表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/7

メロンパン、いる?

 朝、十六夜学園の昇降口で上履きに履き替える。

 靴箱の場所は、もう探さなくても分かった。

 教室までの廊下も、曲がる場所を考えずに歩ける。

 席について、鞄から教科書を出したところで、あまりにも自分がこの世界に順応していることに気がついた。

 私はこの学校に通った記憶なんてない。

 なのに、靴箱も席も分かる。

 今日の一時間目に使う教科書も、迷わず取り出していた。

 気持ち悪い。

 けれど、隣の席では雪乃がもう本を開いている。

 今は、それどころじゃない。


 一時間目の終了を告げるチャイムが鳴った。次の授業は理科室への移動教室だ。

 私は机の上から教科書とノートを手に取り、隣の席を見た。


「ねえ、雪乃。次の移動教室、理科室だよね。一緒に行かない?」


 声をかけたが、雪乃は机で本を開いたまま微動だにしない。


「雪乃? 聞こえてる? もしかして理科室の場所わからないとか? なら私が案内するよ!」


 身を乗り出して覗き込む。


「あ、読書中だった? ごめんごめん ……って、完全に無視!? ね、ねえ、ちょっとだけでいいからこっち向いて——」

「うるさい」


 パタン、と雪乃が本を閉じた。


「えっ?」

「何度も馴れ馴れしく話しかけないでくれ。キモい」

「き、キモ……っ!?」


 私は教科書を持ったまま固まった。

 雪乃は閉じた本を抱え込むように持ち直した。

 言い過ぎた自覚だけはあるのか、唇を噛んで、それでも私を睨みつける。


「耳悪いの? 失せろって言ってるの」


 雪乃はそれだけ言うと、乱暴に椅子を立ち、私に見向きもせず教室を出て行った。


「…………はい」


 私は誰もいなくなった隣の机に向かって、小さく返事をした。


『うわ、また三上さんキレてるよ』

『あの子、本当に怖いよね。なんで佐倉さん、わざわざ話しかけに行ったんだろ』

『関わらないのが一番なのにね』


 教室の隅から、クラスメイトのひそひそ声が聞こえてきた。


「真白ちゃん、大丈夫?」


 唯花が小走りで近づいてきて、私の顔を覗き込んだ。

 その後ろから、五月もひょいと私の席を覗いてくる。


「あ、唯花……。うん、メンタルが粉砕された音が聞こえたけど、ギリギリ生きてる……」

「真白、朝から三上にボコボコにされてんのウケる」

「ウケないよ!」

「あはは……。三上さんと仲良くなるのは、ちょっと難しいんじゃないかな……」

「難しいってレベルじゃないよ! 『失せろ』の前に『キモい』までトッピングされたんだけど! 私、人生で面と向かってキモいって言われたの初めてだよ!?」

「三上さん、誰に対してもあんな感じだから。クラスのみんなも、ちょっと距離置いてるし……」

「そ、そうなんだ……」

「それに……あんまり良い噂、聞かないしね」


 唯花は少し声を潜めた。


「え、良い噂聞かないって?」

「うん……なんか、夜の繁華街で派手な男の人と一緒に歩いてたとか、おじさんの車に乗っていくのを見たとか……」

「ええっ!? パ、パパ活とかそういう系!?」


 思わず声が大きくなり、私は慌てて自分の口を塞いだ。


「あー、それね。一年の時、三上に告白して玉砕した男子が、腹いせに面白がって広げてるやつ」

「噂って分かってる人も中にはいるけどね……。でも、三上さんっていつも一人でどこか行っちゃうし、あんな風に人を寄せ付けないから、そういう悪い噂もすぐ広がっちゃうんだと思う」

「真に受ける方もどうかしてるけどね。本人があの態度だから、否定する前に火がつくっていうか」

「……そっか」


 私は雪乃の空っぽの机を見た。

 誰とも関わろうとしない、きつい態度。


「でも、それってただの憶測じゃん」

「え?」

「本人が認めたわけじゃないんでしょ? なのに、周りが勝手に『そういう子』として決めつけてるのが、なんか……ムカつく」


 私は席を立った。


「真白ちゃんは優しいから、一人でいる三上さんを放っておけないんだろうけど……。でも、無理して話しかけて、真白ちゃんが傷つくことないんだよ?」

「優しいとか、そういうんじゃなくて……」


 ただ、この世界の「そういう設定」で片付けられるのが気に食わない。

 それに、私は帰らなきゃいけないのだ。


「私には、どうしてもあの子と仲良くならないといけない理由が……ああもう、実家に帰りたい……っ」

「え? 実家?」

「あ、いや! なんでもない! ちょっとホームシックっていうか、昨日の夕飯のお味噌汁が恋しいっていうか!」

「もう、変な真白ちゃん。とにかく、あんまり無理しないでね?」

「うん、ありがとう唯花……」


 唯花と五月が離れていった。

 ふと廊下の先を見ると、自動販売機のある角に、銀色の髪が見えた。

 先ほど猛ダッシュで逃げた方向だ。

 私が振り返るのと同じタイミングで、その後ろ姿も角を曲がった。



***



 四時間目の終わりを告げるチャイムが鳴った。

 教師が教科書を閉じると同時に、教室中で椅子を引く音と弁当箱を取り出す音が重なる。

 雪乃は誰とも目を合わせず、机の横にかけていた鞄へ手を伸ばした。

 逃げる。

 そう判断した瞬間、私は机の中からパンの袋をつかんだ。


「よし、お昼休み! 雪乃、お昼一緒に食べようよ! コンビニで期間限定のいちごメロンパン買ってきたんだけど、半分こ——」


 私は朝にコンビニで買っていたメロンパンを手に、雪乃の席へ突撃した。


「近寄るな」

「秒速!? まだ私、雪乃の半径一メートル以内に入ってないよ!?」


 雪乃は鞄から財布だけを抜き出し、立ち上がる。


「視界に入るなと言っている。空気が汚れる」

「私ちゃんとお風呂も入ってるし洗濯もしてるよ!? ほら、メロンパンだよ? 甘いもの好きでしょ? 一緒に中庭で——」

「いらない。あんたと食べるくらいなら絶食する」


 そう言ったくせに、雪乃の目は一瞬だけメロンパンの袋を追った。


「命懸けの拒絶!? 待って、どこ行くの!?」

「あんたがいない場所」


 雪乃は再び私の手元のパンを見て、すぐに目を逸らした。

 そのまま財布だけを握り、教室のドアへ向かう。


「待って雪乃ぉぉぉっ!!」


 私が手を伸ばした時には、もう彼女の姿は廊下の向こうへ消えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ