↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女の私が女の子を抱かなきゃ帰れないって、どういうこと!? ~エロゲ世界に転生したのでヒロイン十六人を攻略します~  作者: 円井ねここ
第二章 救うのと、利用するのと

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/136

誰も知らない、霧島零

 その日の休み時間、唯花や他のクラスメイトに「霧島零という女の子を知っているか」と尋ねて回った。

 しかし、返ってくるのは揃って否定の言葉ばかりだった。

 全校生徒の中から、顔も知らない一人の人物を自力で探し出すには限界がある。

 仕方なく私は帰宅し、部屋で忌々しいあのイルカを呼び出すことにした。


「イルカイル。霧島零のこと、教えて」

「イルイルカ〜! 頼ってくれて嬉しイルカ!」


 何もない空間から青い光が弾け、イルカイルが空中で尾ビレを振る。


「霧島零は、この十六夜学園の音楽科に所属する二年生イルカ!」


 イルカイルがヒレを振ると、空中にプロフィール画面が開いた。

 一人の女の子の立ち絵。

 青ラベンダー寄りの短いストレートボブ。

 名前欄。

 霧島 零。


 プロフィール欄には、数字と項目が並んでいた。

 学年、十六夜学園二年音楽科。専攻、ピアノ。

 誕生日、一月十日。血液型、O型。

 身長、156cm。体重、44kg。

 スリーサイズ、B79/W54/H80。


「……本当に必要のない情報ばかり出る……」

「スリーサイズは攻略プロフィールの伝統イルカ!」

「滅びて、その伝統」


 好きなもの、雨の日の練習室。

 苦手なもの、自由、拍手。

 趣味、特別音楽室での練習。特技、初見演奏、課題曲の完全再現。


「放課後はいつも、音楽科棟の特別音楽室でピアノを弾いているイルカよ!」

「……音楽科? うちの学校にそんなのあるの?」

「あるイルカ!」


 私はこめかみを押さえた。

 ゲームの設定はなんでもありだ。

 脈絡もなく新しい学科が飛び出してくることに呆れる。


「はあ……。で、その霧島さんを含めて、あと十五人も攻略しないといけないわけ?」

「そうイルカ!」


 十五人。到底終わりの見えない数字に、眩暈を覚える。


「……無理。絶対に終わらない」

「そんなことなイルカ! 前回、一番ラブエナジーが溜まったのはいつだったか、振り返ってみるイルカ」

「一番溜まったのって……」


 記憶を辿るまでもない。

 部屋で雪乃と体を重ねた時間。

 シーツの擦れる音、熱を帯びた吐息、肌と肌が触れ合う感触が、瞬時に脳内で再生される。

 私は反射的に両手で顔を覆った。

 頬に熱が集まる。


「思い出したイルカね? なら話は早いイルカ! 手っ取り早く、すぐにえっちすればいいイルカ!」

「できるわけないでしょー!!!」


 私は両手で顔を覆ったまま叫び、イルカイルのホログラムに向かって腕を振り回した。


「会ったばかりの相手に、いきなりそんなことできるわけないじゃない!」

「やってみないとわからなイルカ! ためしに、『えっちしよ!』って聞いてみるイルカ!」

「聞けるかー!」


 ふざけた提案に、私は頭を抱えてその場にしゃがみ込んだ。


***


 翌日の放課後。

 音楽科棟へ向かう途中で、廊下の端に雪乃の姿を見かけた。

 雪乃は私と目が合うと、すぐに顔を背けた。

 いつもの雪乃だ。

 そう思って通り過ぎようとしたのに、視線を感じて、私は一度だけ振り返った。

 雪乃はもう、こちらを見ていなかった。

 人の気配がない音楽科棟の廊下を進む。

 特別音楽室の前に差し掛かると、扉の向こうからピアノの旋律が響いてくる。

 ノブに手をかけて回すと、鍵はかかっていなかった。

 私はそのまま、ゆっくりと扉を押し開けた。

 部屋の中央に置かれたグランドピアノの前に、ホログラムのプロフィールで見たのと同じ、青みがかったボブヘアの少女が座っていた。

 鍵盤の上を滑っていた指先が止まり、旋律が途切れる。

 少女はこちらへ顔を向けた。


「霧島さん?」

「うん……そうだよ」


 静かな声だった。

 その顔を見た瞬間、昨日のイルカイルの言葉が頭をよぎった。


 『ためしに、『えっちしよ!』って聞いてみるイルカ!」』


 断られるに決まっている。

 怒られて、軽蔑されて、「最低」と言われる。そうなれば、イルカイルに言い返せる。

 ほら見ろ。ゲームとはいえ人の気持ちは、簡単な言葉ひとつで動いたりしない。

 私は拳を握り締め、目を閉じて口を開いた。


「あのさ、私とえっちしない?」


 言葉が口から出た直後、全身から血の気が引く。

 ゲームの中といえど、さすがにこれはない。

 一人の人間としてどうかしている。


「……ごめん! そうだよね、無理だよね、忘れて!」

「いいよ」

「…………へ?」


 慌てて取り消そうとした私の言葉を遮り、霧島さんは平然と答えた。


「あなたが望むなら、えっち、してもいい」

「は???」


 私の脳内から思考が消し飛ぶ。


「えっちって、どうやるのかな? やったことないからわかんないや。脱げばいい?」


 霧島さんは立ち上がり、ブレザーのボタンに手をかけて外し始めた。


「待って待って!」

「しないの?」

「しないしない!」

「ムラムラしてたんじゃないの?」

「してないわ!」


 私は制服を脱ごうとする霧島さんの動きを制止した。


「えっちは、命令されたからするものじゃないの!」

「でも、えっちしようってあなたは言った。どうして言ったの?」

「それは……」

「命令じゃないの?」

「違う」

「お願い?」

「それも違う!」

「じゃあ、なに?」

「……私が、最低なこと言っただけ」

「最低?」

「うん。最低」

「でも、あなたが望むなら、私はできるよ」

「だから、それがダメなの!」


 言葉の通じない相手に、私は頭を抱えた。

 このままでは埒が明かない。


「じゃあ、えっちじゃなくて普通に話そう」

「普通って何?」


 真顔で問い返され、私は言葉に詰まる。

 会話の糸口を掴むため、部屋の中央にあるグランドピアノへ視線を向けた。


「……ピアノ好きなの?」

「お母様が弾けと言うから」


 予想外の返答に、私は再び固まった。


「好きかどうかを聞いてるんだけど……」

「好きも嫌いも、よく分からない」


 霧島さんはそう言ってから、鍵盤の蓋を静かに下ろした。


「ごめん。時間が来た」

「時間?」

「門限。十七時」

「……十七時?」

「うん。十七時を過ぎると、お母様に怒られる」

「ちっちゃい子の門限じゃん……」


 霧島さんは鞄を持ち上げ、私の方へ歩み寄ってくる。


「また来てもいい?」

「いい。あなたが望むなら」

「……そこは、霧島さんが嫌じゃなければ、でいいんだけど」

「嫌じゃない」

「そっか。じゃあ、また来る」

「うん」

「じゃあね、霧島さん」

「バイバイ。ムラムラしてた人」

「ムラムラしてないわ!!」


 つい叫んでしまった声が、音楽科棟の廊下に響いた。

 霧島さんは振り返らないまま、譜面台の五線譜を片付けた。

 それから鍵盤の蓋と窓を順に確かめ、私を先に廊下へ出してから、音楽室の照明を落とす。

 鞄から取り出した鍵で、慣れた手つきで扉に施錠した。


「それ、自分で開け閉めしてるんだ」

「特別教室の鍵は、職員室で借りるの。ちゃんと返さないと、先生に怒られるから」


 霧島さんは鍵束を握り直し、職員室の方へ歩いていく。

 その背中を、私は見送った。

 初対面で最低なことを言ったのは私だ。なのに霧島さんは怒らなかった。嫌がることもしなかった。

 ただ「あなたが望むなら」と言って、制服のボタンに手をかけた。

 攻略しやすい。

 その言葉が頭に浮かんだ。

 それは私が一番嫌っていたことだ。

 相手の意思が見えないから都合がいい、そんな考えは良くない。

 早く元の世界に帰りたい。

 でも、次にここへ来る時は、あの子の意思をちゃんと聞かないといけない。

 鍵を返しに行く律儀な背中が見えなくなるまで、私はその場に立っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。