毎晩、同じベッドで
スマートフォンを開き、私は母のメッセージへ返信をした。
メッセージアプリの履歴には、母からの『九条院さんから丁寧にご連絡いただいたわよ』という文字が表示されている。
零式会の仕事が多忙で、会長である彼女の家に泊まり込みで作業をすること。
勉強の時間もしっかり確保すること。
嘘ではない。だが、その裏で何が行われているかまでは、親は知る由もなかった。
「真白、連絡は終わったかしら」
リビングのソファから、パソコンで作業をしていた久遠先輩がこちらへ振り返った。
「はい、母に連絡しました。問題ないそうです」
「それは良かったわ。これであなたを公然とここに留めておける」
こうして、久遠先輩との二人の生活が始まった。
だが、生活を共にしてすぐに、彼女の食生活の偏りに直面した。
久遠先輩は、スマートフォンの配達アプリに登録された高級店の料理を次々と注文する。
いわゆる、デリバリーアプリのヘビーユーザーだった。
朝食は机の上に並んだコンビニの包装パン。
夕食は、玄関のチャイムが鳴るたびに届く、デリバリーの容器に入った料理。
「先輩、今日もそれですか?」
「手軽で効率的でしょう? 勉強の時間と零式会の仕事の時間を削るわけにはいかないもの」
久遠先輩は平然と、イタリアンレストランのパスタをプラスチックのフォークで巻いた。
この食生活の継続は体調を損ねる。
私はゴミ箱に溜まった容器を見て、そう判断した。
「先輩、自炊しませんか?」
「自炊? ……私に包丁を持たせるつもりかしら。時間の無駄よ」
「私が作ります。放課後、スーパーに寄って食材を買っていきましょう」
久遠先輩はフォークを動かす手を止め、私を凝視した。
「真白が料理をするの?」
「はい。実家暮らしだったので、手の込んだものは作れませんけど……」
「……いいわ。そこまで言うなら、あなたの手料理とやらを見せてもらいましょう」
***
放課後、スーパーで買い揃えたカレーの食材を調理台に並べ、私はエプロンを締めた。
実家では母親の手伝い程度しかしたことがなく、分量も火の通りやすさもすべて曖昧な記憶しかなかった。
久遠先輩はリビングのカウンター席に顎を乗せ、私の手元を見つめている。
「真白、なんだか危なっかしいわね」
「だ、大丈夫です! ……あつつっ!」
熱したフライパンに入れた肉が跳ね、油が手に飛んだ。
慌てて水で冷やしながら、何とか野菜を炒めてルーを溶かす。
出来上がったのは、ジャガイモの形が崩れ、とろみの足りないカレーだった。
スプーンを二つ並べ、テーブルに皿を置く。
「お待たせしました。……見栄えは良くないですけど」
久遠先輩はスプーンを持ち、崩れたジャガイモを掬い上げた。
口に運び、咀嚼する。
私は彼女の反応を待つ間、自分のスカートの裾を握りしめていた。
「……美味しいわ」
「本当ですか?」
「ええ。真白が私のために時間をかけて作ったものだもの」
久遠先輩は微笑み、二口目を口に運んだ。
その表情を見て、緊張していた肩の力が抜けた。
***
夜になり、リビングの照明が落とされた。
寝室には、キングサイズのベッドが一つ置かれている。
「真白、こちらへ来なさい」
ベッドに入った久遠先輩が、隣のスペースを叩いた。
私は言われるがままに、シーツの上へ潜り込んだ。
同居生活が始まってから、この時間は毎夜の恒例となっていた。
横たわると、久遠先輩がこちらへ寄ってくる。
昨日も、その前の夜も、同じ腕に抱かれて目を閉じた。
今日も、拒む選択肢など最初から存在しない。
彼女の指先が私の頬に触れ、慣れた動作で顎を持ち上げられる。
「真白」
囁きと同時に、唇が重なった。
呼びかける声も、重ねられる唇も、すでに身体が記憶していた。
重なった唇が離れかけ、再び塞がれた。
久遠先輩の舌が私の唇を割り、口内へと滑り込んできた。
絡み合う舌の熱が、頭の芯まで伝わっていく。
「ん……はっ……」
「逃げないで」
唇が離れた一瞬、久遠先輩の濡れた吐息が肌に触れた。
再び口内を占領され、息が吸えなくなるほどのキスが繰り返される。
唾液が喉を下る音が、静かな寝室に響いた。
手がパジャマの裾から入り込み、布を押し上げていく。
その手の動きも、触れられる位置も、毎夜繰り返されてきたものだ。
指先が私の脇腹をなぞり、直に肌へ触れた。
久遠先輩の指の冷たさと、私の体温が混ざり合う。
「ん……っ……」
「素直になったわね。真白の体が、私の指を覚えてしまったみたい」
久遠先輩の指がさらに上へ滑り、胸元へと到達する。
肌を直接愛撫され、私は久遠先輩の肩に手を回した。
「久遠先輩……っ……」
「こうされるのが好きなんでしょう? ……もっと声を聞かせて」
耳たぶを甘く噛まれ、それからまた、深く口づけられる。
それが何度も繰り返されるうちに、視界は暗闇へ沈んでいった。




