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失せろ

 玄関で靴を履いていると、門の外から声がした。


「真白ちゃーん!」


 私は靴べらを持ったまま固まった。

 また知らない女の子の明るい声。

 出海が台所から顔を出す。


「お姉ちゃん早くー」

「うん」


 私は鞄を持って玄関を開けた。

 門の外に、茶色っぽい髪の女の子が立っていた。

 制服のリボンを揺らして、私を見るなり笑う。


「おはよ、真白ちゃん」

「お、おはよう」

「どうしたの? ぼーっとして。寝不足?」


 唯花は自然に私の顔を覗き込んできた。

 昨日まで知らなかった人が、私のことを知っている顔でこちらを見ている。


「ちょっと寝不足」

「もう。夜更かししたんだ。ほら、行こ」


 唯花は先に歩き出した。

 私は鞄を肩にかけ直して、その後を追った。

 朝の住宅街は普通だった。

 車が走っているし、犬を散歩している人がいる。

 私が歩いている場所は通学路なのか通学中の学生がたくさんいる。

 ゲームの中とは思えない。人が普通に生活をしていた。


「クラス、真白ちゃんと一緒になれて本当に嬉しいな」


 唯花が言った。


「クラス?」

「え? 昨日、クラス替えだったよね」

「あー、そうそう、唯花ちゃんと一緒のクラス」

「どうしたの? 唯花ちゃんって! いつも呼び捨てなのに。変な真白ちゃん」

「ごめんごめん唯花」


 出海、唯花。基本的に呼び捨てなのか。

 唯花は笑う。

 その笑顔は、兄ちゃんの部屋に並んでいたアクスタとは違った。



***



 十六夜学園。

 門に、ちゃんとそう彫ってあった。

 いざよい。

 ものすごいゲームに出てくる学園の名前っぽい。

 校門の前では、制服の学生たちが普通に挨拶を交わしている。

 誰も私が転生してきただなんて気づかない。

 というか、校門の中に一歩入って気づいた。

 敷地が、ここからじゃ端まで見えない。

 案内看板には、普通科のほかに商業科、芸能科、それに併設の大学キャンパスまで、矢印がいくつも伸びている。

 制服の学生に混じって、私服でコーヒーを持った大学生や、楽器ケースを背負った人も歩いていた。

 ……何ここ。クソでかい学校じゃん。


「真白ちゃん、どうしたの? 早く行かないと遅刻だよ〜」

「真白ー!」


 別の声が飛んできた。

 振り向くと、ポニーテールの女の子が片手を上げてこちらへ来る。


「おはよ。新学期初日から校門で固まってんじゃん」

「誰?」

「は?」


 女の子は自分の顔を指差した。


「私のこと忘れたのかよ〜!」

「真白ちゃん、今日ちょっと変なの。五月ちゃんだよ」

「五月」

「五十嵐五月ちゃん。二年も同じクラス。よろしくね」

「よろしくー。って、昨日も言ったけど」


 五月は笑って、私の肩を軽く叩いた。

 名前で呼ばれること自体は、元の世界でも珍しくない。

 それでも、この世界の親しさはなんだかおかしい。

 私は神崎だったはずなのに、ここでは佐倉真白として、妹がいて、幼なじみがいて、女友達までいるらしい。


 唯花に急かされて校門をくぐる。

 昇降口では、学生たちが靴箱の前で上履きに履き替えていた。

 自分の名前の靴箱を探して見つける。

 私はローファーを脱ぎながら、隣の列にいる女の子を見つけた。

 銀色のセミロング。

 重めの前髪と、目つきの悪い薄い灰青色の目。

 プロフィール画面で見た顔。

 三上雪乃。

 兄ちゃんの棚にあったアクスタの子が、同じ靴箱から上履きを出している。

 元の世界に帰る。

 そのためには、ヒロインを攻略する。

 言葉にすると最低だ。

 でも帰らなきゃいけない。大切な家族に大切な友達が元の世界にはある。

 私は片方だけ脱いだローファーを持ったまま、雪乃を見た。


「おはよう、雪乃!」


 明るく言った。

 雪乃は上履きを片手に持ったまま、私を見た。

 上履きのかかとが、靴箱の棚にこつんと当たる。


「……誰に言ってるの」

「え、雪乃に」

「馴れ馴れしい」


 あれ?

 今までのパターンだと呼び捨てで通るはずなんだけど、呼び捨てじゃなかったのかな?

 雪乃は私を上から下まで見た。

 視線が痛い。


「失せろ」


 私は固まった。

 初対面で、「失せろ」と言われてしまった。

 いや、向こうにとっては初対面じゃないのかもしれないけど、少なくとも私にとっては初対面で。


「……はい」


 声が自分でも情けないくらい弱った。

 雪乃はもう私を見ずに、上履きを履いて廊下へ行った。

 私はローファーを片方だけ持ったまま、靴箱の前に残された。

 帰るために向き合わなければいけない相手が、今「失せろ」と言って廊下へ行った。

 後ろから唯花が戻ってきた。

 五月も、私の片方だけ残ったローファーを見て吹き出しそうになっている。


「真白ちゃん、大丈夫?」

「うん……」

「初日から三上に突撃するの、真白ってば勇者じゃん」

「気にしないでね、真白ちゃん。三上さん、ちょっと難しい人だから……」


 唯花は困ったように笑った。


「悪い子じゃないはずなんだけどね。誰かと話すの、苦手みたいで」


 唯花が苦笑する。

 私は雪乃が曲がっていった廊下を見る。


 「好感度が死ぬほど高いって……どの辺が?」


 私は唯花に聞こえないようにポツリと言った。

 元の世界に帰るために、私はあの雪乃と仲良くなって、告白しなければいけないらしい。

 どうなっちゃうの、これ!?

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