目が覚めたら、隣に
スマホのアラームを止めようとして、私は枕の横を手探りした。
指先に当たったのはスマホではなく、零の髪だった。
「……ん?」
目を開ける。
カーテンの隙間から入った朝の光が、布団の上を斜めに照らしていた。
その中で、零が私の隣に眠っている。
昨日の部屋着は、布団の端に丸まっていた。
「…………」
私は布団を引き上げ、自分の肩まで隠した。
そっか。
昨日の夜。
そういうこと、ありましたよね。
いや、誰に確認してるんだ私は。
枕の下に潜り込んでいたスマホを取り出す。
画面を点けると、時刻は十時を過ぎていた。
通知欄には、唯花からのメッセージが一つ。
『今日の授業のノートいる?』
それだけだった。
相変わらず学校からも担任からも連絡はない。
「本当に、都合よく流れるな……」
呟いたところで、零が身じろぎした。
零のまぶたがゆっくり開き、まだ眠そうな顔で私を見た。
「真白……」
「お、おはよう」
零は返事の代わりに、布団の中から腕を伸ばしてくる。
そのまま私の腰に腕を回し、ぴったりくっついてきた。
「ちょ、零。服。まず服着よ」
「あとで」
「あとでじゃない。今」
零は私の言葉を聞いているのかいないのか、顔を近づけてくる。
寝起きの熱が残った唇が、私の唇に触れた。
一度離れたと思ったら、零はすぐに追いかけてくる。
朝の挨拶で済ませる気なんて、最初からなかったらしい。
零の手が私の背中へ回り、キスが深くなる。
「ん……っ、待って」
言葉を挟もうとした口を、また塞がれる。
零は昨日より迷わない。
私の指に指を絡め、布団の中で体を寄せてくる。
流されそうになる。
流されてもいい、と思いかける。
でも、昨日イルカイルが見せてきた瓶の目盛りが、頭の端でちらついた。
このまま続ければ、たぶん溜まる。
そうやって終わらせることもできる。
私は零の肩を押さえ、唇を離した。
「待って、零」
「……いや、なの?」
「嫌じゃない」
しょんぼりした零が私を見ている。
「嫌じゃない。だけど、このままじゃ良くない」
「このまま?」
「うん。私の家に隠れて、私とだけ一緒にいるっていうのは違う」
零は私の指に絡めていた指を少し緩めた。
私は布団の端に手を伸ばし、丸まっていた部屋着を零の方へ寄せる。
「とりあえず着て。話したい」
「……うん」
零は部屋着を受け取り、布団の中で袖を通し始めた。
私もベッドの脇に落ちていたTシャツを拾い、背中を向けて着る。
振り返ると、零は膝を抱えるようにして布団の上に座っていた。
その向こう、姿見の端に自分の姿が映る。
首筋には赤い跡が、はっきり残っていた。
「…………」
昨日の夜、零がそこに唇を寄せてきた感触まで一緒に戻ってくる。
違う違う違う。
思い出すな。
今はそういう時間じゃない。
私はTシャツの襟を指で引き上げ、鏡から視線を外した。
零とちゃんと話をしないと。
「零」
「うん」
「お母さんと、どうにか仲直りできないかな。転校せずに済む方法。ピアノをやめるとか、全部従うとかじゃなくて、零が学園に残れる方法」
零はしばらく黙っていた。
けれど、うつむいたまま終わらせなかった。
顔を上げて、ゆっくり口を開く。
「お母様は、私の話を聞かない」
「うん」
「私が何を言っても、ピアノの話になる」
「うん」
「でも……お父様なら」
私は身を乗り出した。
「お父さん?」
「うん。お父様に相談してみたら……話を聞いてくれるかもしれない」
「零のお父さんって、家にいないの?」
「単身赴任してて、新幹線で二時間くらいのところにいる」
新幹線で二時間。
近くはない。
でも、行けない距離でもない。
「連絡は取れる?」
「番号は知ってる」
「じゃあ、電話してみよう」
零はすぐには頷かなかった。
代わりに、枕元に置いていた自分のスマホを取る。
画面を開き、連絡先の一覧を指で送っていく。
その指が、途中で止まった。
「怖い?」
「うん」
零はちゃんと自分の気持ちを口にする。
「じゃあ、私も隣にいる」
「一緒に?」
「うん。一緒に」
零はスマホを両手で持ち直した。
表示された名前を、私にも見せる。
そこには、短く『お父様』と登録されていた。
「今、かける?」
「……うん」
零の親指が、通話ボタンの上で止まる。
私は布団の上に置かれた零の手に、自分の手を重ねた。
零は一度だけ私を見て、自分の親指で通話ボタンを押した。
発信音が鳴り始める。
零はスマホを耳に当て、私の手を握り返した。




