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女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第二章 救うのと、利用するのと

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約束だよ

 零は私の家の玄関で、靴を履いていた。

 日曜日の夜。

 話し合いの日が来てしまった。


「忘れ物ない?」

「うん」

「スマホ、充電器、ハンカチ」

「入れた」

「えっと、あとは……」

「真白」


 零が私の言葉を止めて、鞄を玄関の床に置いた。

 そのまま私の袖を引き、背伸びをしてくる。

 唇が触れた。


「ん……っ」


 すぐ離れると思ったのに、零は私の袖を掴み直して、もう一度唇を重ねてきた。

 玄関で、しかも家族がいつ通るか分からない場所で、キスが深くなる。


「ちょ、ちょっと、零。見られたらどうす……」


 言い終わる前に、また塞がれた。

 零の手が私の首の後ろに回る。

 舌先が触れて、私は慌てて零の肩を押さえた。


「ちょっと零〜!」

「全部終わったら、続きしようね」


 零は私の顔を見て、ほんの少し笑った。


「また、連絡するね」

「うん。待ってる」


 零は私の袖から指を離し、ドアノブに手を伸ばした。


「……行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 扉が閉まる。

 玄関から零の足音が離れていった。

 部屋に戻ると、零が使っていた布団だけが残っていた。

 私はそれを畳もうとして、掛け布団の端を持ったまま止まる。

 昨日までなら、ここに零が座っていた。

 アイスを食べて、ゴロゴロして、私の袖を引いて。

 あの子がいないだけで、部屋が急に広くなっている。

 それがなんだか、寂しい。


 私は布団を畳み、押し入れの前まで運んだ。

 すぐしまえばいい。

 でも、押し入れの戸に手をかけたところで、やめた。

 今日だけは、ここに置いておく。


 ローテーブルの前に座り、スマホを置く。

 画面が暗くなるたびに点け直して、通知欄を確認する。

 何も来ていない。


「落ち着け、私」


 声に出しても、落ち着かなかった。

 唯花から送られてきた授業のノートを開いてみる。

 数式の写真を拡大する。

 読めない。

 いや、読めるけど、頭に入らない。

 私はスマホを伏せ、クッションを抱えてベッドにもたれた。


 時計は二十二時を過ぎた。

 二十三時になった。

 二十三時二十分。

 二十三時二十九分。


 スマホが震えた。

 私はクッションを放り出し、ローテーブルの上のスマホを取った。


『終わった』


 零からだった。


「終わったって、どっち!?」


 私は慌てて返信画面を開く。


『大丈夫?』


 送った直後、既読がついた。

 すぐに次のメッセージが来る。


『お母様と仲直りできた』

『学園もこのままでいいって』

『真白とも、一緒に過ごしていいって』


 私はスマホを両手で持ったまま、画面を読み直した。

 よかった。

 本当に、よかった。

 打ち込もうとした指が、変なところを押しそうになる。

 落ち着け。

 今度こそ落ち着け。


『よかった。本当によかった』


 送ると、零から続けてメッセージが来た。


『でも、ピアノは頑張るって約束した』

『今日から家に戻る』

『真白がいなくて、ちょっと寂しい』

『泊めてくれてありがとう』


 私はその文を読んで、部屋の隅に置いたままのしまえなかった布団を見た。


『こちらこそ』

『零がちゃんと言えてよかった』


 送信した直後、スマホが震えた。

 今度は着信だった。

 表示された名前は、霧島零。


「零」

『真白』


 耳元に零の声が来る。

 メッセージよりずっと近く聞こえて、私はベッドの上で膝を抱えた。


「よかったね、零」

『うん。ありがとう、真白』

「私は何もしてないよ」

『一緒にいてくれた』


 私が黙ると、零は少し間を置いてから続けた。


『明日は学園に行く』

「うん」

『お昼休み、私のピアノ聞いてくれる?』

「もちろん」

『約束だよ』

「うん、約束」


 零は電話の向こうで、少し笑っていると思う。


『おやすみ、真白』

「おやすみ、零」


 通話が切れる。

 私はスマホを耳から離し、画面を消した。

 よかった。

 零は帰れた。

 学園にも残れる。

 明日、ピアノを弾く。

 私に聞かせてくれる。


「……約束、した」


 その言葉を口にした瞬間、ベッドの上にイルカイルがぽんと現れた。


「おめでとイルカ〜〜!!!」

「出たな」

「瓶が満タンになったイルカ! 零ルート攻略完了イルカ!」


 イルカイルが胸びれを振る。

 ローテーブルの上に瓶が現れた。

 昨日見た時はもう少し時間があると思った。

 でも、目の前にあるのは桃色の液体が満ちていっぱいになった瓶だった。


「いっぱい情事したからイルカね! 今回はめちゃくちゃ盛ってたイルカ!」

「うるさい!」


 私はクッションを掴んで投げた。

 イルカイルは空中でくるりと避ける。


「そういうのじゃない」

「イルカ?」

「違う。私は……」


 言葉が続かなかった。

 瓶は満ちた。

 零は救われた。

 お母様と話して、学園に残れて、明日もピアノを弾ける。

 全部、いいことのはずだ。


 なのに、私はスマホを見ていた。

 零との通話履歴が、そこに残っている。

 明日のお昼休み。

 私のピアノ聞いてくれる?

 もちろん。

 約束だよ。

 うん、約束。


「私、行けないじゃん」


 イルカイルが黙った。

 時計を見る。

 二十三時五十八分。

 二十三時五十九分。


 私はスマホを握り、零との通話履歴を開いた。

 かけ直しても、何を言えばいい。

 ごめん、明日行けない。

 ごめん、約束守れない。

 ごめん、私はたぶん、もう次の朝にはここにいない。


 そんなこと、言えるわけがない。


 瓶の光が増す。

 部屋の壁が歪む。

 ローテーブルの輪郭が崩れていく。


「真白、ループが来るイルカ」

「分かってる」


 分かってる。

 分かっていたはずだ。

 瓶が満ちたら、二十四時に戻る。

 雪乃の時もそうだった。

 零の時も、同じ。


 でも、零は明日、私を待っている。

 特別音楽室で。

 私に聞かせるために、ピアノの前に座る。


「……ごめん、零」


 二十四時。

 スマホの画面が白く滲んだ。

 視界が歪む。

 桃色の光が、部屋ごと私を塗りつぶしていく。


 最後に見えたのは、通話履歴に残った零の名前だった。

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