第133話 ケーキ二つと、心配ひとつ
昼休みに入った瞬間、鞄の中のスマホが鳴った。
『パティスリー・レーヴリーのケーキ食べたい』
鞄から取り出して画面を見ると、送り主は七瀬さん。
メッセージの上には「友達に追加する」のボタン。
そう、連絡先は交換していない。
……けど、バンドのグループチャットから私のアカウントを開けば、こうして個別にメッセージを送れたなとぼんやり考えた。
「あれ?」
一瞬、頭が止まった。七瀬さんから、私に? ってことは……。
「待てよ、これ、連絡先交換できてるじゃん! やった!」
勢いよく立ち上がってから、ここが教室だったと思い出す。
近くの席から一斉に見られた。唯花まで驚いている。
「どうしたの真白ちゃん?」
「いや、ちょっと嬉しいことがあって」
「そうなんだ」
唯花はそれ以上聞かず、笑った。すると、五月が私の席へやってきた。
「真白、一緒に十六室に行かない?」
「五月ちゃんも零式会に入ったんだよね。すごいよね!」
「まあ、成り行きというか」
五月が私の手に指を絡める。
そして、もう片方の手には、七瀬さんからのメッセージが表示されたスマホ。
「ごめん、私行かなきゃいけないところができた」
五月はスマホの画面を見て、それから、絡めていた指を解いた。
「……いってらっしゃい」
「真白ちゃんも、いってらっしゃい」
七瀬さんを攻略するためというのは、五月もたぶん察している。
私に何も聞かず、送り出してくれた。
二人に向かって手を合わせ、私は教室を出た。
校門を出て、マップを開く。店までは徒歩十五分。往復三十分。
これなら昼休み中に戻れる――という計算で、画面の案内を追って走った。
***
十五分後。店の前にあったのは、入口が見えないほどの行列だった。
「……マジか」
マップのピンは、どう見ても目の前の店。念のため店員さんに聞いてみると、返ってきたのは列の最後を指す手だった。
口コミには「人気店なので最低でも一時間は並びます」との書き込み。
昼休みには、戻れない。
まあ、学校をサボるのには慣れてる。
「……並ぶか」
それから、気づけば二時間。
白い箱を手に入れた頃には、スマホの時刻は午後四時を過ぎていた。
「今から帰って間に合うかな……」
箱を抱えて学校へ戻り、十六室の冷蔵庫へ。
そして手元のスマホには、七瀬さんからの新着メッセージ。
『まだ?』
催促の一言。それなのに、七瀬さんの方から私を呼んでくれたと思うと、顔が緩む。
これから、十六室に七瀬さんを呼んで一緒にケーキを食べよう。
そう決めて、零式会のみんなへ事情をグループチャットで報告した。
『今どこですか?』
返事は、待つ間もなく届いた。
『六限終わったところ』
『十六室で待ってます』
『鞄重いんだけど』
……つまり、迎えに来い、と。
***
芸能科の教室へ行くと、七瀬さんは女の子たちに囲まれていた。
私を見つけた七瀬さんが、女の子たちに向けていた笑顔のまま立ち上がる。
「あ、ごめんね。今から用事あるんだ。今度またお話ししようね」
女の子たちは奈々ちゃんと呼び、手を振って教室を出ていった。
最後の一人が出るまで笑顔で見送って、七瀬さんは私の前へ。
「じゃあ、行こっか」
そして、人のいない廊下へ入った途端、鞄を押しつけられた。
「遅い! なんで昼休み中に買ってこれないの? すぐ食べたかったのに!」
さっきまでの笑顔はどこへいったのやら、私に理不尽な言葉をぶつけてくる。
「いや、私2時間待ちましたよ!? 行列だったじゃないですか」
「へえ、そうなんだ。人気だとは聞いてたけど並ぶほどなんだ」
そのまま七瀬さんの鞄を持って、二人で十六室へ行った。
「あれ? 他の人たちは?」
「いないみたいですね」
……私が、そうなるように頼んだんだけど。
「じゃあ食べましょう。紅茶を淹れるので待っててください。」
電気ポットで湯を沸かして、パックの紅茶を淹れて、ケーキを二つの皿へ移す。
「私こっちがいい」
七瀬さんはチーズケーキを選び、私はショートケーキを取った。
向かいのソファーに座った七瀬さんは、ケーキを食べながらスマホ。
……私の方は、一度も見ない。
「え! ここの店の口コミ、ショートケーキが一番美味しいって」
「いや、もう食べ始めちゃいましたけど」
「交換して」
返事をする前に、皿が入れ替わった。
私のショートケーキは一口分。向こうから来たチーズケーキは、すでに四分の一が消えている。
「本当だ! めちゃくちゃ美味しい」
「それはよかったです」
ショートケーキを食べる七瀬さんの頬が、緩む。
完璧なアイドルじゃなくて、年相応の、ただの女の子。
……こっちも、七瀬奈々なんだ。
この顔がまた見られるなら、二時間くらい――って、次は先に待ち時間を調べよう。
「……ねえ」
「はい」
「何時間並んだって言った?」
「二時間ですけど」
「じゃあ、あんた五限は」
「出てないです」
「六限も?」
「出てないですね」
そこで、七瀬さんのフォークが止まった。
「ふうん」
七瀬さんは、ショートケーキの苺を口へ運ぶ。
「……別に、そこまでして頼んだつもりなかったんだけど」
「いや、頼まれましたけど」
「すぐ買ってこいとは言ってない」
「めっちゃ催促来てましたよ、まだ? って」
「それは、来ないから心配し……いや、遅いなって思っただけ」
「心配してくれたんですね」
「…………」
七瀬さんは、窓の外へ顔を向けた。
心配してくれた七瀬さんを見てしまったら、次にケーキを頼まれたら、また断れそうにない。
だから私はソファーを立ち、七瀬さんの後ろへ回って、その肩に指を置いた。
「ちょっと勝手に触らないでよ」
「でも、肩揉んで欲しそうな顔してましたよ」
「ふん」
肩を揉んでほしそうな顔だったかは、わからない。
けれど七瀬さんは私の手を追い払わず、ショートケーキをもう一口食べた。
そうして、マネージャーから迎えの連絡が来るまで、こうして私たちは二人で過ごした。




