これからは、ずっと一緒
私たちは、二人で十六室のドアを開けた。
長机の奥、いつもの定位置でパソコンに向かっていた久遠先輩が、顔を上げる。
「昨日も呼び出したのに、どうして来なかったのかしら」
「……昨日?」
私はドアノブから手を離した。
昨日は、雪乃と学校をサボってしまった。
もしかして、昨日も今日と同じく呼び出しのアナウンスがあったのだろうか。
「学校を休んでしまって」
「三上さんも一緒に?」
雪乃が隣で舌打ちした。
「まあいいわ」
久遠先輩は、机の上に置かれていたファイルを閉じた。
「全部聞いたわ。この世界がループしていること、そして真白、あなたがやっていることもね」
「えっ!?」
久遠先輩の口から、ループという言葉が出た。
雪乃が覚えているだけでも想定外なのに、どうして久遠先輩まで覚えているのか。
私が何か言おうとする前に、長机の奥で青い光が走った。
久遠先輩の背後、机の上が光る。
光の中から、見慣れたイルカのホログラムが姿を現した。
「やあやあ、お揃イルカね」
「イルカイル!」
「イルカイル、どういうこと!? なんで久遠先輩が知ってるの!?」
「久遠の記憶は、消さないでおいたイルカ」
「消さないでおいたって、そんなことできるの!?」
「できるイルカ。というより、今回はそうした方が都合がよかったイルカ」
「都合って何!?」
「久遠は零式十六会を動かせるイルカ。これからもっと攻略を効率よくするなら、拠点と管理役が必要イルカ」
私は久遠先輩を見た。
ベッドの上で見た二十三時五十九分。久遠先輩の寝顔。最後に呼んだ声。
「先輩、本当に覚えてるんですか」
「ええ」
久遠先輩は私から目を逸らさなかった。
「真白をたくさん可愛がったことも、全て覚えているわ」
返事ができなかった。
隣で、雪乃の肩がぴくりと跳ねる。
「……真白の身体が目当てなだけのくせに」
吐き捨てる声が、少し掠れていた。
「私、このイルカに協力することにしたわ」
久遠先輩がイルカイルの横に立ち、私と雪乃を見据える。
「この十六室を拠点に、これから攻略をしていくイルカよ」
イルカイルが胸のヒレを張った。
「というわけで、三上さん」
久遠先輩が雪乃を見る。
「あなたには、零式会に入ってもらいます」
「はあ!?」
雪乃が声を荒げた。
「どうやらあなた、真白の邪魔をしているらしいじゃない」
「邪魔なんてしてない」
「していたイルカ! 新たにヒロインを攻略しないといけないのに、昨日は朝から盛って真白を拘束していたイルカ」
「〜〜〜〜っ!」
雪乃が顔を赤くして口をつぐむ。
「というわけで、今度から真白とのイチャラブご褒美タイムはポイント制になったイルカ!」
「ポイント制?」
「五十ポイントから放課後過ごす権利、百ポイント貯まったら、土曜日か日曜日、真白とイチャイチャする日をプレゼントするイルカ!」
「ちょっと、そんなの認めないぞ!」
雪乃が久遠先輩の方へ詰め寄るが、イルカイルは意に介さない。
「真白は攻略をがんばるイルカ! ちなみに、私の許可なく真白に手を出したら、お手つきでマイナス五十ポイントイルカ!」
「そんなの、真白の意思はっ!」
「真白の意思とか言ってるけど、雪乃はただ真白を独占したいだけイルカね」
「違うっ!」
雪乃の手が制服のスカートを掴む。
「これからは、このイルカのルールに則って行動するわ」
久遠先輩が冷静に告げた。
「攻略対象の鍵となる情報を集められれば、内容によってポイントがつく。それでいいのよね? イルカイル」
「そうイルカ! あとは真白の攻略の手助けをすれば、それに応じてポイントが入るイルカよ〜! 攻略対象のリストは、スマホに後で送るイルカ!」
イルカイルが言い終わると同時に、その姿が光と共に消えた。
「じゃあ、頑張りましょうね。三上さん」
久遠先輩が雪乃に向けて口角を上げる。
雪乃は久遠先輩を睨みつけたまま、何も言い返さなかった。
久遠先輩は雪乃から視線を外し、私を見る。
「真白、もう一人で抱えなくていいわ。これからは、ずっと一緒よ」
「勝手に決めるな。真白は渡さない」
雪乃が私の袖を掴んだ。
久遠先輩はそれを見ても、表情を変えない。
私は今、どちらに返事をすればいいんでしょうか……。
***
最後のチャイムが鳴り、教室の中で椅子を引く音が重なった。
雪乃は帰り支度をしないまま、机の横に立っていた。私も鞄のファスナーを閉めたところで手を止める。
廊下側のドアが開き、教室のざわめきがなくなった。
久遠先輩が、ドアの前に立っていた。
静かになった教室に、今度は別のざわめきが広がっていく。
「ちょっと……あれ、九条院先輩じゃない?」
「えっ、本物? なんで普通科の教室に」
「やば、近くで見ると本当に綺麗……」
零式会会長で、特進クラスの成績はいつも学年トップ。
もしかして、すごい有名人なのだろうか。
そんな人がうちのクラスに現れて、みんな遠巻きにざわついている。
あの九条院先輩が、一体何の用で――。
その視線を全部無視して、久遠先輩はまっすぐ雪乃を見た。
「三上さん、迎えに来たわ」
「……なんであんたが来るんだ」
「仕事よ。あなたは今日から零式会なんだから」
久遠先輩が私の方に近づいた。
「真白」
久遠先輩は私の髪に触れ、耳にかかった横髪を払った。
「疲れているのでしょう? 今日は帰って、休みなさい」
「……はい」
「いい子ね」
私は鞄を持ち、教室を出る二人を見送った。
一人で下駄箱に向かいながら、自分の靴を取り出す。
ポイント制に、零式会への雪乃の強制加入。
そして、ループの記憶を持ったままの久遠先輩。
一体これから、どうなってしまうんだろう。




