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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第三章 練習だと、言い聞かせて

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練習じゃ、ない

 五月の手が、私の上着を掴んだまま離れない。

 唇が一度離れた隙に、私は息を継ごうとした。


「五月、ちょっと――」


 言いかけた声は、五月のキスに飲み込まれた。

 五月の両手が私の頬を挟んで、逃がさない。

 今度は、触れるだけでは終わらなかった。

 五月の舌が入ってくる。たどたどしいのに、止まらない。

 その必死さに、息が追いつかなくなる。


「ん……」


 もう、迷わない。

 罪悪感を抱えたままでも、私は五月の気持ちに応える。さっき、そう決めた。

 応えれば瓶は満ちて、このループは終わる。それでいい。

 五月の唇が、ゆっくり離れた。


「真白」


 五月が私を呼んだ。


「私は、真白の気持ちをちゃんと聞きたい」


 その言葉で、やっと分かった。

 私は、自分の気持ちを曖昧にしたまま五月と向き合っていた。


 私のやっていることは、帰るためと言っても、人の気持ちを利用することだ。

 でも、五月と関わっていくうちに、五月の声を待つようになった。

 放課後に誘われることを期待した。

 くだらない話を聞いて、五月が笑う顔を見て、帰り道の途中で別れるのが惜しくなった。


 それが恋なのか、愛情なのか、友情なのか、今の私には分からない。

 でも、分からないまま逃げることと、分からないまま抱きしめることは違う。

 せめて、今の私から出せる言葉で、五月に返さなきゃいけない。


「今、五月にそばにいてほしい」


 五月が、息を呑んだ。


「真白……」


 五月の指が、私の上着から離れない。

 私はその指を外さず、上から包んだ。


「五月が私を求めてくれた時、嬉しかった。五月から離れたくなかった」

「……うん」

「だから、今は五月にそばにいてほしい」


 五月は頬を濡らしたまま、笑おうとした。

 失敗して、また涙が落ちる。


「私は、練習じゃない」

「うん」

「友達だからでもない」

「うん」

「真白がいい」


 五月はそう言って、私の手を引いた。

 今度はキスの前に止まる。


「していい?」


 私は頷いた。

 唇が重なった。

 舌が触れ、息が混ざり、どちらがどちらかわからなくなっていく。

 五月の手が頬に添えられる。その温かさが、唇の熱と重なって、体の芯まで届く気がした。

 五月が私の手を引いて第三準備室の椅子に座らせた。

 放課後の第三準備室は静かで、窓の外に夕日が差し込んでいた。

 五月が照れくさそうに私の顔を見つめた。


「真白の服、脱がせていい…?」


 声が、わずかに震えていた。

 私は静かに頷くと、五月が指先でボタンを一つずつ外し始めた。

 五月が私の首筋に唇を寄せた。

 熱い吐息が肌をくすぐり、ゆっくりと唇が滑り落ちていく。

 首から鎖骨へ、鎖骨からさらに下へと、彼女のキスは優しかった。

 五月の手が、そっと触れてくる。

 熱い掌の感触が伝わり、私は思わず息を詰まらせた。


「気持ちいい…?」


 彼女が不安げに上目遣いで聞いてくる。

 不慣れで、ぎこちなくて。それでも五月は、何度も私の反応を確かめながら、ただ一生懸命に尽くしてくれた。

 どこに触れれば私が反応するのか、五月は手探りで覚えていった。見つけた答えを、ひとつずつ確かめながら。

 その不器用な必死さが、私を溶かしていく。

 夕日の差す静かな準備室で、私は声を抑えることも、何かを考えることも、できなくなっていった。

 恥ずかしいのに、五月の前では、全部さらけ出してしまう。

 気づけば私は、こらえることも忘れて、その熱に押し流されていた。

 五月は最後まで、離れなかった。

 その温かさだけが、満ちて、ゆっくりと引いていった。

 やがて震えがゆっくりと収まると、五月がゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳で私を見上げてくる。


「……あたし、ちゃんとできた…?」


 その瞳に、照れと不安と期待が混ざっていた。

 答える代わりに、私は五月の頬に手を当てて、キスをした。

 五月が、目を閉じる。

 夕日が第三準備室の床を橙色に染めていた。


 ——――この時間が、もう少し続けばいいと思った。


***


 第三準備室を出る前に、五月が机の端に寄っていた教材の箱を棚へ戻した。

 私は空いた椅子を机の下へ戻す。

 二人とも、片付けが終わるまで何も言わなかった。


「鍵、返しに行こ」


 五月が鍵を手に取る。


「唯花、もう帰ったよね」

「うん。私たちで返そ」


 第三準備室の扉を閉める。

 廊下にはもう、生徒は残っていなかった。

 私と五月は並んで職員室へ向かった。

 五月が扉の横で軽く頭を下げ、鍵を返す。

 先生は鍵の札を確認して、もう帰るようにと言った。

 私たちはもう一度頭を下げて、職員室を出た。


 靴を履き替えて外へ出ると、五月が何も言わずに手を差し出してきた。

 私はその手を取る。

 五月の手のひらは、少し汗ばんでいた。


「ごめん、手、汗かいてる」

「いいよ」

「よくない。恥ずい」


 五月が離そうとしたので、私は指を絡め直した。

 五月が私を見る。


「離さないの?」

「離したくない」


 五月は何か言いかけて、やめた。

 代わりに、繋いだ手を揺らす。

 そのまま校門を出て、駅へ向かう道を歩いた。


 分かれ道まで来ても、私は手を離せなかった。

 五月の家は右で、私の家は左だった。

 何度も通ったはずの道が、今日は違って見える。


 五月が繋いだ手を見る。

 それから、私を見る。


「真白」

「うん」


 五月の指が、私の手から離れていく。

 そして、いつもの顔で笑った。


「また、明日」


 私は、どうにか普段通りの顔を作った。

 今、何かを顔に出したら、五月に気づかれてしまう。

 だから、まっすぐ五月の目を見た。


「また明日」


 五月は頷いて、右の道へ歩いていった。

 角を曲がる前に一度振り返る。

 私は手を振った。

 五月も振り返した。

 そして、角の向こうへ消えた。


 私は左の道へ進んだ。

 これで何度目だろう。終わると分かっている関係を、自分の手で終わらせるのは。

 五月の「また、明日」だけが、家に着くまで、何度も頭の中で響いていた。


***


 自室の時計が、二十三時五十八分を示していた。

 制服から部屋着に着替えて、ベッドに座る。

 イルカイルは、私の机の横に白い光を集めて現れた。


「お疲れ様イルカ」


 私は返事をしなかった。

 イルカイルの前に、桃色の液体で満ちた瓶が浮かぶ。


「五月のラブエナジー、満タンイルカ」


 分かっていた。

 第三準備室で、五月が私の名前を呼んだ時から。

 帰り道で手を繋いだ時から。

 分かれ道で、五月が「また、明日」と言った時から。


「よかったイルカね」


 私は時計を見る。

 二十三時五十九分。


「私ね、嘘ついたんだ」


 イルカイルが黙る。


「また明日じゃなかったよね」


 五月が手汗を気にしていた指。

 私の手から離れていった温度。

 角を曲がる前に振り返った顔。


「大好きだったよ。五月」


 時計の表示が変わる。


「さようなら」


 真夜中の光が、部屋を塗り替えていく。

 五月が好きだった。

 好きな気持ちは、嘘じゃない。


 私は五月のことを考えながら、次の四月九日へ意識が吸い込まれていった。

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