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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第三章 練習だと、言い聞かせて

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いつも通りの、五月

 月曜日の朝。

 唯花と並んで教室へ入ると、五月はすでに自分の席に座っていた。


「おはよう、五月ちゃん」


 唯花が声をかける。

 五月は顔を上げて、いつもの調子に近い笑顔を作った。


「おはよー」


 私にも聞こえる声だった。

 でも、私の方は見なかった。


 私は自分の席へ向かい、鞄を机の横にかける。

 右斜め前の五月の机から、シャープペンシルが転がって落ちた。

 拾おうとして、私と五月の手が同時に動く。

 五月の指が止まった。

 私も止めた。


「……あ」

「………………」


 五月は自分でシャープペンシルを拾った。


 昨日、私は五月の家から逃げた。

 大和とは、と五月が何かを言いかけていた。

 私は聞かなかった。

 聞こえなかったのではなく、聞かなかった。


 一限目が始まっても、黒板の文字は頭に入らなかった。

 ノートに日付を書き、次の行に何も書けないまま、授業が終わる。


 休み時間、五月は唯花と話していた。

 私が席を立つと、五月の声が少し止まる。

 戻ると、また話し始める。


 五月がどういう気持ちでいるのか分かりやすかった。

 分かりやすいのに、私は何もできなかった。


***


 昼休み。

 購買へ行こうと席を立ったところで、唯花に袖をつままれた。


「真白ちゃん、ちょっと」

「購買行くんだけど」

「パンなら買ってあるよ」


 唯花は机の横に置いていた袋を持ち上げた。

 中には総菜パンが二つ入っている。


「用意がいいね」

「真白ちゃん、今日絶対逃げると思ったから」


 唯花は私の返事を待たず、廊下へ出た。

 私は購買へ行く理由を失い、唯花の後を追った。


 連れて行かれたのは、階段横の踊り場だった。

 人通りはあるけれど、昼休みに長居する場所ではない。

 唯花は窓際に立ち、袋からパンを一つ取り出して私に渡した。


「食べながらでいいよ」

「うん。それで何、かな?」

「昨日、五月ちゃんと何かあった?」


 包装を開けかけた手が止まる。


「何かって」

「何か」


 私は焼きそばパンの包装を少しだけ開けた。

 味が濃そうで、今食べる気分にはなれない。


「私が悪い」

「うん」

「それだけ」

「それだけじゃ分かんないよ」


 唯花は私が言葉を濁すたびに、次の質問をしてくる。


「五月にひどいことした」

「うん」

「私さ」


 言いかけて、何を言おうとしたのか分からなくなる。

 元の世界へ帰りたい。

 でも、帰るために、どこまで人を傷つけてしまうのだろう。


「……唯花も、私とはもう離れた方がいいよ」


 自分でも、投げやりな言い方だった。

 そう言えば、唯花が困ることくらい分かっている。

 困らせて、呆れられて、離れてもらえれば楽になる。


「五月ちゃん、真白ちゃんに嫌われたかもしれないって思ってる」


 嫌われるのは私の方だ。

 昨日、五月を求めた。

 途中で止めた。

 彼氏がいるのにこんなこと、と言って逃げた。

 五月が私を嫌うなら分かる。

 でも、どうして五月が。


「これ以上は、五月ちゃんが言うことだから。だからね、放課後、第三準備室を借りたの」

「借りた?」

「先生に部活で使いますって言った。だから、今日中に話して」


 私は返事をしなかった。

 唯花も返事を求めなかった。

 ただ、私がパン食べ終わるまで、その場から動かなかった。


***


 放課後。

 私は第三準備室の前に立っていた。


 乗り気ではなかった。

 唯花に引っ張られてきてしまっただけだ。

 もう、どうなってもよかった。

 強いて言うなら、五月に謝りたかったのかもしれない。

 だけど、そんな資格もない。


 準備室の中には、古い教材の箱と、使われていない椅子が積まれていた。

 唯花は鍵を開け、先に中を確認する。


「二人でちゃんと話してね」

「唯花」

「私はもう帰るから」


 唯花は私に鍵を渡して、それだけ言って私の横を通り過ぎた。

 廊下の先から、五月が歩いてくる。

 五月は私を見て、足を止めた。

 私は先に中へ入った。

 五月も入る。

 五月が扉を閉め、二人きりの空間になってしまった。


「……昨日は」


 私が先に言った。


「ごめん」


 五月の顔が歪む。


「それ、言うと思った」

「ごめん」

「また」

「本当に、私が悪いから」

「そういうのが嫌なんだけど」


 五月の声が、そこで少し荒くなった。

 私は何も返せなかった。


「真白にキスされたこと、嫌じゃなかった」


 五月は鞄の肩紐を手から外し、近くの椅子に置いた。


「嫌じゃなかったし、怖くなかった。最初は、練習とか、友達だからとか、そういう言い訳してたけど」

「五月」

「私、真白の気持ちを考えてなかった」


 その言葉に、私は顔を上げた。


「大和の前で背伸びしてるのを、真白に都合よく支えてほしかっただけだった。真白なら分かってくれるって、真白なら大丈夫って、勝手に思ってた」

「違う。私が」

「最後まで聞いて」


 五月に遮られる。

 私は口を閉じた。


「でも、そうじゃなくなった」


 五月は私を見た。

 真正面から。


「大和とも別れた」


 心臓が、跳ねた。

 昨日、聞かなかった言葉。

 五月が言おうとしていた言葉。


「真白だけが好きになった」


 息の仕方を忘れそうになる。

 まっすぐで、嘘のない言葉だった。

 でも、その「好き」が本物であるほど、私は自分が許せなくなる。

 私は帰るために、この子を攻略対象として、計算して距離を縮めた。

 そんな私に、五月は本気で「好き」と言っている。

 受け取ったら、私はこの子を、最後まで騙すことになる。

 私は何か言おうとして、言えなかった。


「なのに、真白は何も聞いてくれない」


 五月の目尻に、涙が滲んだ。


「どうして!?」


 責められて当然だ。

 私はそれを受け止めるべきだ。

 謝って、傷つけた分を全部自分のせいにして、五月が少しでも楽になるなら。


「ごめん」


 五月の顔が、さらに歪んだ。


「またそれ」


 違う、と言いたい。

 でも、何を言っても嘘になる。本当の理由は――こちらの都合で五月の気持ちを利用した、なんて、言えるわけがない。

 言えないまま、私はまた「ごめん」に逃げようとして、それを飲み込んだ。


 五月が私の前まで来る。

 私は後ろへ下がった。古い机に、腰が当たる。


「黙って、一人で全部決めないでよ」


 何も言い返せなかった。

 五月を利用すると決めたのは、私だ。こんな気持ちにさせておいて、肝心なところで怖くなって逃げたのも、私だ。

 その不甲斐なさと申し訳なさで、私はまた、何も言えなくなる。


「責めたいんじゃない。私は、ちゃんと返してほしいの」


 五月の声が震えていた。

 怒っている。泣きそうになりながらも、私から目を逸らさない。


「私が好きって言ってるのに、ごめんで終わらせないでよ」


 言葉が出ない。

 本当のことは言えない。嘘で慰めることもできない。

 黙っている時間が、そのまま五月を傷つけていく。


「真白」


 五月が私の名前を呼ぶ。

 私は顔を上げられなかった。


「何か言ってよ」


 言える言葉が、ひとつもなかった。

 その瞬間、五月が私の制服を掴んだ。


 ――――次の瞬間、唇を塞がれた。


 五月からのキスだった。

 練習じゃない。

 流されたわけでもない。

 五月が、私を求めていた。

 五月の唇は、まっすぐだった。打算も、嘘もない。

 本物の「好き」だった。

 五月が本気であるほど、私のしていることは、ただの裏切りになる。

 ――それでも、私は帰りたかった。

 その身勝手な一心が、罪悪感を押しのけていく。

 私は、目を閉じて、五月のキスを受け入れた。

 帰るために。最低な私のままで。

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