デート、しましょうか
バスを降りると、停留所には耳付きのカチューシャをつけた人たちがいた。
休日の朝、その人たちは同じ方向へ歩いていく。
私はスマホの地図を閉じ、隣を歩く久遠先輩の手を取った。
「真白?」
久遠先輩の指が、私の指の間で一度止まる。
十六室では、いつも久遠先輩の方から手を取ってくる。
今日は私から繋いだ。
人の流れに混じって歩くと、海沿いの風が髪を揺らした。
目の前には、広い歩道、植え込み、入園ゲートへ向かう列。
家族連れのベビーカー、手を繋いだカップル、制服ではない学生の集団。
ポップコーンの匂いが、風に混じって流れてくる。
歩道の先に、青い屋根のお城が見えた。
出海がテレビで見ながら「行きたいな〜」と言っていた場所に、私は久遠先輩と来ている。
入園ゲートで荷物確認を終えると、久遠先輩は配布マップではなく、園内アプリの待ち時間表示を見ていた。
私はそれを見て、 久遠先輩の手をスマホごと下げた。
「まずはお店です」
「効率的に、混む前に奥へ進んだ方がいいわ」
「効率を考えるのはやめましょう」
手を繋いだまま、私は土産物の店へ久遠先輩を引っ張った。
入口の自動ドアが開くと、ぬいぐるみ、缶入りの菓子、カチューシャ、キーホルダーが一気に視界へ入ってくる。
壁一面の棚にはキャラクターの耳が並び、中央の台には季節限定らしいグッズが積まれていた。
「わぁ、いっぱいありますね! あ、久遠先輩、見てくださいこれ! 絶対似合いますよ!」
私は黒猫の耳がついたカチューシャを棚から取った。
黒いファーに、内側だけ薄い紫。久遠先輩の黒髪に合わせるために作られたとしか思えない。
久遠先輩はカチューシャと私の顔を交互に見た。
「悪いけれど、私はそういうのは……」
「だーめーでーす。遊園地に来たらこれをつけるのがルールなんです。ほら、ちょっと屈んでください」
久遠先輩はまだ何か言いかけていた。
私はカチューシャの両端を持ち、久遠先輩の前に立つ。
「……っ、真白、ちょっと……」
久遠先輩は拒否の言葉を出したのに、身を引きはしなかった。
私はその隙に、猫耳を黒髪の上へ乗せる。
「勝手につけないで頂戴」
「うわあ……やっぱり。すっごく似合ってます、可愛いです!」
「……可愛いなんて言葉、私には似合わないわ」
「そんなことないです。じゃあ、私もお揃いの白猫つけますね! ほら、これでペアです!」
私は白猫のカチューシャを自分の頭につけ、棚の横のミラーの前に久遠先輩を連れていった。
ミラーの中で、黒猫と白猫が並ぶ。
久遠先輩は、一旦カチューシャを外し、値札を確認した後、買い物かごへ入れた。
「……あなたって子は。本当に、私のペースを乱すのが上手いのね」
「これつけて、次はあっちのエリアに行ってみましょう!」
会計を済ませ、店を出る。
通りには、焼き菓子の匂いと、人の声と、広場から流れてくるパレードの音楽が混ざっている。
お城へ続く広場には、同じ方向を向いたスマホが何台も上がっていた。
記念写真の定番スポットらしい。
花壇の前には短い列ができ、キャストの人が「次の方どうぞ」と手で案内している。
「あ、先輩! あそこの前で一緒に写真撮りましょう!」
「写真? ……私は撮る側に回るわ。あなたの可愛い姿を残してあげる。そこに立ちなさい」
「だめです、二人で撮るんです。せっかくのデートなんですから、思い出残さないと」
私はスマホを自撮りモードに切り替えた。
画面の中に、お城と青空と、猫耳の私が映る。
久遠先輩は画面の端にだけ入ろうとしたので、私は久遠先輩の腕に自分の腕を絡ませ、画角の中央へ引き寄せた。
画面の中で、猫耳の久遠先輩が一瞬だけ固まる。
「ほら久遠先輩、こっち見てください」
久遠先輩がカメラを見る。
「いきますよー、はい、チーズ! ……あはは、先輩ちょっと顔硬いですよ」
「……撮り直すわ。次こそ完璧に写ってみせるから、もう一度構えなさい」
「えー、このちょっと緊張してる先輩もレアでいいのに」
「ダメよ。私の美意識が許さないわ。ほら、早く」
久遠先輩は私のスマホを支える手の位置を直す。
今度は久遠先輩の方から、私の肩へ腕を回した。
シャッター音が鳴った。
写真を確認すると、久遠先輩は満足した顔で頷いた。
私は一枚目も削除せずに残しておく。
久遠先輩に見つかる前に、スマホをポケットへしまった。
広場を抜けると、人の波が左右から流れてくる。
ベビーカーを押す家族が通り、チュロスを持った子どもが親に呼び止められ、風船の束が揺れている。
アトラクションの待ち時間を示す看板には、三十分、四十分、六十分の数字が並んでいた。
私はその中で、屋外のレールが見える方向を指差す。
「次はあのアトラクション乗りたいです! 早く行かないと混んじゃいますよ!」
「そんなに急がなくても逃げやしないわ。走ると転ぶわよ、真――っ!?」
私は久遠先輩の腕に、自分の腕を絡ませた。
手を繋ぐよりも、肩から腕まで全部がくっつく。
久遠先輩の言葉が途中で止まった。
私はそのまま、人の流れに合わせて歩き出す。
「はぐれちゃったら大変ですから。ね、行きましょう?」
「分かったわ」
返事は落ち着いていた。
でも、久遠先輩の耳が赤い。
私は久遠先輩の腕に力を入れたまま、横顔を覗き込む。
「……あれ? 先輩、耳赤いですよ? もしかして照れてます?」
「っ、馬鹿なこと言わないで。……ただ、日差しが暑いだけよ」
「ふふっ、そうですか? じゃあ、早くあのアトラクションに行きましょうね!」
久遠先輩は腕をほどかなかった。
十六室では、いつも先に距離を詰めてくるのは久遠先輩だった。
今日は、私の方から距離を詰めている。
広場の音楽が遠ざかり、レールの上を走る乗り物の音が近づく。
スマホの中には、久遠先輩が納得していない一枚目の写真が残っている。
猫耳の久遠先輩が、カメラに慣れていない顔をしている写真。
十六室の外で見つけたその顔を、私は消さなかった。
この世界の一日は、何度も巻き戻る。
瓶が満ちれば、今日の写真もまた消えてしまうのかもしれない。
それでも、腕に触れた久遠先輩の温もりは、今、確かにここにある。
攻略のために来たはずの場所で、私はまた一つ、消したくないものを増やしてしまった。




