友達、なのに
連絡先を交換した日の夜。逢坂さんから初めて届いたメッセージは、まるでビジネスメールだった。
『件名:本日の御礼
佐倉様
本日はお時間をいただき、誠にありがとうございました。
お怪我等ございませんでしょうか。
今後とも何卒よろしくお願いいたします。
逢坂亜里沙』
句読点まできっちりと打たれた硬すぎる文章に、私は思わず噴き出し、すぐに返信を打ち込んだ。
『逢坂さん、堅すぎ! もっと普通でいいよー』
それから数日後。
クールに振る舞っている逢坂さんだが、私がメッセージを送るといつも数秒で「既読」の文字がつく。
『今なにしてるの?』
『本日の予定であれば、学園後に課題を終わらせ、その後は父の手伝いを行う予定です』
『業務報告じゃないんだよなぁ』
『では、何を返せばよろしいのですか?』
『今飲んでる飲み物とか、見てる動画とか、そういうやつ』
『紅茶ですわ』
『写真送ってよ!』
『これでよろしいかしら』
送られてきた写真には、白いカップと、銀色のポットと、皿に乗った焼き菓子が映っていた。
『逢坂さんって紅茶飲む時も優雅なんだね?』
『そんなことありませんわ! これは日常です!』
さらに一週間が過ぎた頃。
私が送るゆるいキャラクターのスタンプに、最初は『その得体の知れない生物の画像は何の意図が?』と戸惑っていた彼女も、次第に不思議な絵柄のスタンプを購入して返してくるようになった。
『今日の夕焼け綺麗だったよー』
『わたくしの家の庭に咲いた薔薇です』
私が送った帰り道の写真に対し、逢坂さんからは信じられないほど立派な庭園の写真が送られてくる。
私たちは毎日、住む世界の違いを面白がりながら、他愛のない日常を共有していった。
ゴールデンウィークが目前に迫ったある日の夜。
私はベッドに寝転がりながら、逢坂さんにメッセージを送った。
『ゴールデンウィークって逢坂さん、やっぱり家のこととかで忙しい?』
『……特に予定はありませんわ。何か用ですか?』
『じゃあ遊ぼうよ! 記念すべき、初めての友達とのお出かけ!』
送信した直後、画面に「既読」がつく。
『……まあ、あなたがどうしてもと言うなら、時間を空けなくもありません』
どうしてもとは、言ってないんだけどな。
こうして逢坂さんとの二人きりのデートが決まった。
***
「それで、デートはどこへ行くかなんだけど……」
「ラブホテルなんかどうかしら」
「何言ってるんですか久遠先輩! まだ友達になったばっかりですよ!」
「なら、廃墟探索ね」
黒羽先輩が真顔ですごい微妙な提案をしてくる。
放課後の十六室。すでに席についていた久遠先輩と黒羽先輩に議題を出した結果が、この二択だった。
「友達になったばかりで、廃墟で何するんですか! 普通に、映画とか水族館とかでいいんじゃないですか?」
「ピクニックはどうだ?」
口を挟んだのは雪乃だった。
「私、真白の手作り弁当を食べてみたい」
「三上さんがデートするわけじゃないのよ」
久遠先輩が呆れた顔でため息をつく。
「でも、手料理はいいアイデアかもしれないわね。あの世間知らずのお嬢様なら、庶民の弁当は逆に新鮮に映るはずよ」
「手料理ですか……私、そんなに得意じゃ……」
「大丈夫よ。真白のカレー、美味しかったもの」
その瞬間、雪乃がこちらを見た。
「カレーを作ったとは、どういうことだ?」と言われている気分になる。
久遠先輩も雪乃の反応に気づき、口元を上げた。
「あら、三上さんは真白の手料理食べたことないのかしら?」
「マウントを取るな! この公害女!」
雪乃が椅子を鳴らして立ち上がった。
久遠先輩は私の背後に移動し、後ろから私を抱きしめて笑った。
雪乃は肩をつかみ、久遠先輩を私から引き剥がした。
「タンマタンマ。雪乃には、今度作ってあげるから」
「ほんとか!? 約束だぞ!」
雪乃がぱっと顔を輝かせて、私の右腕に抱きついてくる。
「真白、また私にも作って欲しいわ。今度はハンバーグなんてどうかしら?」
「お前に作る料理はない! この残念女!」
久遠先輩は涼しい顔で、反対側から私の肩を抱き直した。
右腕に雪乃、左肩に久遠先輩。二人に挟まれて、私はもう動けない。
「だいたい、真白と最初に結ばれたのは私だ」
「あら。そんなことでしかマウントを取れないのね。中身でしょう。私は真白の、寝るときの癖まで知っているけれど」
「ね、寝るときって……っ! わ、私だって、真白の家に泊まったことくらいある!」
「泊まった、ね。私のベッドで、『もっと』ってねだってきたのはあの子の方だけれど」
「ぐっ……! く、口ではなんとでも言えるだろ! ……いいか、私は真白の弱点を知ってるんだぞ。真白は、耳が弱いんだ!」
黒羽先輩の、クッキーを齧る手が止まった。
「耳?」
久遠先輩が、おかしそうに目を細める。
「ずいぶん可愛らしいところで止まっているのね。それ、イルカにでも聞いたのでしょう。あなた、自分の手で確かめてはいないもの」
「なっ……!」
「真白が本当に弱いのは、そんな上品なところじゃないわ。内腿を指でなぞると、あの子、足を閉じることも、私を押しのけることもできなくなるの。声を殺そうと我慢するのが、また可愛くて。……耳でとどまっているなんて、あなた、入り口にも立てていないのね」
「ま、真白の体を一番分かってるのは、私のはずなのに……っ!」
「あら。あなたがあまりにも受け身だから、知る機会がないだけよ」
「〜〜〜〜っ!!」
「ちょっ、待ちなさい! あなたたち、さっきから、いったい何の話をしているのよ……っ!?」
ボサボサ頭の黒羽先輩が、耳まで真っ赤になって、椅子の上で硬直している。
当の私は、口を挟む隙もなく赤裸々にされて、もう穴があったら入りたい。
とにかく、今は目の前の逢坂さんとのことに集中するんだ。
手料理、ピクニック、初めての友達とのお出かけ。
コンビニのチキンを秘密にしていたお嬢様と、弁当を広げて同じ昼ご飯を食べる。
それくらい健全なのが、私と逢坂さんの関係をはじめるのには、きっとちょうど良い。
……今のこの状況からは、想像もつかないくらいに。
そんなことを考えている間も、両腕は引っ張られて、私はしばらく解放されなかった。




