだと思います」
「どういうこと?」
「ラブエナジーは、えっちしないと溜まらないんです」
私の言葉に、紡先輩は目を見開き、口をパクパクと動かした。
「ええええええ、えっち!?」
「はい」
「え、待って、じゃあ優は!?」
「おそらく、あの六千人すべてと、そういうことまで、しなきゃいけなかったんだと思います」
この神宮寺の街で、それだけの人数と身体を重ねる。優さんが途中で逃げ出してしまったとしても、私はそれを責められない。
「えええ!? え!? じゃあ真白も!?」
「そうですね……私も、そういうことです」
紡先輩が両手で顔を覆い、ぶるぶると震え始めた。
「どうしますか? これからも紡先輩は協力してくれるから、後回しという提案をします。次のループでも……」
「で、でもそのうちやらなきゃいけないことよね」
紡先輩は顔を覆ったまま、しばらく動かなかった。
やがて、紡先輩は顔を上げ、ローテーブルに両手を置いた。
「や、やるわ私! ほら、真白きなさい! やってやるわよ!」
シュッシュッ、と紡先輩が空に向かって拳を突き出す。
謎のボクシングの構えだ。
「ものすごくやりにくいんですが……とりあえず、ベッドに行きましょう」
「は、はい!」
「どうして敬語なんですか」
私たちはベッドに移動し、並んで腰を下ろした。
紡先輩は、背筋を伸ばして膝の上で両手をぎゅっと握った。
「じゃ、じゃあ」
私が紡先輩の肩に手を添えた瞬間、身体が跳ねた。
「だ、大丈夫ですか? 無理なら……」
「大丈夫よ! 来なさい真白!」
紡先輩は目を閉じ、唇を結んだまま待っていた。
私はまず、触れるだけのキスをした。
すぐ離れると、紡先輩は閉じていた目を開ける。
「……終わり?」
「最初から急にしたら、びっくりするかなって」
「そ、それはそうね。段階的検証は大事だわ」
そう理屈を話す紡先輩の頬は、さっきよりずっと赤かった。
私はもう少しだけ長く、唇を重ねた。
紡先輩の肩から、ふっと力が抜ける。
その頬に手を添えて、離れる間際にもう一度だけ軽く触れた。
「紡先輩」
「な、何」
「もっとキスしてもいいですか?」
「……確認を取ってくれて、ありがとう」
「答えは?」
「いい、わよっ……」
私は紡先輩の唇に触れ、ゆっくりと角度を変えた。
唇を開くと、紡先輩の指が私の袖をつかむ。
舌先で触れた瞬間、紡先輩は私の肩を押して身体を引いた。
「紡先輩、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫よ!」
「無理してません?」
「してない! 今のは、想定より刺激が強かっただけ!」
「それ、大丈夫って言っていいんですか?」
「いいの! 続けなさい!」
紡先輩は自分から私の袖を引いた。
私は頷き、もう一度キスをした。今度は浅く触れて、紡先輩が逃げないのを確かめてから、少しずつ深くした。
キスを重ねながら、私は紡先輩の背中に腕を回した。
ベッドに横になる時も、急に倒さず肩を支えたままゆっくり体勢を変える。
紡先輩は枕に頭を預け、私を見上げた。
私は顔を寄せ、もう一度唇を重ねてから、ブラウスの一番上のボタンに触れた。
「脱がせても、いいですか?」
「……ええ」
紡先輩の返事を聞いて、私は一つずつボタンを外した。
布地の下に触れる前、もう一度顔を見た。
紡先輩は困った顔をしながら、頷いた。
私は肌に触れた。
紡先輩の肩がこわばる。
「やっぱり、嫌ですか?」
「違う。大丈夫」
大丈夫。
その言葉を信じたい。けれど、紡先輩の指はシーツをつかんでいた。
私は手を止めた。
「紡先輩、やっぱり今日はここまでに」
「大丈夫。大丈夫だから、続けて」
紡先輩はそう言って、私の手に自分の手を重ねた。
その手に導かれるまま、私はゆっくり指を滑らせる。
キスの合間に、触れる場所を少しずつ変えていく。
素肌をなぞるたび、紡先輩の肩が、ぴくりと震える。
そして、服をさらに脱がせようとした、その時だった。
「ひっ……ふぇ、ぇ……っ」
紡先輩の目から涙がこぼれた。
「ご、ごめんなさ……ふぇぇ……嫌じゃ、ないの……嫌じゃないんだけど……こわ、怖くて……っ」
紡先輩は腕で顔を隠した。
私はすぐに手を引き、はだけていたブラウスを戻した。
「ごめんなさい。無理させました」
私は紡先輩の身体を、起こさせた。
紡先輩はまだ顔を隠している。私は隣に座り、触れていいかを聞く。
「抱きしめてもいいですか?」
「……ええ」
返事を待ってから、私は紡先輩を抱き寄せた。
紡先輩の額が私の肩に当たる。
背中に手を回すと、紡先輩は私の服をつかんだ。
「真白……ごめんなさい……」
「大丈夫ですよ、紡先輩。謝らないでください」
「でも、私は協力するって」
「協力って、無理することじゃないです」
そう言うと、紡先輩の指先に、ぐっと力がこもった。
私は彼女の髪を乱さないように撫でた。
「……子供扱いしないで」
「してません。今日、紡先輩がすごく頑張ったの、分かってますから」
「……うぅ」
紡先輩の声はまだ掠れていた。
私はベッドの端に置いてあったブランケットを取り、紡先輩の肩に掛けた。
「今日は、ここまでにしましょう」
紡先輩は私の服をつかんだまま、しばらく離れなかった。




