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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第三章 練習だと、言い聞かせて

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あと、二回

 その日の夜。

 ベッドの上に寝転がり、天井をぼんやりと見つめていると、不意に部屋の中で破裂音が鳴った。

 宙に浮かぶ青色のイルカ、イルカイルが姿を現す。


「今日はお疲れさまイルカ〜! いや〜、すっごくいい雰囲気だったイルカね?」

「……アレって」

「焦らして焦らして、五月が涙目で『早く触ってよぉ』ってねだるところ、ばっちり見てたイルカ! そこで囁いて甘やかすんだから、君も隅に置けないイルカ〜」

「ちょ、ちょっと待って。見てたの? あれ、全部!?」

「サポートのためイルカ! ラブエナジーの気配は、一秒たりとも見逃さないイルカからね」

「最低! プライバシーって概念、ないわけ!?」


 顔が、かっと熱くなる。

 私は枕を掴んでイルカイルめがけて投げつけたが、青色の体はひらりと宙でかわした。


「そんな照れなくてもいいイルカ〜。おかげで瓶もいい感じイルカ! ……順調イルカ。あと二回えっちすれば、あの瓶が満タンになるイルカ!」

「……あと、二回」


 私はイルカイルの言葉を口の中で反芻した。

 今日、五月が私のキスを受け入れた時のことを思い返す。

 それでも、拒まなかった。

 私がもう一度触れれば、五月はまた受け入れる。

 その確信を持ってしまう時点で、かなり私は最低だ。


 ゲームセンターで、大和くんが音ゲーの筐体を指した時の五月を思い出す。

 五月は画面を見ていた。

 やりたそうにしていたのに、自分から「やりたい」とは言わなかった。

 大和くんに誘われて、ようやくステージへ上がった。

 曲が終わったあとも、五月は先に大和くんへ頭を下げていた。

 楽しかった、と言えばいいだけなのに。

 もう一回やりたい、と言えばよかったのに。


 ハンバーガーショップでもそうだった。

 五月は大和くんの話に笑っていた。

 ポテトをつまんで、相槌を打って、彼女として正しい行動をしていた。


 ほんの一瞬、大和くんの視線が逸れた隙に、五月がこっそり肩の力を抜いた。

 その横顔で、ずっと気を張っていたのだと分かってしまう。

 大和くんがこちらを向けば、五月はまた声を一段明るくして笑う。

 ――無理してるな、と思った。

 好きだから笑っているんじゃない。嫌われたくなくて、正しい顔をしているだけだ。


 そんな五月が、私の前でだけ、その顔を脱いでくれる。

 それが嬉しくて、同じくらい、たまらなく後ろめたかった。


 このまま私が迫れば、五月はきっと受け入れてしまう。

 その優しさと脆さに、私は付け込もうとしている。


「あと、君にお願いがあるイルカ」

「珍しい。何?」

「今までのループで関わったヒロインとは、あまり接触しないでほしイルカ」

「……どうして?」

「理由はまあ色々あるイルカ。詳しいことは言えなイルカ! とにかくよろしくイルカ」

「色々って何。零や雪乃に、何かあるの?」

「ノーコメントイルカ」

「……またそうやってはぐらかす」

「私にもいろいろ事情があるイルカ」


 いつものふざけた口調なのに、その一瞬だけ、イルカイルの声が少しだけ平坦になった気がした。

 イルカイルは空中でくるりと一回転し、一方的にそう告げてきた。

 雪乃や零との接触を禁じる理由。

 ラブエナジーを溜めろだとか言ってくるこのふざけた世界のことだ、そこには確実に何らかの秘密があるに違いない。

 だが、今の私にそれを深掘りする余裕はなかった。


「分かった。そもそも、今は五月のことで精一杯だから他の人と関わる暇ないしね」

「ありがとイルカ!」

「じゃあ、そろそろ寝る」

「おやすみイルカ〜!」


 再びポンッという破裂音を残し、イルカイルが消滅する。

 部屋には元の静寂が戻ってきた。


――――あと二回。


 私は布団を被り、枕元のスマホを手にとった。

 画面の明かりが顔を照らす中、メッセージアプリをタップし、五月の連絡先を選ぶ。

 前回のトーク画面には、五月が送ってきたスタンプが残っていた。

 ネコのキャラクターが両手を上げている。

 その下に、私が返した短い返事。

 普通の友達のやり取りだ。

 けれど今の私は、下心を持ってメッセージを送ろうとしている。


「最低だな、私」


 元の世界へ帰りたい。

 家族が、兄ちゃんがいる家へ帰りたい。

 指先を動かし、短いテキストを打ち込んだ。


『明日の放課後、遊ばない?』


 送信ボタンを押した直後、画面の端に『既読』の文字がつく。

 そして数秒後には、返信の通知が届いた。


『いいよ〜!』


 即座に返ってきた短いメッセージ。

 五月らしい返事だった。

 私はそれに乗る。

 乗ると決めた。


『じゃあ、また明日』


 送信してから、スマホを枕元へ置いた。

 友達に送るメッセージじゃない。

 攻略対象に送るメッセージだ。

 そう考えた瞬間、自分で自分が嫌になった。


「でも、帰りたいよ……」


 返事はない。

 当然だ。

 これは誰かに許してもらうための言葉じゃない。

 私は布団を被り直し、目を閉じた。

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