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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第四章 甘え方を、知らない

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一人で、抱えないで

 十六室の分厚い扉を開けると、部屋の中には誰もいなかった。

 窓から差し込む日がローテーブルの端に当たっている。

 いつもならソファに座っている久遠先輩の姿がない。

 今日は、鞄の中のクッキーを先に出す。

 そう決めて鞄を下ろそうとした瞬間、背後から伸びた両手が、私の目を覆った。

 視界が暗くなる。背中に体温が重なり、久遠先輩の髪の匂いがした。


「だーれだ」

「……久遠先輩、ですか?」

「正解」


 正解したところで、解放されるわけではなかった。

 久遠先輩の指が、目元から頬へ下りる。正解させて満足、というわけではないらしい。

 首筋をなぞられ、耳元に息がかかる。

 私が鞄を探ろうとすると、久遠先輩が手首を掴んで邪魔をしてくる。

 ここで鞄を開けられなかったら、クッキーは出番を失う。

 今日の私は、それをしに来たわけじゃない。

 私は鞄をもう片方の手で探り、紙箱の角を掴んだ。


「あっ、待ってください久遠先輩。今日は一旦ストップです」

「……どうしたの? 具合でも悪いの?」

「違います! じゃーん、今日は一緒にお菓子を食べたくて、これ持ってきました!」


 私は鞄から市販のクッキー箱を取り出した。コンビニで買った、チョコチップ入りのやつだ。

 久遠先輩は箱の表面を見て、私の手首からゆっくり手を離した。


「真白……お菓子を学校に持ち込むのは規則違反よ。没収対象だわ」

「そんな寂しいこと言わないでください。これ、美味しいんですよ?」

「言い訳は通用しないわ。今すぐ鞄にしまいなさい」


 久遠先輩の手が、没収しようと箱へ伸びてくる。

 ここで引くわけにはいかない。

 私は箱を胸の前に掲げたまま、久遠先輩の顔を見上げた。


「そもそも、いつもの久遠先輩がしてくることは、規則違反じゃないんですか?」

「明言されていないもの」

「本当に先輩は都合が良い解釈ばかりしますね。お菓子、だめですか?」


 久遠先輩は私の手元の箱を見て、それから十六室の扉へ視線をやった。

 廊下から人の声は聞こえないし、分厚い扉は閉まっている。


「仕方ないわね。ここには私と真白しかいないから、特別に見逃してあげるわ」

「やった!」


 私はすぐに棚へ向かった。下段の扉を開けると、来客用らしい白い皿が数枚重ねてある。

 久遠先輩がソファへ座ったので、私は皿をローテーブルへ運び、クッキーを並べた。

 そのうち一枚を持って、久遠先輩の前へ差し出した。


「はい先輩、あーん」

「あ、あーんって……私は自分で食べられるわ」

「私が食べさせてあげたいんです。ほら、あーん」


 久遠先輩はすぐには口を開けなかった。

 私はクッキーを持ったまま待った。急かさず、引っ込めず、ただ久遠先輩の前に置いておく。


「……んっ」


 久遠先輩が、私の指先からクッキーを食べた。


「美味しいですか?」

「……ええ。甘すぎるけれど、悪くないわ」

「ふふ、良かったです」


 久遠先輩はクッキーを自分で取ろうとしない。

 さっきの続きが必要らしい。

 私は二枚目をつまみ、もう一度、久遠先輩の口元へ差し出した。

 規則違反のお菓子の箱は、ローテーブルの端で堂々と開いたままだ。


***


 また別の日の放課後、私は十六室のローテーブルにゲーム機を置いた。

 画面を上にして置いただけで、久遠先輩の眉が動く。


「……真白。それは、一体何かしら」

「ゲーム機です! 妹に借りてきちゃいました!」

「お菓子だけでは飽き足らず、今度はゲーム機まで……。完全な規則違反よ」


 私は音量ボタンを押し、起動音を二段階下げた。

 持ってくる前から分かっていた。

 分かっていたけど、また久遠先輩のペースに乗せられるわけにはいかない。

 私は電源を入れ、出海から借りた対戦ゲームを起動した。


「ここには誰も来ないから大丈夫ですよね? 久遠先輩と対戦したくて」

「私はゲームなんてやらないわ。そんなことより……」


 久遠先輩の手が、私の肩へ伸びる。

 私はその手が服に触れる前に、もう一つのコントローラーを久遠先輩へ押しつけた。


「私が勝ったら言うこと聞いてくれますか? 先輩が勝ったら、私のこと好きにしていいですよ」


 久遠先輩の手が止まった。

 コントローラーを渡されたまま、久遠先輩は画面と私を交互に見る。


「……いいわ、その勝負受けてあげる。後悔しなさい」


 私は操作説明をしながら、久遠先輩の隣に座った。ソファの中央にゲーム機を置き、二人で画面を覗き込む。

 最初の数戦は、久遠先輩が操作を覚えるだけで終わった。

 三戦目で、久遠先輩は操作を完全に理解して、コンボをつなげてきた。

 こっちのジャンプに合わせて攻撃をしてくる。

 私が回復アイテムへ向かう前に進路を塞いでくる。

 初見のはずなのに、久遠先輩は上手い。


「あ! そこ、待ってください! 逃げないでください!」

「無駄よ。真白の動きは予測可能だわ」

「うう、これならどうですか……! えいっ!」

「……っ、まさかそんな操作を」


 私のキャラが画面端から復帰し、ぎりぎりで久遠先輩のキャラを押し出した。

 勝利表示が画面に出る。


「やったー! 私の勝ちです!」

「……信じられない。私が敗北するなんて」


 久遠先輩はコントローラーを持ったまま、リザルト画面を見ていた。

 成績優秀で、零式十六会の会長で、いつもこちらを手のひらで転がしてくる人が、ゲームで負けている。

 私は画面が切り替わる前に、コントローラーをローテーブルへ置いた。


「約束通り、言うこと聞いてくださいね」

「……約束は守るわ。何が望みなの?」

「じゃあ、私が久遠先輩を抱きしめるので、しばらくじっとしていてください」


 私から、久遠先輩へ腕を回した。

 正面から抱きつくと、久遠先輩の細い肩が、腕の中にすっぽり収まる。

 シャンプーの匂いなのか、十六室に来るたび覚えてしまった匂いがする。

 その手が、私の背中へ回る。

 いつもの久遠先輩なら、ここで私の顎を持ち上げたり、耳元に何か言ったりするのに、今は動かない。

 この日、久遠先輩は、これ以上のことを何もしてこなかった。


***


 放課後のチャイムから、かなり時間が経っていた。

 私は、ゲーム機をケースに戻して鞄へしまった。


「今日は楽しかったです! それじゃあ久遠先輩、また明日!」


 そう言ったあと、十六室を出て廊下を進む。

 階段へ向かう途中で、制服のポケットを探った。スマホがない。

 鞄の外ポケットにもない。内ポケットにもない。


「……あ、スマホ忘れた。さっきテーブルに置いたままだ」


 私は廊下を引き返した。

 十六室の前まで戻ると、中からキーボードを叩く音がする。

 ノックしようとして、隙間から中が見えた。

 久遠先輩はソファではなく、会長用のデスクに座っていた。

 デスクライトの下に、書類の束がいくつも並んでいる。

 久遠先輩は書類を見ながら、パソコンでキーボードを打ち込んでいた。


「久遠先輩?」


 私が扉を開けると、久遠先輩の手がキーボードから離れた。


「……真白? どうしたの?」

「スマホを忘れてしまって……。あの、そんなに沢山の書類、何をしているんですか?」


 ローテーブルの上に、私のスマホが置きっぱなしになっている。

 でも、それを取るより先に、デスクの書類の束に目がいった。


「ただの零式会の業務よ。気にしなくていいわ」

「でも、そんな膨大な仕事量……。どうして私に任せてくれないんですか? 私だって、先輩の力になりたいです」

「これは私一人で処理すべきものよ。あなたを巻き込む必要はないわ」


 久遠先輩はそう言って、文化祭実行委員会と書かれたファイルを閉じた。

 閉じたファイルの下から、別の書類が出てくる。

 久遠先輩は次の束を寄せ、確認欄に目を通し、再びパソコンに向かった。

 十六室に私を呼び出して、紅茶を淹れて、お菓子を食べて、ゲームに付き合って。

 その後で、この量を一人で片付けていたのか。


「そんなこと言わないでください! 私だって零式会のメンバーです。もっと私を頼ってください!」

「……頼る? 私が真白を?」

「はい。私、寂しいです。もっと私を頼ってほしいです」

「……頼るなんて、私には不要な行為よ」


 久遠先輩は返事をせず、パソコンの画面を見ていた。

 また一人で作業へ戻るつもりなら、こっちにも考えがある。

 私は、デスクの横にあった椅子を引いた。


「そんなこと言わないでください。ほら、手伝いますから。一緒にやりましょう!」


 私は椅子に座り、机の上の書類を手に取った。

 何から触っていいか分からないなら、聞けばいい。

 前に小テストを見てもらった時、久遠先輩は私のノートを勝手に開いた。

 今日は私が、久遠先輩の書類を一枚ずつ確認する番だ。


「……本当に頑固ね。……分かったわ。じゃあ、この資料の分類をお願いしようかしら」

「はい、喜んで!」


 久遠先輩が書類の束から数枚抜き、私の前に置いた。

 行事申請、備品貸出、掲示許可。

 私は種類別にファイルに分ける。

 久遠先輩はその横で、別の作業をパソコンで進める。

 十六室にキーボードの音と、紙をめくる音がする。

 私は行事申請の束から一枚取り、掲示許可のクリアファイルへ移しかけて、右上の判子欄を見つける。


「これ、未承認です」

「じゃあ、真白が押しておいて」


 久遠先輩が、判子を私の方へ滑らせた。

 私はそれを受け取って、白い紙に押す。

 未処理の書類が、一枚だけ減った。

 たったそれだけなのに、久遠先輩が一人で座っていた机の端に、私の場所ができた気がした。

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