第130話 はじめて、五人の音が合った日
七瀬さんとの全体練習を翌日に控え、私たちは十六室に集まった。
ソファに座る私の左腕には零、右腕には久遠先輩がしがみついている。五月はドラムの椅子に座り、二人を見ていた。
しばらく黙っていた五月が、頬を膨らませていた。
「ちょっと近づきすぎじゃない?」
久遠先輩は私の右腕にしがみついて、五月に見せつけるように肩を寄せてきた。
「じゃああなたもこっちにくればいいじゃない」
「両方埋まってるのに!?」
「後ろと前がある」
零が示したのは私の背中と膝の上だった。前って、膝ってこと?
「わ、私だって!」
五月が私の背後へ回り、首に両腕を巻きつけた。
長机の椅子に座っていた紡先輩が、私たちを見た。
「この人たちに煽られて無理することないのよ……」
いつもなら二人を怒鳴る雪乃は、今日も来ていない。火曜日に突き放され、私は階段を下りる雪乃を追えなかった。
三人とも私を抱いたまま、誰も離れない。
久遠先輩は、空いた手で制服のポケットから十六室の鍵を取り出した。
「明日の練習が一段落したら、私たち三人は先に帰るわ」
「三人ともですか?」
「真白と奈々ちゃんを二人きりにするんでしょ?」
首に回った五月の腕に力が入った。
「そう。あなたは、その間に連絡先を交換しなさい」
「いきなり難易度が高くないですか?」
「鍵は預けるわ。逃げずになんとか近づきなさい」
久遠先輩が私の手のひらへ十六室の鍵を載せた。
まずは連絡先。私にできるかどうか分からないけど、やるしかない。
私は鍵を握る手に力をこめた。
***
翌日の放課後、七瀬さんが十六室へ入ってきた。
日曜日の配信と同じ笑顔でマイクの前に立ち、私たちへ頭を下げる。
「初めまして!七瀬奈々です!よろしくお願いします!」
日曜日に配信で聞いた声が、今はスマホのスピーカーではなく目の前から届く。五月はドラムの椅子から立ち上がった。
「ほ、本物の奈々ちゃんだ〜! ドラムの五十嵐五月です!よろしくお願いします」
五月は名乗り終えても、七瀬さんをキラキラした目で見ていた。次に久遠先輩が、口を開いた。
「九条院久遠よ。ベースよ」
七瀬さんの視線が私へ向いた。画面の中にいたアイドルと目が合い、心臓が止まりそうになった。
「ギターの佐倉真白です。よろしくお願いします」
私が名乗り終えると、七瀬さんは私たちを見て、胸元で両手を合わせた。
「絶対素敵なライブにしようね!」
「はい!もちろんです!」
「今日はとりあえず、一曲目だけ合わせてみようと思うのだけれど、それでいいかしら」
「はい!恋するリボンですよね」
五月がスティックを持ち、久遠先輩はベースへ向かった。私もギターの置いてある壁際へ移動する。
十六室には、いつの間にか一本のマイクスタンドが立っていた。マイクから伸びた黒いケーブルは、アンプにつながっている。七瀬さんはマイク、五月は電子ドラム、零はキーボード、久遠先輩はベースの前に立つ。私は肩からストラップを掛け、ギターをアンプに繋いだ。
五月が二本のスティックを鳴らし、四回目の音で零の鍵盤と久遠先輩のベースが入るのと同時に、私は最初のコードを鳴らした。そのあと、七瀬さんが歌い始める。
マイクを通った歌声が、ギターの音と同じ部屋に響いた。日曜日にスマホで聞いた声と同じなのに、今は七瀬さんの息遣いが数メートル先から聞こえる。
私は譜面を追い、左手で弦の押さえ方を変えていく。練習では音が途切れていた部分も、今日は曲を止めずにつながった。今は七瀬さんの歌を自分のギターで崩したくない。
歌が静かな部分から少しずつ盛り上がり、私は右手を振り続けてサビの直前まで弾いた。
七瀬さんはそのまま歌い切り、私は最後まで間違えずに弾けることができた。
全員の音が止まると、七瀬さんがマイクから顔を離した。
「いい感じですね!みんな上手くて安心して歌えました!」
練習どおりに指は動いたが、サビへ入った時、七瀬さんの歌と私たちの演奏は同時ではなかった。
「もうちょっと合わせた方がいいわね」
久遠先輩の言う通りだ。全員が自分の役目を間違えずにこなしても、音が揃わないといけない。
私たちはサビへ入る合図と曲を終える合図をもう一度確かめ、七瀬さんの歌に合わせて『恋するリボン』を繰り返した。




