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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第五章 届かない相手

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この街、出られないの?

「座りなさい」

「あ、はい」


 黒羽(くろは)先輩は三年C組から少し離れた空き教室に入り、扉を閉めるなり、パイプ椅子を二脚引き出して一つを私の前へ置いた。


 私は言われるまま椅子に座った。


「もう一度聞くわ。あなたは佐倉優(さくらゆう)を知らないのね」

「知らないです」

「佐倉出海(さくらいずみ)は妹」

「はい」

「佐倉家の長女として暮らしてる」

「……はい」

「おかしいわね」


 私は作り笑いを浮かべてごまかそうとした。


「まあ、私もちょっとおかしいとは思ってますけど」

「ちょっと?」

「はい。ちょっとどころじゃないかもです」

「佐倉家に、長女はいなかった」

「……え?」


 否定しようとして、言葉が出なかった。

 佐倉家のことを、本当は私は何も知らない。

 出海の姉として朝食を食べて、母親に弁当を作ってもらって、当たり前のように家に帰っているのに。


「少なくとも、私が知っている佐倉家には、出海と優がいた」


 もしかして。

 私の前の主人公だった人のことなのだろうか。


「あなたは、誰?」

「私は…………」


 ごまかすなら、今だった。

 黒羽先輩の勘違いだと言う。

 でも、黒羽先輩は、出海のことも知っていた。

 私より、この世界の佐倉家を知っている。


「多分、その、優さんの代わりに他の世界から来た者です」


 黒羽先輩は笑わなかった。

 何を馬鹿なことを、とも言わなかった。

 私はイルカイルのことを話した。

 ラブエナジーを集めなければ帰れないこと。

 攻略しろと言われていること。


「なるほど、優がいなくなってそんなことが……」

「いなくなった?」

「優は、いなくなった」

「……」

「みんなは、最初からいなかったことにして過ごしてる。出海でさえ、兄がいたことを忘れてる」

「出海が……」

「なのに、あなたは佐倉真白(さくらましろ)として出海の姉になっている」


 出海の顔が浮かんだ。

 朝、私を起こしに来る声。

 食卓で平然と姉妹として話してくる距離感。

 あれが全部、優という人の場所に私が入り込んだ結果なのだとしたら。


「私、優さんのこと何も知らないです」

「でしょうね。だから、私が知っていることを話す」

「知っていること?」

「私はループしているわ。何回ループしたかは分からないけれど、多分百回以上」

「百回!?」


 私は椅子から立ち上がりそうになった。

 パイプ椅子の脚が床を鳴らし、黒羽先輩が片手で制した。


「座って。まだ途中よ」

「これで途中なんですか」

「優はこの学園の女性全てと結ばれ、キスをすることでラブエナジーを溜めろと言われていた」

「学園の女の子全て!?」

「この学園は本科だけじゃない。大学も併設されているもの。そして、普通科だけじゃなくて、特進(とくしん)クラス、音楽科、芸能科、デザイン科、商業科、情報科、工業科、農業科まである……」

「え! 広いとは思ってたけどそんなに!?」

 黒羽先輩は立ち上がり、黒板の端にチョークで数字を書き始めた。


「本科だけで二千人ぐらいいるわ。そして大学は一万人。つまり、一万二千人。教職員は七百人ほど。その中の独身の女性、彼氏持ちも含まれるわ。そうなると、約六千人の女性が恋愛対象になる」


 黒羽先輩が最後に「約六千」と書き、チョークを置いた。


「優が攻略できたのは、そのうち千人ほどだと言っていた。残りは、五千人」

「ごせんにん……」

「え。じゃあ私も、その続きを……?」

「それとも、あなたは男の方を攻略しに来たの? それなら、まだ説明はつくけれど」

「いえ。女の子を、十六人だけって言われました」

「十六人? 六千人じゃなくて?」

「はい。十六人、だけ」

「……変ね。五千人も残っているのに、あなたはたったの十六人。同じ“ループを終わらせる役”には、とても見えない」


 黒羽先輩は、私をじっと見た。


「ねえ。それ、誰に頼まれたの?」

「イルカイル……っていう、案内役です」

「そのイルカが、あなたに本当のことを全部話していると、思う?」


 昼休みの終わりを知らせる予鈴が、廊下から聞こえた。


「優は、あるループから、突然消えたの。私は何度も探したわ。でもいなかった」

「探すって、世界中を探したとか? もしかしたら疲れちゃって海外に行ってたり……」

「それはないわね。いいわ。一回あなたにこの街がどうなっているか見せましょう」


 今の話を授業より優先するのかと聞こうとして、私はやめた。

 百回以上ループしている人にとって、今日の午後の授業は、とっくに何度も受けたものなのかもしれない。


***


 私たちは学園を出て、駅へ向かった。

 駅前のバス停には列ができていて、タクシー乗り場にも客待ちの車が並んでいる。

 人通りも多い。昼間の駅前として、何もおかしくない光景だった。

 おかしいのは、駅の中だった。

 券売機の画面は点いている。自動改札も動いている。発車案内には次の電車の時刻が表示されている。

 それなのに、駅員も、改札を通る人も、ホームで待つ人も、一人もいない。

 外にあれだけ人がいるのに、誰も電車に乗ろうとしていなかった。


「……誰もいない」

「でしょうね」

「いや、でしょうねじゃなくて。昼間ですよね?」

「昼間よ」

「じゃあ、なんで?」

「この街にいる人間は、外へ出る用事を作らないから」

「そんなことあります?」

「あるから、今こうなっているのよ」


 黒羽先輩は改札を通らず、駅前の通りへ戻った。


「駅では分かりにくいわ。境界へ行きましょう」

「境界?」

「隣町との境」


 黒羽先輩について、駅前の商店街を抜ける。

 店は開いている。店員もいる。買い物をしている人もいる。

 駅に誰もいなかったのに、街はいつもの顔で動いていた。

 商店街を抜け、住宅街を過ぎると、川沿いの道に出た。

 橋の向こう側には、隣町の標識が見える。


「この橋の向こうが境川よ」

「普通に渡れそうですけど」

「そう見えるだけ」


 黒羽先輩が橋へ進む。

 私は慌てて追いかけた。

 欄干の向こうにある隣町の標識が、急に読めなくなる。

 橋の先が白く抜け、次の瞬間、私たちは橋の手前へ戻っていた。


「……え?」

「今、渡ろうとしましたよね?」

「渡ろうとしたわ。でも、街の外へ出る前に戻された。この神宮寺の街から私たちは出られないのよ」

「でも、今までどうして誰も気づかなかったんですか?」

「遠出の予定は流れる。外へ行こうとすると、別の用事を思い出す。そう、思考が誘導されているのよ。何者かによってね」

「でも、黒羽先輩はループに気がついているじゃないですか」

「そうなのよね。それが不思議」

「それ、イルカイルに聞いたら分かるかも」

「さっき言っていた、あなたに指示をしたというイルカね」


 私はあの腹が立つ顔のイルカのマスコットを思い出した。


「しかし、そんな存在、優に聞いたことないわね。そいつがいるところ、案内してくれる?」

「もちろんです」

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