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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第三章 練習だと、言い聞かせて

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カラオケ、行こ!

 放課後、私が教室に戻ると、五月が私の机に数学のノートを置いた。

 その上に、冷えた缶ジュースが乗せられている。


「サンキュー真白神! 課題終わったし、打ち上げにカラオケ行こう! 唯花も!」

「私は今日、塾があるんだ。ごめんね」


 唯花は鞄を持ち上げ、両手を合わせた。


「そっかー、残念。じゃあ真白、行こ!」

「五月、軽音の練習は?」

「あー、それがさ。組んでたバンド、メンバーの男女が別れて解散しちゃって。今はおやすみ中なんだよね」

「そうなんだ。それは、気まずいね」

「でしょ。だから放課後ずーっとヒマなの。ね、付き合ってよ真白〜」

「私はパス。帰って寝る」

「えー! お願いお願い! 三時間だけでもいいから!」

「その三時間は長い」

「じゃあ二時間!」


 五月は合わせた手をさらに高く上げる。

 ここまでやられると、断る方が面倒になってくる。


「……二時間だけね」

「やったー!」


 五月が両手を上げる。

 教室の入口に雪乃がいた。

 開けたドアに手をかけたまま、私と五月を見ている。

 雪乃は教室へ入らず、そのまま廊下へ戻った。


「真白?」

「あ、ううん。行こっか」


***


 カラオケの個室に入るなり、五月は鞄をソファに置き、ドリンクバーのコップを二つ持って出ていった。

 私は液晶型のリモコンを手に取り、曲名の一覧を見る。

 知っている歌が、一つもない。

 よくよく記憶を辿れば、私はこの世界の楽曲を一曲も知らない。


「お待たせ〜。五十嵐スペシャルミックス」


 五月が戻ってきて、私の前にコップを置いた。

 薄茶色の飲み物が入っている。

 上の方だけ、妙に泡立っていた。


「何これ」

「五月特製ドリンク」

「何混ぜたの!?」

「大丈夫。あたしのも同じやつだから」


 五月は自分のコップにストローを差し、一口飲んだ。

 私も試しに飲んでみる。


「まっず!!」

「うん、これは私が悪かった。ごめんなさい」


 私はコップをテーブルの端へ避けた。

 五月は笑いながらリモコンを操作して、アップテンポな曲を転送する。

 イントロがスピーカーから響き渡った。

 私の知らない歌だ。

 五月の歌はあっという間に終わった。


「真白、なんで歌わないの?」

「私、流行りの歌とか疎くて……」

「じゃあこれ、『星屑ディスティニー』歌おうよ! 広告でもよく流れてたし知ってるっしょ?」

「知らない」

「マジー!?」


 五月はマイクを持ったまま目を見開いた。


「あれ? 真白と前カラオケ行ったことなかったっけ? なんかタンバリンずれててめっちゃ笑った記憶があるんだけど」

「行ったことないよ」

「え、じゃああれ誰だっけ。真白がサビ前だけ全力で鳴らして、そこじゃないって唯花が突っ込んで……」


 五月はリモコンの横に置かれていたタンバリンを手に取り、私の膝に乗せた。

 金属の部分が、私の制服の上でかしゃりと鳴る。


「ほら、持ち方だけ既視感ある」

「私はない」

「そっか。じゃあ今日が初タンバリンね」


 五月はすぐ流した。

 私はタンバリンの縁を指で押さえた。

 この世界は、佐倉真白が前からここにいたことにする。

 カラオケに来たことがあって、タンバリンを鳴らしたことがあって、五月と笑ったことがあるように。

 私だけが、その記憶を持っていない。


「でも、私ばっかりが歌うの申し訳ないな〜」

「気にしないで。私はドリンクを飲んでるから」

「じゃあタンバリン係お願いします! ほら、軽音のドラマー舐めんなよ? ズレてたら叩き直すから」


 五月は何曲も立て続けに歌い始めた。

 どれも私の知らないメロディばかりが続く。

 私はタンバリンを鳴らし続けた。

 間奏に入ると、テーブルの上の五月のスマホが光った。

 五月は歌詞を追いながら画面を見て、すぐ伏せる。

 次の曲でも、また通知が来た。

 五月はマイクを持ち直し、歌詞を一行飛ばした。

 けれど六曲目が歌い終わって、スマホを気にしたようなそぶりをした五月は、歌うのをやめていた。

 曲を検索して画面ををスクロールしているのに、次の曲を入れない。


「歌わないの?」

「んー」


 五月はマイクをテーブルに置いた。

 画面を伏せたスマホを、自分の鞄へしまう。


「…………」


 沈黙が続く。私は何かを話した方がいいと思って五月に話しかけようとしたが、その前に五月がようやく口を開いた。


「…………真白ってさ、えっちしたことある?」


 唐突な問いに、私はタンバリンを取り落としかけた。

 「シャン」という音が膝の上で鳴る。


「い、いきなり何っ!?」

「あれ? 真白って下ネタ耐性ないタイプだっけ?」


 五月がクスクスと笑う。

 雪乃の唇が、すぐに浮かんだ。

 私の名前を呼ぶ声。

 私の背中を必死に掴んでいた指。

 零が布団の中から腕を伸ばしてきたこと。

 キスが深くなって、私が止めなかったこと。

 五月がリモコンを片手に、いつもの顔でこっちを見ている。

 返答に詰まり、私は口を閉ざした。


「…………」

「ええ!? あるの!?」

「ないよ!」


 このループでは、まだ。

 私が顔を背けると、五月はリモコンをテーブルに置いた。


「実はさ、彼氏ができたんだよね」

「え?」

「学園の人?」

「違う違う。別の学校の人。友達の友達ってやつ」


 二回のループの間、ずっと友達として接してきたけれど、そんな事実は全く知らなかった。

 それも当然だ。私はそれぞれ雪乃と零につきっきりだったのだから。


「いつから?」

「三日前」

「最近じゃん」

「告白された時は嬉しかったんだよ。相手は悪い人じゃないし、LINEもちゃんと返してくれるし。デートしてても楽しいし」

「さっきから通知来てる人?」

「うん」


 五月は鞄にしまったスマホを取り出した。


「返信、めっちゃ早いんだよね。こっちがスタンプだけ送っても、ちゃんと返してくれる」

「いい人じゃん」

「いい人。歩いててもさ、何も言わずに歩道側代わってくれるし。あたしのしょうもない話でも笑ってくれるし」

「しょうもない自覚はあるんだ」

「あるよ。今日の課題が終わらない話、三回くらい聞かせた」

「優しいね」

「うん。優しい」


 五月はグラスの水滴を指でなぞる。


「でも、二人きりになると、彼氏がそういう雰囲気を匂わせてくるんだよね」

「…………」

「私、いっつも茶化して流しちゃうんだけど」

「茶化して流せてるなら、それでいいんじゃ——」

「何回も流すと、こっちが悪い感じになるじゃん。付き合って三日でそういうのって、普通?」


 普通、という単語に思考が止まる。

 雪乃の髪が頬に触れた感触。

 耳元で名前を呼ばれて、返事の代わりに抱き寄せたこと。

 零の体温が掛け布団の中にこもって、どこまでが自分の熱なのか分からなくなった夜。

 指を絡めたまま、何度も体勢を変えたこと。

 だめだ。

 今の質問で、その記憶を思い出すな私…………。

 私はタンバリンを膝の上で押さえた。


「人それぞれなんじゃないかな。その人にはその人のペースがあるだろうし」

「…………」

「五月が困ってるなら、急がなくていい」


 私が告げると、五月は顔を上げた。


「嫌いじゃないんだよ」

「『嫌いじゃない』は、『したい』って意味じゃない」

「……そうだよね」


 五月はふっと表情を緩めた。


「じゃあ、今度そういう雰囲気になったら、まだ早いって言ってみる」

「うん」

「真白に聞いてよかった」


 テーブルの上で、五月のスマホがまた光った。

 ジリリリ、と壁の電話が鳴り響く。

 私が受話器を取って応答した。


「あと十分だって」

「じゃあ、最後にもう一曲歌っちゃおうかな!」


 次の曲のイントロが流れ出し、五月は再びマイクを握った。

 明るい曲だった。

 私はタンバリンを持ち直し、サビに合わせてタンバリンを鳴らした。

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