校門で待ってるから
翌朝、私はホームルーム前の教室へ駆け込んだ。
まだ鞄を下ろしていない生徒たちの間を抜け、一直線に自分の席へ向かう。
隣の席では、すでに雪乃が本を広げていた。鞄を机の横にドスンと置く。
「雪乃! 今日は絶対、一緒に帰るから!」
登校して最初に言う言葉としては、どう考えてもおかしい。
しかし、雪乃はページをめくる手を止めない。視線すらよこさなかった。
「私、放課後は校門で待ってるからね! 何時になっても待ってるから!」
「…………」
完全な無視。
それでも、今日は引かない。私はイルカイルのアドバイスと脅迫を胸に、自分の席に座った。
***
終わりのチャイムが鳴るなり、私は鞄を掴んで立ち上がった。
「それじゃあ雪乃、宣言通り私は先に校門行ってるね!」
本を開き直した雪乃の横顔に声をかけ、そのまま足早に教室を出る。
校門の横のレンガの壁に寄りかかり、私はスマホを見た。
部活へ向かう生徒や、連れ立って帰る生徒たちが次々と門を通り過ぎていく。
三十分が経ち、一時間が経った。
「真白ちゃん……本当に待つ気?」
校舎から出てきた唯花が、心配そうな顔で近づいてきた。
「うん! 待つって決めたから!」
「うーん……でも三上さん、ホームルーム終わってからずっと机で本読んでて、動く気配ないけど……」
「大丈夫、いつかは帰るでしょ!」
「あんまり無理しないでね? 暗くなってきたら、ちゃんと帰るんだよ?」
「ありがとう、唯花。また明日ね!」
唯花を見送り、私は再び壁に背中を預けた。
***
夕暮れが過ぎ、空がすっかり暗くなった。
街灯が点灯し、オレンジ色の光がアスファルトを照らしている。
「……はぁ。部活の人たちも、みんな帰っちゃったな……」
私は靴のつま先で、地面の小石を軽く蹴った。
スマホの画面を確認する。もうとっくに下校時刻は過ぎていた。
「……もう帰っちゃったのかな。別の門から出た可能性もあるよね」
胸の奥に不安が広がる。
でも、帰れない。
元の世界に帰るためには、あの子を攻略しなきゃいけないんだから。
ここで諦めちゃダメだ。
それに。
(もし本当に私のことが目障りで大嫌いなら、ただ無視すればいいのに。わざわざ『失せろ』とか『キモい』って強い言葉で追い払おうとするのは……なんで?)
あの徹底的な拒絶。その奥にある、どこか痛そうな目の理由を確かめたい。
私が両手でスマホを握りしめた、その時だった。
「……バカなんじゃないのか、あんた」
背後から、低く冷たい声が降ってきた。
振り返る。
街灯の光の下に、鞄を持った雪乃が立っていた。
「えっ……。雪乃!」
「本当にずっと立ってるバカがいるなんて思わなかった。脳みそ空っぽなのか?」
雪乃は呆れたようにため息をついた。
私はスマホを鞄に突っ込み、顔を綻ばせる。
本当に嫌なら、別の門から帰るか、私を無視して素通りすればよかった。
なのに、わざわざ声をかけてくれた。私を置いてそのまま帰ることはしなかったってことだ。
「だって、待ってるって言ったもん!」
「何一人でニヤニヤしてるの。キモい。さっさと歩けば?」
雪乃は私に背を向け、歩き出す。
「目障りだから私の視界に入るな。三メートル後ろを歩け」
「えへへ、一緒に帰ってくれるんだ! 嬉しい!」
「は? 誰も一緒に帰るとか言ってない。あんたが勝手に同じ道を歩いてるだけ」
雪乃は振り返らずに冷たく言い放つ。
「……というか、なんでそんな嬉しそうなんだ。気持ち悪い。吐き気がする」
「いくらでも言っていいよ! 今日はこうして一緒に帰れるだけで大満足だから!」
私は雪乃の少し後ろを、スキップしそうな足取りでついていく。
住宅街の狭い道。ふと、前方の路地裏に小さな動く影が見えた。
「あ、ねえ見て! あそこの路地裏に野良猫が――」
私は猫を指差し、身を乗り出そうと一歩横にずれた。
「危ないッ!!」
「えっ、わっ!?」
腕を、思い切り後ろに引かれた。
凄まじい力だった。
バランスを崩した私の目の前を、ヘッドライトを点けた車が猛スピードで走り抜けていく。
風圧が顔を叩いた。
「い、痛っ……。雪乃……?」
私の腕を強く握りしめているのは、雪乃だった。
雪乃は肩で息をしながら、私を睨みつけている。
「……前見て歩け。車……来てただろ。車道側に出るな、バカ」
雪乃は私の腕を離すまで、ずっとこちらを睨んでいた。
「あ……ごめん。ありがとう、雪乃」
「……っ、別に! 勘違いするな。あんたが車に轢かれようがどうなろうが、私には一切関係ないからな!!」
雪乃はバッと私の腕を放し、顔を背けた。
そのまま、足早に歩き出す。
私は自分の腕に残る痛みをそっとさすった。
言葉と行動が、全然一致していない。
私を引き戻してくれた時の力は、私のことがどうなってもいいと思っている人の強さじゃなかった。
「何立ち止まってんだ。本当に置いていくから」
数メートル先で、雪乃が苛立ったように振り返る。
「あ、待ってよ雪乃! 今行く!」
私は鞄を抱え直し、雪乃の背中を急いで追いかけた。




