第136話 この歌詞、君のことなんだ
夏休みに入って、一週間ほど。
ポイントを貯めていた久遠先輩、零、五月は、交代で家へ来て練習に付き合ってくれた。もちろん練習以外のこともした。というか、そっちの時間の方が長かった気がするけど。
でも、雪乃とは、夏休みに入ってから一度も会っていない。メッセージを送っても、既読がつくだけだ。
紡先輩からは、旧校舎の鍵を探しているという進捗が、たまに送られてくる。
三人が来ない日は、ギターの練習と作詞をする時間に使った。
今日も自室の机でノートを開き、奈々を思い浮かべて言葉を並べている。
「うーん、なんか違う」
書いて、消して、また書いて。ノートには何本も線が増えていた。
奈々のための歌にしたいのに、アイドル、ステージ、笑顔と書いてしまうと、いつもの感想メッセージになってしまう。
みんなへ向けた笑顔だけを書きたいわけじゃない。
『眩しい笑顔も 君の本音も
全部好きだと伝えたい
遠い場所で見つめるだけじゃなく
君の隣で奏でていたい』
読み返せば、奈々のことを書いた歌詞だと自分でも分かる。本人に見せるのは恥ずかしい。それでも、適当な言葉へ変える気にはなれなかった。
次の一行を考えていると、机のスマホが鳴った。奈々からのメッセージだった。
『曲、できたから聴いて欲しい』
『スタジオ借りる?』
『歌うわけじゃないしそこまでしなくていい』
誰にも聞かれずに話せる場所なら、一つある。
『じゃあ、うちくる?』
***
インターホンが鳴り、私は自室を出た。
「真白いますか?」
玄関では、出海がもう扉を開けていた。外に立っているのは、帽子を深く被り、マスクを着けた奈々。
「わあ、新しい女の子」
出海が、にやついた顔を私へ向けた。
「お姉ちゃん、お客さんだよ」
「奈……」
危うく、帽子とマスクで隠している相手の名前をばらすところだった。続きの一文字を飲み込む。
出海が私の隣へ寄り、奈々には聞こえない声で話し始めた。
「お姉ちゃん、昨日五月ちゃんお泊まりしに来たばっかりじゃん。一昨日は九条院先輩、その前は霧島先輩」
「ほら、学園祭に向けて、ね? 練習を……」
「毎回、夜には明らか音楽じゃない声が聞こえてくるんだけどね。毎回聞かされる妹の気持ちになってよ」
反論できない。少なくとも、ギターの音じゃなかった。
「それで今度は誰?」
「学校の友達」
「本当に友達なの?」
「いや、今回は本当に友達」
「またお泊まりじゃないよね?」
「今日は遊びに来ただけだし純粋にバンドのことを話すだけだから!」
奈々の前で何を説明させるんだ、この妹は。
奈々が靴を脱ぐのを待って、私はそちらを向いた。
「じゃあ行こうか」
奈々の手を取って、そのまま二階の自室へ向かう。
「手、繋いでんじゃん……」
背中へ届いた出海の声は、聞こえなかったことにする。
***
部屋へ入ると、奈々は帽子とマスクを外し、私と並んでベッドへ座った。
奈々がスマホを操作する。流れてきたハミングは、前に十六室で奈々が歌っていたメロディーの続きだった。
「いつもの奈々とは違うけど、切ない感じいいな。私これ好き」
「Aメロはこれで納得いってるんだけど、Bメロとサビはまだ悩んでて」
奈々は別の録音を再生し、二つのサビを続けて聞かせてくれた。
最初の案はサビへ入るところで音が上がり、二つ目は切ない流れを保ったまま、後半で音が下がる。
「サビは、二つ目の方が好きかも」
「そうなの。サビ前半のメロディはこっちの方が好きなんだけど、盛り上がりにかけるというか」
「確かに、盛り上がるのは最初のパターンだったかもな」
「それに、こっちのサビを採用するとBメロ考え直さなきゃいけなくなっちゃう」
「うーん、確かにまとまってるのは最初の案かもね」
「もうちょい悩んでみる。それで、真白の歌詞は?」
ついに、聞かれてしまった。
私は机からノートを取った。書いたページを開き、奈々へ差し出す。
「えっと、こんな感じ」
奈々の隣で読まれると思うと、自分で書いた歌詞が、急に恥ずかしくなってきた。
「でも、奈々のメロディーとちょっとずれちゃうかもな」
「そこは後で調節するからいいけど、見せて」
奈々はノートを受け取り、最初の行から黙って読み始めた。
「何これ、ラブソング?」
「あはは、そうかも」
「意外とロマンチストなんだ」
「一応、奈々のこと想って書いたんだけど、どう、かな?」
「それって」
「あ……」
言ってから、自分の一言を頭の中で聞き直した。奈々のことを想って書いた。それって、ほとんど告白じゃないか。
……なら、このまま言ってしまおう。奈々に私を意識させる、攻略のチャンスだ。
「そう、だよ。私、奈々のことが好き」
奈々が、ノートから私へ視線を移した。
「何言って……」
「だから、これ、偽りない私の気持ちだよ?」
「…………」
奈々は答えない。歌詞の最初へ目を戻し、二つ目のサビを口ずさみ始めた。
……これ、スルーされた?
恥ずかしい。せめて何か言ってほしい。
けれど、好きじゃないとも、この歌詞は嫌だとも言われていない。
私の告白が、奈々の曲に乗っていく。歌詞を確かめていた声は途中から止まらなくなり、『君の隣で奏でていたい』という歌詞が奈々の歌になった。
「え! すごい! 今のめちゃくちゃいい!」
「やっぱり2パターン目のサビの方がいいかも」
「うん、最後音がちょっと上がって終わったよね」
「歌詞に合わせたらこうなったけど、これが一番しっくりくる」
「うんうん! すごいいいと思う」
奈々は、ノートの最初へ目を戻した。
「Aメロに、歌詞合うかな?」
奈々がAメロを歌う。四行目で、メロディーに対して、歌詞がハマらないのが分かった。
「ちょっとこの部分、長いからカットして欲しいかも」
「じゃあ、『怒った声で返されるたび もっと好きになる』ならどうかな?」
奈々が同じ部分を歌い直す。今度は『好きになる』の最後で、Aメロも終わった。
「ぴったりになった!」
「ノートちょうだい」
奈々はノートへ五本の線を引き、Aメロとサビの変更を書き込んだ。
「Bメロ、まだ悩みたいから歌詞だけもらっていっていい?」
「もちろん。あ、でもこれしかメモないからスマホにメモするね」
私は自分のスマホを開き、ノートの歌詞を打ち込んでいく。
その隣で、奈々は私のあげたノートを膝に置き、同じ数行を何度も口ずさんでいた。私が入力を終えても、顔を上げない。
スマホの時刻は、十八時に近づいていた。
「奈々、そろそろ帰る?」
「今集中してるから話しかけないで」
怒られた私は、ギターを膝に乗せ、音を出さずにバンドの二曲を練習した。
けれど、奈々が私の歌詞を口ずさむたび、気になって何度もコードを間違えた。
奈々はノートから顔を上げない。私もギターを抱えたまま、次にスマホを見た時には、もう二十時になろうとしていた。
「奈々、もう二十時だけど、晩御飯うちで食べてく?」
「え? もうそんな時間?」
「すごい集中してたね。どうする?」
「大丈夫。マネージャーは二十時に迎えにくるって言ってたから」
言い終えたところで、奈々のスマホに電話がかかってきた。
マネージャーから、家の前に着いたという連絡だった。これで今日はお開きだ。
奈々は帽子を被り、マスクを着けた。
次はいつになるんだろう。そう考えていると、奈々が口を開いた。
「来週の月曜日」
「うん」
「また来るから」
「わかった。待ってる」
奈々を玄関から送り出すと、リビングから出海が顔を出した。
「今日はお泊まりじゃないんだね」
「明日はお泊まりだけどね」
「順番的に霧島先輩かな?」
「正解」
「今日は歌が聞こえたね。本当にちゃんとバンドしてるんだ」
「そう。あの子がボーカルの子」
「ええと、つまり、お姉ちゃんはバンドの女の子をコンプリートしようとしていると」
「言い方!?」
間違いじゃないのが悔しい。
次に奈々が来るのは、月曜日。またこの部屋で、私の歌詞を歌ってくれる。
……早く、月曜日にならないかな。
奈々に、早く会いたい。




