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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第四章 甘え方を、知らない

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わがまま、言って

 一緒に学園へ登校し、放課後は十六室で仕事をして、一緒に帰る。

 そんな日々がすっかり日常になっていた。

 十六室の長机で、私は手元の書類を束ねてファイルに綴じる。

 掲示許可、備品貸出、行事申請。分類ごとに分けてから、久遠先輩の方へ渡した。


「先輩、これ、承認済みの棚でいいですか」

「ええ。右から二番目のファイルに入れて」


 久遠先輩はパソコンの画面を見たまま答えた。

 マウスの横のペットボトルは、昼休みに買った時からほとんど減っていない。

 いつもなら先に気づくはずの誤字を、今日は私が見つけた。


「ここ、日付が去年になってます」

「……本当ね。直しておくわ」


 久遠先輩は修正テープを取った。

 その動作が、いつもよりゆっくりな気がする。

 私はファイルの背表紙に指をかけたまま、久遠先輩の顔を見た。


「先輩、疲れてません?」

「平気よ」

「水、飲んでます?」

「飲むわ」


 そう言って、久遠先輩はペットボトルのキャップを開けた。

 それから、次の書類を私の前へ出す。

 受け取りながら、私は考えた。

 この家で暮らし始めてから、一度も自分の部屋に帰っていない。

 久遠先輩のそばにいる限り、イルカイルは呼び出せない。

 瓶がどれくらい溜まったのか――攻略がどこまで進んだのか、そろそろ確かめておきたかった。

 私は書類を置いて、口を開いた。


「……あの、先輩」

「何かしら」

「そろそろ家に帰りたいです」


 私が言うと、向かいの席でパソコンのキーボードを叩いていた久遠先輩が手を止めた。


「……そうね、いいわよ」

「いいん、ですか?」

「いいわ。でも、寄り道は禁止よ。浮気しないでね」

「しませんよ。真っ直ぐ帰ります」


 久遠先輩は頷いて、もう一度キーボードへ手を戻しかけた。

 でも、キーは押さなかった。


「夕飯は?」

「家で食べます」

「明日の朝は」

「普通に登校しますよ」

「……そう」


 それで、会話は終わった。

 なのに久遠先輩は、まだ私を見ている。

 預かったカードキーと鍵は、鞄の内ポケットに入ったままだ。

 家に帰るなら、返すべきだろうか。


「鍵は、そのまま持っていなさい」

「……はい」

「今日はここまでにしましょう。帰るわよ」

「分かりました」


 久遠先輩が長机の上に書類を揃えて置いた。

 私は鞄を持ち、久遠先輩が十六室の照明を消すのを待った。

 廊下へ出ると、久遠先輩は鍵をかける。


「家の近くまで送るわ」

「大丈夫ですよ。先輩、疲れてるんじゃないですか」

「恋人を一人で帰す方が疲れるの」

「そこまで言うなら……」


 久遠先輩は答えず、私の手を取った。

 校門までの道は、部活帰りの声がまだ残っていた。久遠先輩の手は少し熱い。

 家の近くまで来て手を離すと、久遠先輩は私の顔を見た。


「家に着いたら連絡しなさい」

「先輩こそ、ちゃんと休んでくださいね」

「命令されるのは新鮮ね」


 歩き出す前に振り返ると、久遠先輩はまだ同じ場所にいた。

 私はもう一度だけ手を振って、家までの道を歩き出した。


***


 久遠先輩のマンションではなく、実家の自室に戻る。

 玄関で出海に「今日から帰ってくるんだ」と言われた。

 佐倉家の食卓に座ると、味噌汁の椀が私の前に置かれる。

 私は相槌を打ちながらご飯を食べ、自室に戻った。

 ベッドに腰を下ろす。制服のポケットからスマホを出して画面を見る。

 家に着いたら連絡しなさい、と言われていたのを思い出す。


「おかえりイルカ!」


 光の中から、イルカイルが姿を現した。


「久しぶり」

「同棲生活を満喫しているようで何よりイルカ」

「うるさい」


 イルカイルは瓶を出して机の上に置いた。

 私はその瓶を見る。

 中には、桃色の液体がなみなみと溜まっている。

 目測で五分の四といったところだ。


「随分と溜まったイルカ」

「私もようやく本気を出し始めたからね」

「最初から出すイルカ」


 瓶の中身は増えており、攻略は順調だ。

 十六室で仕事をして、一緒に帰って、ご飯を作って、同じベッドで眠る。

 久遠先輩は笑う回数も増えたし、私に好きと言わせて照れるようにもなった。

 それなのに、今日のいつもと様子が違った久遠先輩の姿が、頭から離れなかった。


「……久遠先輩、今日ちょっと疲れてたみたいなんだよね」


 私はもう一度スマホを手に取った。

 そういえば、まだ連絡していなかった。

 メッセージ画面を開く。


『家に着きました。先輩もちゃんと休んでください』


 送信ボタンを押して、画面を伏せる。

 しばらく待ってから、もう一度見る。既読はついていなかった。


「明日、早めに行くか」

「朝から攻略イルカ。勤勉イルカね」


 スマホの電源をつけてもう一度、画面を見る。

 既読がつかない画面を見ていると、久遠先輩のことが心配になってくる。

 私はスマホを枕元に置いた。


***


 翌日の放課後、私は十六室へ向かった。

 扉をノックしても、返事はない。鍵も開いていなかった。

 久遠先輩が私より遅いことはほとんどない。

 もしかしたら、まだ教室にいるのかもしれない。私は三年の教室が並ぶ廊下へ向かった。

 久遠先輩のクラスの前で中を覗くと、数人で談笑していた女子生徒がこちらに気づいた。


「あの、九条院先輩、今日見てませんか」

「九条院さん? 今日は休みだよ。朝、体調不良って聞いたけど」

「……ありがとうございます」


 私はスマホを確認する。

 昨日送ったメッセージは、既読になっていなかった。

 十六室の前へ戻る必要はないようだ。


***


 私は校舎を出て、校門へ向かう生徒の流れを抜けた。

 信号待ちの間にもスマホを開く。既読はつかない。画面を閉じて、青になった横断歩道を渡る。

 預かったカードキーでオートロックを抜け、玄関の鍵を回した。


「久遠先輩、入りますよ」


 返事はない。

 玄関には、昨日履いていたローファーが脱ぎっぱなしになっていた。

 久遠先輩なら、いつもきちんと揃えて置くのに。

 廊下の端には、コンビニの袋が一つ置かれていた。

 中には未開封のゼリー飲料と、レシートが入っている。

 リビングのテーブルには、十六室から持ち帰ったらしい書類の束があった。

 上に置かれたペンはキャップが外れたままで、横には薬の箱がある。

 開封された形跡はない。

 寝室のドアを開けると、ベッドの上に布団を被った先輩が丸くなっていた。

 私はベッドの脇に立ち、顔を覗き込む。

 普段は整っている髪が乱れ、頬が赤い。


「真白……?」

「具合、悪いんですか」

「……少し、ね」


 私は先輩の額に手を当てる。熱かった。


「いつからですか」

「数日前から、少し……」

「なんで私に言ってくれなかったんですか」


 私は手を離し、ベッド脇の棚を見た。

 スマホが伏せて置かれている。画面は消えていて、充電ケーブルが刺さっていない。


「言ってくれたら、昨日も帰らなかったのに」

「……」

「どうして、今朝も連絡してくれなかったんですか」

「……頼ったら、迷惑でしょ」


 先輩が毛布を引き上げ、口元を隠す。


「迷惑なわけないじゃないですか」


 私は立ち上がって、リビングの薬とゼリー飲料を取って戻った。

 袋から出したゼリー飲料の蓋を開け、ベッド脇の棚に置く。

 グラスに水を注いで戻ると、久遠先輩は布団の中から私を見た。


「起きられます?」

「……大丈夫」


 私は枕を立てて、久遠先輩の背中を支えた。

 久遠先輩は素直に体を起こす。


「飲めますか」

「ええ」


 久遠先輩はゼリー飲料を受け取り、何口か飲んだ。

 薬を飲ませて、グラスを棚に置く。

 それから、私はベッドの横に膝をついた。

 久遠先輩は布団を被り、天井ではなく、棚の上のグラスを見ていた。


「真白」

「はい」

「……私、ずっと応えてきたの」

「応える?」

「親の期待にも。彼女を作って、彼女からの期待にも」


 先輩は布団の端を掴んだ。


「いつの間にか、自分の気持ちを押し込んで、相手の期待に応えるようになってしまっていたの」

「……」


 私は黙って、先輩の手に自分の手を重ねた。


「今までの子たちは、勝手に私に期待して、期待外れだったって、いなくなっていったわ」

「私は……」


 いなくなりませんよ、と続けられなかった。

 イルカイルは、五分の四まで満ちた瓶を持っていた。

 私は元の世界へ帰るために久遠先輩のそばへ来た。

 帰りたいと願っているのは、他の誰でもなく私だ。

 ここで約束すれば、久遠先輩は安心する。

 でも――――


「真白は違う。……私に、色んなことをしてくれた。だから」

「だから、なんですか」

「私、真白が好きだわ」


 久遠先輩の指が、私の指にゆっくり絡んだ。


「嫌われたくない。だから、迷惑をかけたくないの」


 私は重ねた手を離さないまま、布団を少し引き上げた。


「頼ってください、私を」

「でも……」

「わがまま、言ってくださいよ」

「……わがまま」

「はい」

「……じゃあ、そばにいて」


 久遠先輩が、私をじっと見る。


「真白が家にいないのが、寂しい」

「……はい」

「私の家に、戻ってきて……」

「戻ります」

「そばにいて……」

「はい。今日はここにいます」


 私は空いている方の手で、先輩の前髪を撫でた。

 熱を持った額をなぞり、頭を撫でる。


「ん……」


 久遠先輩が目を閉じた。

 私はそのまま、久遠先輩の寝息が規則正しくなるまで髪を撫で続けた。

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