友達から、お願いします
「それで、どうだったのかしら?」
「屋上で話しました」
放課後の十六室。
久遠先輩はノートパソコンを開いたまま私を待っていて、雪乃は窓際の椅子に座っていた。
私は鞄をソファーの横に置き、報告した。
特進クラスまで行ったこと。
涼香を呼び出してもらったこと。
復縁しないかと聞いて、即答で断られたこと。
「あと、久遠先輩が送ったメッセージも見られてました」
「例のメッセージ?」
「『えっちしよ』です」
長机の真ん中で、雪乃が盛大なため息を吐き出した。
「やっぱりお前のせいだろ!?」
「まあまあ、私も深く考えずに復縁しようって言ったから……」
ノートパソコンに向かっていた久遠先輩が、顔を上げる。
「やっぱり強引にキスするしかないわね」
「できないですよ」
「手っ取り早くて効率的なのに」
「却下です」
「………」
久遠先輩はあっさり引き下がった。
「はあ、どうしよう……」
「仕方ないわね。ここは友達から始めましょう」
「確かに……。とりあえず仲直りしたいって伝えてみよう!」
私は強く頷いた。
仲直り、と口で言うのは簡単だ。
でも私は、何が二人の間にあったのかを何も知らない。
それでも、明日もう一度会いに行くしかなかった。
***
翌日の放課後、私はまた特進棟へ向かった。
二年A組の前に立つと、昨日声をかけてくれた女子生徒が教室の中からこちらを見る。
私は頭を下げて、もう一度涼香を呼んでもらった。
涼香は昨日よりも眉間にシワを寄せて、教室の扉から姿を見せた。
「……また来たの? しつこい」
「ごめん! 昨日は本当に変なこと言ってごめん!」
私は廊下で深く頭を下げる。
「……で? 今日は何?」
「いきなり復縁とかじゃなくて、まずは友達からやり直せないかなって」
「は? 友達?」
「うん、とりあえず昨日のことも含めて仲直りしたいんだ」
涼香は呆れた顔で深くため息をつき、腕を組む。
「そもそも、そっちから振ったくせに」
「えっ」
私が涼香を振った。
その事実を、私はここで初めて知った。
教室の中から、さっき呼び出してくれた女子生徒がこちらを見ている。
ここで「覚えてない」と言うわけにはいかない。
「覚えてないわけないよね? もしかして忘れたの? 本当に最低」
私は咄嗟に口を開いた。
「いや、あの時は深い理由が! 涼香のこと嫌いになったわけじゃなくて!」
「……っ」
「本当にごめん! 私が全部悪い! でも、涼香ともう一回仲直りして友達になりたい! だからお願いします!」
叫んだ声は廊下の端まで届いて、教室の中の話し声が一瞬で止まった。
「ちょっと、今教室……っ!」
涼香が顔を真っ赤にして、周囲の視線を気にしながら私の肩を叩く。
「また明日も涼香に謝りに来る! だから、涼香も考えて欲しい!」
私はそれだけ言うと、涼香の返事も聞かずにその場を走り去った。
***
翌日の昼休み、私は弁当箱を持って、唯花と五月のところへ向かった。
五月は机に肘をつき、購買で買った紙パックのジュースにストローを刺している。
唯花は幼馴染として、五月は一年からの友達として、私の知らない真白の過去の思い出を共有しているはず。
涼香のことも、何か知っているかもしれない。
「五月、特進クラスの双葉さん知ってる?」
「双葉涼香? 名前なら知ってるよ。特進でいつも一位の人でしょ」
「あ、知ってるんだ」
「そりゃ知ってるって。で、その人がどうしたの?」
五月は涼香の名前を知っている。
でも、私と涼香のことまで知っている顔ではなかった。
「唯花は?」
「えっと、知ってるけど。真白ちゃんが一番よく知ってるんじゃないの?」
後ろの席から、唯花がひょっこりと顔を出した。
「えー誰誰? その人がどうしたの?」
五月が興味津々に身を乗り出してくる。
「言っていいの、真白ちゃん?」
唯花がちらりと私を見る。
「え、うん」
「その、真白ちゃんの、前お付き合いしていた彼女、だよ」
「え、真白と双葉さんが付き合ってたの!?」
五月はストローから口を離し、私と唯花を交互に見た。
「五月だって彼氏いるでしょ」
「どうしてそれを!? いや、別れたんだけどさ」
「別れたんだ……」
ゲーセンで大和くんと並んでいた五月。
彼氏とのキスを相談してきた五月。
今の五月は、その時間を知らない。
「唯花はさ、なんで私が涼香のこと振ったか知ってる?」
「え? 真白ちゃんが振ったの? でも涼香ちゃんから真白ちゃんが振られて……あれ?」
唯花と五月が顔を見合わせる。
「私が振った」と「私が振られた」が、唯花の中で食い違っている。
「えっと……どっち?」
「ご、ごめん。なんかよく思い出せなくて……」
唯花の記憶も、五月の記憶も、この世界の辻褄を合わせるために曖昧に補正されているんだ。
これじゃあ、二人から正しい過去を聞き出すことはできない。
「そっか。ごめんね、変なこと聞いて」
「あ、でもさ!」
五月が紙パックのジュースを置いたまま、口を開いた。
「付き合ってた時のことは知らないけど、双葉さんが特進でずっと一位って話は前から聞いてたよ」
「そ、そうだっけ?」
「うん。成績がすごくいいって、真白が前に言ってた」
「言ってたんだ、私……」
「だから、真白が振ったとか振られたとかじゃなくて、身を引いたんじゃない? 勉強の邪魔したくなくて」
五月の言葉に、私は息を呑む。
確かに、そういう理由なら辻褄が合う。
「ありがとう二人とも! ちょっと行ってくる!」
「どこに?」
「涼香のところ!」
「いってらっしゃい」
私は立ち上がり、教室を飛び出した。
***
再び特進クラスの二年A組の前。
呼び出しに応じた涼香は、またしても不機嫌な顔で出てきた。
「……ちゃんと謝りに来た。一緒に屋上きてもらってもいい?」
「……」
涼香は黙ったまま私を睨む。
「……少しだけなら」
仕方ないという態度で、涼香が歩き出す。
二人で屋上に出ると、私は涼香に向き直った。
「あの時、涼香の勉強の邪魔をしたくなかったんだ」
五月が推測したことをそのまま伝える。
「本当に、ごめん」
私が頭を下げても、涼香はすぐには言い返してこなかった。
「……もう、謝らなくていいから」
涼香が視線を逸らす。
「ずっと分かってた。真白がどういう気持ちで私のそばにいるか。真白も勉強を頑張っていたのは伝わってた」
「……」
「でも、私は私の目指す場所に行きたかった。だから本当は、別のレベルの高い高校……桜蘭大附属に行くつもりだった」
涼香の声が震える。
「でも、やっぱり、真白と離れたくなくて、十六夜学園の特進を選んだ。なのに、私がそうするって言う前に、真白は私のことを拒絶したんだよね」
「……」
「酷いよ。本当に、酷い」
「ごめん」
「だから、謝らないでってば……」
涼香が目元を拭う。
私の知らない記憶を、私と過ごした大切な記憶として話す涼香に、私は「覚えてない」と言えなかった。
その代わりに、もう一度頭を下げる。
でも、これはあくまでゲームの攻略。
元の世界へ帰るためにやるべきことなのだ。
「だから、最初からやり直そう。友達として、一から」
私は涼香の目を真っ直ぐに見据える。
「だめ、かな?」
涼香はしばらく黙り込んでいた。
「……分かった。友達からなら……」
「ありがとう涼香!」
私は嬉しさのあまり、涼香に飛びついて抱きしめた。
「ちょっ、友達からって言ったでしょ! 離して!」
涼香が私の背中をポカポカと叩く。
しかし、その力は弱く、彼女の顔は真っ赤に染まっていた。




