第127話 この気持ちは、嘘じゃない
自室へ入ると、五月は鞄を床へ置いてベッドの端に座り、私はその隣に座った。
話す内容は決まっているはずなのに、五月を前にすると、最初の一言がなかなか言い出せない。
以前のループで私たちは恋人になって、五月をバンドへ誘ったのは七瀬奈々を攻略するためだった。
どこから話せばいいんだろうか。
「……真白?」
「……」
五月は私が切り出すのを待っていた。
私が口を開かないままでいると、身体をこちらへ向けた。
「金曜日のこと、嫌だった……?」
「そうじゃなくて」
「じゃあ、なんで黙るの」
否定した後が続かない。
五月は、私の方へ近づいてきた。
「ねえ、真白……」
なんとなく、五月が求めていることが分かった。
「……もう一回、キス、したい」
五月の手が、私の頬に触れた。
私は顔を背けず、目を閉じた五月の唇を受け止めた。
最初のキスは触れてすぐに離れたが、私が身体を引かないでいると、五月はもう一度唇を重ね、腕を私の首へ回した。
「んっ……」
五月が唇を開いた。
口の中へ入ってきた舌に私の舌が触れ、五月の腕へ力が入る。
首の後ろに回った指が髪へ入り、唇が深く重なった。
「ん……」
私も五月の腰へ腕を回した。
五月は顔の向きを変え、私の舌を追ってくる。
「……五月」
「んん……」
舌が触れるたび、今話すべきことを忘れそうになる。
私は五月の肩へ手を置き、唇を離した。
「――待って」
「……真白?」
「ごめん。今止めたのは、嫌だからじゃない。五月に、話さなきゃいけないことがある」
私は五月と向かい合って座り、この世界が四月を繰り返し、私が前の周回を覚えていることから話した。
このループを止めるためには、女の子を攻略してラブエナジーを溜めなければいけないこと。
五月はその中の一人だったということ。
五月とは以前の周回で私と過ごし、恋人になったということ。
「だからごめん。私、前のループで五月の気持ちを利用した。今回も、目的は七瀬さんの攻略で、また五月利用しようと……」
「待って真白」
謝ろうとした私の言葉を、五月は止めた。
「今回のバンドは利用じゃないよ。私、七瀬奈々とバンド組めるなんて夢みたいだもん。それに……」
さっき離れた五月が、もう一度距離を縮める。
「私、本気で真白が好き。そのループでは、真白の都合で恋人になったのかもしれないけど、私の気持ちは嘘じゃないから」
五月が私の頬へ手を添え、唇を重ねた。
「ん……」
五月の唇がいったん離れ、熱い息が私の口元にかかった。息を吸うと、五月はすぐにまた唇を重ねてくる。
私は顔を背けず、五月の背中へ腕を回した。
背中に回した腕へ力を入れると、五月の唇の間から声が漏れた。
「んっ……真白……」
名前を呼んだ五月が、私の下唇を吸った。
五月が唇を開いて舌先を触れさせると、私も口を開き、舌を絡めた。
「……ん、ぅ……」
自分の喉から漏れた声を、五月の唇が塞いだ。舌が触れ合い、濡れた音が小さく鳴った。
頬にあった手が首の後ろへ回り、唇がさらに深く重なった。
「ふ、ぁ……ん……」
五月は首の後ろの指に力を入れ、私の舌を追ってきた。
私も五月の腰を抱き寄せ、今度は私から唇を重ねた。
「ん……っ」
離れた唇をまた重ね、舌を深く絡めた。
どれくらいそうしていたのか分からないまま、私たちは息を継いでは、また唇を重ねた。
***
翌日の放課後、私は五月と二人で十六室へ入った。
長机には久遠先輩と紡先輩がいて、零と雪乃は窓際の椅子に座っている。五月は私の隣に立ち、四人を見た。
「全て真白から聞きました。ここにいるみなさんは記憶があるんですよね?」
「ええ、そうよ。」
久遠先輩がそう答え、零が私を見た。
「真白の恋人になった」
「最初に攻略されたのは私だけどな」
「本命は私」
「二番目のくせに粋がるな!」
二人が言い合いを始めると、五月は黙っていた紡先輩の方へと視線を向けた。
「わ、私は違うわよ!? 攻略というか、その、ちゃんと同意してラブエナジーを溜めただけ。恋人になったわけではないわ」
紡先輩が両手を振って否定する。
これから先は、イルカイルに出てきてもらわないと説明ができない。
「イルカイル!」
「イルカ?」
十六室の机の上に、イルカイルのホログラムが浮かび上がった。
「呼ばれて飛び出てイルカ〜!」
「な、何これ!?」
「私に、ラブエナジーを溜めるのを指示しているイルカだよ」
「は、初めまして」
「五月も思い出したイルカか……君の周りは本当に記憶を思い出す女の子が多いイルカ。まあ、いイルカ。五月には協力して欲しイルカ」
イルカイルは、私と過ごす時間をポイントで交換できることと、攻略への協力でポイントが増える仕組みを説明した。
「真白のためなら、協力します。それにこの世界のためにも。ちなみに私のポイントは何ポイントあるの?」
「三百ポイントあるイルカ!」
「記憶持ってないやつにも自動で付与されるのかよ!」
「五月がいないとバンドは成立しなイルカらね〜」
雪乃は不機嫌になって、そっぽを向いた。
一人だけバンドに参加できず、情報も得られずポイントが溜まらない焦りが見える。
「えっと、一日過ごすためには百ポイント必要なんだよね?」
「そうイルカ!」
「じゃあ、二百ポイントで、今週の土日、私が真白と過ごす権利もらっていいかな?」
五月は迷わず二百ポイントを使うと宣言した。
零が五月を見つめ、久遠先輩は腕を組む。雪乃は舌打ちして椅子を立ち、十六室を出ていった。
私は廊下へ出て、階段へ向かう雪乃を追った。
階段を降りようとする雪乃の腕を掴む。
「イルカイルが勝手に決めたルールだけど、私は雪乃のそばにいたいよ」
「先週の土日はあの淫乱女とよろしくやって、今週は発情ドラマーとよろしくやるんだろ。それなのに私に対して、よくそんなこと言えるな。じゃあ私行くから。これ以上私に話しかけるな四股女!」
雪乃は走って階段を下りていってしまった。
「雪乃…………」
私は、それ以上雪乃を追いかけることができなかった。




