第126話 上達したギターと、隠したキス
土曜日は、自室で『恋するリボン』を何度も弾いた。
日曜日の朝も、私はスマホから音源を流し、ギターを合わせた。
曲の最後までは進める。しかし、人差し指で複数の弦を押さえるFがどうしても濁った音になる。
「――まだ、綺麗に鳴らない」
音源を止め、Fへ移る前のコードから弾き直す。
「もう一回」
一回目は、押さえきれなかった弦が濁った。
二回目は、Fの形を作る間に曲が先へ進んだ。三回目は全部の弦が鳴ったが、次のコードへ移る手が遅れた。
私は同じ部分を繰り返し、指が迷わなくなったところで音源を曲の最初へ戻した。
「……よし」
Fへ移る箇所が来ても、左手は練習した形を作り、全部の弦を鳴らしたまま次のコードへ移ることができた。
Aメロから二番へ進む。
五月の合図を頼っていた場所も、譜面を見て最後のコードまで弾いた。
音源が終わってから、途中で一度もやり直していないことに気づいた。
「――止まらなかった。一回も、間違えなかった」
念のためスマホで録音しながら弾き直すと、またFは濁らず最後のコードへ辿り着いた。
録音には、弦を鳴らす強さのばらつきや指が弦を擦る音も入っていた。
それでも全部のコードが鳴り、音源から遅れず一曲を通せている。
コードを一つ鳴らせなかった私が、『恋するリボン』を最後まで弾いていた。
「――月曜、みんなに聞いてもらおう」
***
月曜日の放課後、零と久遠先輩と五月が十六室へ集まった。雪乃と紡先輩も、壁際の椅子からこちらを見ている。
七瀬奈々との初練習はまだ始まっていない。私はギターをアンプへつなぎ、スマホを譜面台へ置いた。
「今日、一曲聞いてほしくて」
「あら、楽しみだわ」
「音源、流します」
スマホから曲が始まり、練習どおり弦を鳴らすと自然に次のコードへ指が動いた。
全員が見ていると思うと、緊張して途中で右手が止まりそうになった。
Fも全部の弦が鳴り、Aメロ、Bメロ、サビと日曜日に弾けたように詰まらず進めることができ、最後のコードで弦から右手を離した。
「――今の、最後まで一回も止まらなかったよね」
五月がドラムの椅子から立っていた。
「うん……ほんとに、最後まで弾けた」
私はギターを肩から外し、スタンドへ戻した。
紡先輩が椅子から私を見上げる。
「真白、私は音楽の良し悪しが分からないけれど、本当にうまくなったと思うわ」
「わ、私もそう思うぞ。……いっぱい、練習したんだな」
雪乃が私の袖を引いた。
そちらを向く前に、久遠先輩が私の左手を取る。髪から甘い香りがした。
「……随分、指が硬くなっているわね。この二日間、ずっと弾いていたの?」
「はい。いっぱい頑張ったと思います」
久遠先輩は、弦を押さえ続けた私の指を親指で撫でた。
そのまま手の甲を持ち上げ、硬くなった指先へ唇をつける。
「ひゃあっ!? 」
「ふふ。……最初はコード一つ鳴らせなかったのに、本当に一曲弾けるようになったのね。偉いわ、真白」
久遠先輩は私の頭を撫で、額にも唇をつけた。
久遠先輩が私の左腕へ腕を絡め、指先を撫で続けているところへ、零が背後から胴へ両腕を回した。
「私も真白が頑張ってたの、知ってる。だから私にも、真白をいっぱい褒めさせて」
「ちょ、零? 首筋に顔うずめないでっ……んんっ」
首筋からは、零の唇の感触がした。
右側から雪乃が私たちの間へ腕を伸ばした。
「お前ら、何して……っ! 離れろ、新参抱きつくな!」
「……先に触れたのは、この女の方。だからこっちを注意して。……私は真白の恋人だから、どこを触っても合法」
「合法なわけあるか! ……くっ、真白、お前もされるがままになるな! ほら、こっちに来い!」
雪乃が私の右腕へ抱きつき、自分の方へ引いた。
久遠先輩は左腕を離さず、零も背中にくっついたままだ。
紡先輩が眉間に皺を寄せた。
「はぁ……。あなたたち、本当にうるさいわね……」
右腕には雪乃、左腕には久遠先輩、背中には零。
三人に引っ張られながら、私は日曜日に硬くなった指を見た。
「うう……っ。でも、こうやってみんなが褒めてくれて……私、本当に嬉しいです」
五月はドラムの椅子から立ち上がり、至近距離てくっついている私たちをを見て口を開いた。
「私が一週間教えたからなのも、ちょっとは考慮して欲しいな」
「毎日、放課後二人で練習したもんね。五月、一週間、ありがとう」
「まあ、最初の土日に教えたのは私なのだけれど」
「私が一番最初に応援してた」
「私だろ!」
五月は笑おうとして、くっついて離れない私たちを見た。
口を開いたまま、次の軽口は出てこない。五月は、置いてあった鞄を持った。
「……えっと、じゃあ私今日はこの辺で」
「分かった。ありがとね五月。また練習付き合って」
「もちろん。じゃあ、失礼します」
五月が扉を閉めた。
紡先輩は閉じた扉を見てから切り出した。
「帰ったわね」
「ちょうどいいわ。今後の攻略のことについて、少し話しましょう」
「あの、その前に、みんなに報告があります。五月から聞いたんですけど……」
「あいつが?」
雪乃が私の袖を持ったまま聞き返す。
「そ、その……五月、私と恋人になる夢を、何度も見てるみたいで」
自分からこの話を切り出すのが、少し恥ずかしい。
「手を繋いだり、キスしたり……そういう夢を、繰り返し見てるって。それから……」
五月には申し訳ないが、これはみんなに報告をしなければいけない。
「五月からは、好きだって言われて」
告白のあと五月からキスされたことは、言わないでおいた。
ここで話せば、記憶についての相談より私への追及が始まるからだ。
「五十嵐さんにも、戻り始めているということかしら」
「私の時と、似てる」
零が私の背中から、話し始める。
「私は、だんだん真白と過ごしたことを夢に見るようになった。そして気がついた。教室で起きること。お母様との会話。……全部、分かってた。そして、今回、同じ四月が繰り返されてるって、気づいた」
背中に回った零の腕へ、力が入った。
「じゃあ、五月も、同じように思い出し始めてるってこと?」
「可能性は高いわね」
紡先輩が答えた。
五月が話したのは、私との夢に加えて、四月に起きる出来事への既視感だった。
「五十嵐さんが全部思い出す前に、話しておくべきね」
紡先輩は、椅子へ座った五月が使っていたドラムを見た。
五月は、このバンドが奈々を攻略するために作られたことを知らない。
「そうね。このまま真白に恋心を抱いたままだと、七瀬奈々の攻略のノイズになる可能性が高いわね」
久遠先輩の言うとおり、黙ったままでは七瀬奈々との練習にも影響する。
五月が全部を思い出す前に、私から話さなければならない。
「まず私が、五月と二人で話します。そのあとで、十六室でイルカイルを含めて詳しい説明をします」
「分かったわ」
私はスマホを取り出し、五月とのトーク画面を開いた。
明日の放課後に二人で会えるか、メッセージで送った。




