先輩も、攻略します
学園に戻る頃には、授業は全て終わって、放課後になっていた。
私は黒羽先輩を連れて、十六室の前で足を止めた。
「失礼します」
私が扉を開けると、雪乃と久遠先輩がこちらを振り向いた。
雪乃は椅子から立ち上がり、久遠先輩は開いていた書類を閉じた。
「真白、今日サボって何してたんだ?」
私の後ろから、黒羽先輩が室内へ入る。
初めて来た場所なのに、遠慮する気配がない。
「なんだ、そのちびっ子」
「失礼ね! 私は三年生よ! 敬語を使いなさい」
「三年生? その身長で?」
「身長は関係ないでしょう!?」
「あら、黒羽紡じゃない」
「あなたは、えっと、九条院久遠」
「知り合いなんですか?」
「成績トップの人間は大体覚えているわ。で、ここに連れてきたということは、真白と黒羽紡は付き合うということね?」
「へ?」
「攻略対象でしょう?」
久遠先輩が私の頭を撫でてくる。
今日は色々な話を聞きすぎて、逆らう元気がない。
「いい子ね、真白。ちゃんと連れて帰ってきて偉いわ」
久遠先輩はそのまま、私を後ろから抱き寄せた。頭の上で、満足げな声がする。
「な、なになに!? あなたたち、そういう関係なの!?」
黒羽先輩が、私と久遠先輩を交互に指さす。
「おい九条院、真白から離れろ! イルカの許可なく手を出したら、お手つきでマイナス五十だろうが! ルールを守れ!」
雪乃が机を回り込んで掴みかかる。
「あら。イルカが言ったのは『手を出したら』でしょう。抱きしめることは、手を出すうちに入らないわ」
「屁理屈だ!」
「ルールの穴を突くのも実力のうちよ」
「……っ、なら、その穴は私も使う! 真白は私のだ!」
雪乃が私の腕を抱え込む。
久遠先輩は私を抱きしめたまま放さない。
私は二人の間で、動けなくなってしまった。
黒羽先輩は、口を半分開けたまま固まっている。
「二人とも落ち着いて。それより、今は大事な話があるの」
私はなんとか二人の腕から抜け出した。
「黒羽先輩、いろんなことを知っていて。その、ループしているって記憶があるんです。イルカイル!」
私が叫ぶと、青い光の粒子が集まり、ホログラムのイルカが出現した。
「はあ〜、何イルカ。面倒臭いのを連れてきたイルカね。こいつの前には姿を現したくなかったイルカけど」
不貞腐れた声と共に、イルカイルが机の上に姿を現した。
普段より輪郭がぶれている。
「な、何これ!?」
「イルカイル。私にラブエナジー集めをお願いしてきたイルカです」
「イルカ、優はどこに行ったの? 教えなさい」
「優? 誰のことイルカ〜? 全然分かんなイルカ〜!」
「……優って、誰だ?」
雪乃が首をかしげる。久遠先輩も、こちらを見ていた。
ごまかしきれないと悟ったのか、イルカイルが小さく息を吐く。
「真白の前に、このループを終わらせようとしていた前任者がいたイルカ。優っていうイルカ。でも、ある日いなくなって、その続きを真白がやってるイルカよ」
雪乃は「前任者……」と呟いて、それ以上は追わなかった。
雪乃にとって、ずっと好きだったのは、目の前にいる私だ。
……でも、本当は違う。
雪乃が好きになったのは、きっと優の方だった。その気持ちごと、私が知らないうちに上書きしてしまっただけ。
なのに雪乃は、何も知らないまま、まっすぐに私を見てくる。
その迷いのなさが、今は少しだけ、胸に刺さった。
でも、久遠先輩は違った。
私が前に「別の世界から来た」と話したことと、今の“前任者”が、頭の中で結びついたんだろう。
何か言いかけて——やめた。
「それと、あと十六人のラブエナジーを溜めればループが終わるって本当なの?」
「あと十二人イルカよ。真白は四人攻略したイルカ。紡もその攻略対象イルカね。まったく、前任者ったら、なんでこんな面倒なやつを残したイルカ」
「そうよね。私は優と顔見知りだったから、後回しでいいって言われてたわ。だから、私のラブエナジーは溜まってないわね。いいわ、真白。早く私にキスしなさい。ラブエナジーを溜めるのよ。そうすればあと十一人。早くこのループを終わらせましょう」
黒羽先輩が私に顔を近づけてくる。
「で、でも私今は別の子を攻略していて……」
涼香の名前を出しかけて、止めた。
私が言い直す前に、久遠先輩が手を挙げた。
「待ちなさい。真白は今、双葉涼香を攻略中なのよ」
久遠先輩が黒羽先輩の方へ向いた。
「そこで確認だけれど、黒羽紡はループの記憶があるのでしょう?」
「あるわ」
「普通はループで記憶ごと消えるのよね。記憶が残る紡なら、ラブエナジーも引き継げたりしないのかしら?」
「記憶は残っても、ラブエナジーはリセットされるイルカ。記憶持ちでも例外じゃなイルカ」
「じゃあ、ループはいつ起きるんだ?」
「誰かの攻略が成立して、瓶が満タンになった時イルカ。その瞬間ループして、まだ途中の相手のラブエナジーは全部消えるイルカ」
「……つまり、今ここで黒羽先輩のエナジーを溜めても、先に涼香の攻略が成立したら、そのループで黒羽先輩の分は消える」
「まあ逆もそうイルカ。ただ涼香はちょっとしか溜まってないから、そっちが消える分には痛くないと思うイルカ」
イルカイルが空中に瓶の映像を映し出す。底の方にしかピンク色の液体は溜まっていなかった。
瓶の底で、ピンクの色がわずかに揺れる。
涼香と絡めた小指の感触を思い出す。
「でも、涼香とせっかく仲直りして、今は連絡取れないけど、前向きに友達になってくれるって言ってくれたのに」
「別にいいじゃない。私のラブエナジーを溜めながら、その涼香? とのラブエナジーを溜めれば」
黒羽先輩は空中の瓶を見て、そう言った。
「え?」
「優は同時に何人も口説いていたわよ」
「へ?」
聞き間違いであってほしかった。
「そんなことできるの、イルカイル!?」
「はあ〜、余計なこと言うなイルカ! この方法はあんまり推奨されてなイルカ」
「教えなさい」
黒羽先輩がイルカイルに向かってそう言うと、イルカイルは観念したように口を開いた。
「同じタイミングで、同じ日のうちに同時に瓶が満タンになればカウントされるイルカ」
「つまり、涼香を攻略しながら、黒羽先輩とラブエナジーを溜めても問題ないということ?」
「そういうことイルカね。ただ、同じ日に溜めないとだめイルカよ。とってもシビアイルカ」
「……やってみればいいだろ。そうすれば、早く終わる」
雪乃は腕を組んだまま、私の方へ視線を向けた。
「やってみればって……それ、何股もするってことじゃん!?」
「でも、世界を救うためだから仕方ないわね。それに、すでに私という彼女がいながら他の女を口説きに行くのだから、すでに二股はしているわ」
「いつ真白がお前の彼女になったっ!」
「では、本当に同時に攻略できるのか、試してみましょう。そうね、ゴールデンウィークも近いし、今から双葉涼香以外の女にアタックしてみましょうか」
久遠先輩が腕を組んで頷く。
「瓶が満タンになりそうな時に、黒羽紡とはラブエナジーを溜めればいいわ」
「私も協力するわ」
「じゃあ、黒羽紡も零式会のメンバーになりましょう」
久遠先輩は当然のように新しい書類を取り出し、黒羽先輩の名前を書き込んだ。
雪乃は不満そうに、黒羽先輩を睨んだ。
黒羽先輩はその視線を受けても気にせず、長机の空いている椅子を引いた。
私はその三人を見ながら、涼香の瓶に残った色を思い出す。
中間テストが終わるまで、涼香とは会えない。
なのに、その間に私は別の女の子へ会いに行くことになる。
帰るために必要なことだと、思い込もうとした。
こうして黒羽先輩が仲間になって、私の新たな攻略が始まることになった。




