↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第二章 救うのと、利用するのと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

23/136

ごめんなさい、しか言えない

 玄関に入った瞬間、靴を脱ぐ前に足が止まった。

 床に、プリントシールがビリビリに破かれて散らばっている。

 机の引き出しの奥にしまったはずの、真白と撮ったシールだった。

 お母様は、その一部をつまみ上げていた。


「零。これは何?」

「……ごめんなさい」

「謝罪を聞いているのではありません。これは何、と聞いているの」

「……ごめんなさい」

「学校を抜け出して、ゲームセンターへ行ったのね。ピアノの練習をサボって、こんなものを撮るために」


 お母様は床に落ちたシールを踏みつけた。

 私の口からは言葉が出ない。


「次のコンクールまで、あなたは学校に行く必要はありません。ずっとこの家で、ピアノの練習に専念しなさい」

「……お母様」

「口答えは許しません。あなたは私の言う通りにピアノを弾いていればいいの」

「分かり、ました」


 お母様は踵を返し、廊下の奥へと消えていった。

 私は床にしゃがみ込み、破れてぐちゃぐちゃになったプリントシールを拾い集めた。

 明日から、学校へ行くことはできない。


***


 特別音楽室のピアノの前に、零の姿がなくなって三日が経過した。

 昼休みになっても、放課後になっても、彼女は学校に現れない。

 私は鞄を掴み、放課後のチャイムと同時に教室を飛び出した。

 以前、途中まで一緒に下校した記憶を頼りに、零の家へと向かう。

 石壁に囲まれた門のインターホンを押す。

 数分後、門扉が開き、淡いグレーのワンピースを着た女性が現れた。

 零とよく似た顔立ちだが、向けられる視線は鋭い。


「どちら様ですか?」

「あ、十六夜学園の佐倉といいます。霧島さんが三日連続で学校を休んでいるので、どうしたのかと……」


 女性の視線が、私の顔で止まった。

 すぐに、その目が細くなる。


「あなた……シールに一緒に写っていた生徒ですね」

「え?」

「あなたのせいで、零はおかしくなったのよ。不良が立ち入るゲームセンターに連れ込んで、無駄な時間を過ごすなんて」


 淡々とした口調が、私を容赦なく突き放す。


「零は次のコンクールまで、家から一歩も出しません。二度と娘に関わらないで頂きたい」

「待ってください! あれは私が無理やり……」


 私の言葉を遮り、女性は乱暴に門の扉を閉めた。

 硬質な金属音が響き渡り、施錠の音が続く。

 私は閉ざされた門の前で、インターホンに伸ばしかけた手を下ろした。

 中にいる零に言葉を届ける手段は、何一つ残されていなかった。


***


 数日後。

 昼休みに唯花と五月と教室で弁当を食べていた私は、廊下からの視線に気づいた。

 顔を上げると、ドアの横に零が立っている。

 私は慌てて席を立ち、廊下へと駆け出した。


「零! 学校、来られたの!?」

「家から抜け出してきた」

「抜け出したって……お母さんに見つかったらどうするの」

「……それは……」


 零は黙ったまま、ブレザーのポケットから折り畳まれた紙片を取り出した。

 私に向かってそれを差し出す。

 受け取って広げると、ピアノコンクールの案内チラシだった。

 開催日時と会場のホール名が記載されている。


「というか、私のクラス知ってたの?」

「ううん、聞いて回った。普通科の二年生、までは分かっていたから」

「家では大丈夫? 学校に来れていないのはどうして?」

「これ」


 零は私の問いに答えることなく、一枚の紙を差し出した。


「早く帰らないとお母様にバレてしまうから」


 零はそう言い残すと、踵を返した。

 そのまま一度も振り返ることなく、廊下を去っていく。

 手元の紙は、ピアノコンクールの案内のプリントだった。

 開催日は、五月三十一日、日曜日。

 午後十三時のところに、赤い丸が付けられていた。


***


 日曜日、私は駅前のホールでチラシを開いた。

 午後十三時。

 赤い丸の付いた時間を確認してから、自動ドアをくぐる。

 受付の机には、出演者名の載ったプログラムが積まれていた。私は一部を受け取り、ページをめくる。

 霧島零。

 名前の横には、クラシックっぽい曲名が書かれている。

 私はプログラムを閉じ、客席へ入った。


 ホールの中は、保護者らしい大人がいる。

 舞台の中央には黒いグランドピアノが置かれていた。

 鍵盤の蓋は開いていて、照明が反射している。

 私は後ろの方の席に座り、プログラムを開き直す。

 零の順番まで、あと三人。

 係の人が舞台袖から出てきて、次の出演者の名前を読み上げた。


「霧島零さん」


 客席の前方で、ネイビーのワンピースが動いた。

 零のお母さんだ。

 背筋を伸ばして座ったまま、舞台だけを見ている。

 私は、プログラムを顔の下まで上げた。

 いや、隠れてどうする。別に悪いことはしてない。


 舞台袖から、零が出てきた。

 白いブラウスに、紺のスカート。髪はきれいに整えられていて、いつもの音楽室で見る零より、綺麗だった。

 零は客席を見ない。

 ピアノの前で礼をして、椅子に座る。

 椅子の高さを直し、譜面台のない鍵盤の前で手を構えた。


 最初の音が鳴った。

 課題曲だ。

 何度か音楽室で聞いた曲だった。

 一音ずつ、決められた場所へ収まっていく。間違えない。乱れない。

 客席の誰かが、感心した顔でプログラムを見直した。

 零のお母さんはその姿をじっと見ている。

 これが、あの人の望んだ零なんだと思った。

 決められた曲を、決められた通りに弾く零。

 私が初めて会った時の零。


 なのに、途中で音が止まった。

 零の手は鍵盤の上にある。

 次の音を出せる位置にある。

 でも、出さない。


 私はプログラムを下ろした。

 お母さんが、客席の前方で身を乗り出す。

 零は、鍵盤を見ていた。

 

 どうして止まってしまったの?

 私が客席から言えることなんて何もない。

 零の手が動いた。

 次に鳴った音は、課題曲の続きではなかった。

 客席がざわつく。

 審査員席の誰かが顔を上げた。お母さんは動揺しているのか震えている。

 でも、零は弾いた。


 あの曲だった。

 特別音楽室で、零が「デタラメ」と言った曲。

 あの日より、感情的な演奏だ。途中で迷ったまま鍵盤を押した箇所もある。

 それでも、零は止めなかった。

 客席の誰かが息を飲んだ。

 零は弾き直さない。

 間違えた音ごと、そのまま次へ進んだ。


 私は、背もたれから体を起こした。

 これ、私が好きだって言った曲だ。

 でも、私に言われたから弾いているんじゃない。

 課題曲を止めてまで、零が今ここで選んだ曲だ。

 零の指が、零の曲を終わりまで連れていく。


 最後の音がホールに残った。

 零は鍵盤から手を離し、すぐには立たなかった。

 客席の拍手は、ばらばらに始まった。

 私は拍手をした。

 手のひらが痛くなるくらい、何度も叩いた。


 零が立ち上がる。

 礼をする前に、客席を見た。

 その視線が、私のいる列で止まった。

 見つかった。

 私は拍手をしながら、声には出さずに口だけ動かした。


 来たよ。


 零は一度だけ頷いた。

 それから、舞台の中央で礼をした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。