第125話 友達のままじゃ、触れられない
金曜日の放課後、私は譜面台へスマホを置き、ギターをアンプにつないだ。
五月はドラムの向こうで腰を下ろし、両手にスティックを持つ。
月曜日はAメロに入る前に止まったけど、木曜日には曲に出てくる部分を一通り練習し、今日はそれを最初から続けて弾く。
「一応、確認だけしよっか」
「うん」
「サビの入り、大丈夫そう?」
「たぶん」
「後半も、昨日ので大体形にはなってる」
「じゃ、今日は頭から通すよ」
「うん、いく」
「ワン、ツー、スリー、フォー」
大丈夫とは言い切れない。曲の終わりまで止まらず弾けたことは、一度もなかった。
五月のカウントに合わせて弦を鳴らす。月曜日より叩く音が多い。私は譜面から目を離さなかった。
Bメロの終わりで、五月が一度だけ強く叩いた。サビの合図だ。
左手が間に合わず、Fが濁った。ここで止めたら、また五月にカウントからやり直させる。
顔を上げると、五月は私を見たまま、同じ拍で叩き続けていた。
私は次のGへ指を動かし、右手を振り続けた。
後半も、五月が区切りに鳴らす一打を待って、譜面の次の行へ進んだ。最後のサビで左手が遅れても、右手は止めなかった。
残りの行が、あと二つになる。ここで止まりたくなかった。
五月が両腕を上げたところで、私も弦から右手を離した。
ギターの音が消える。五月のスティックも、次のドラムを叩かなかった。
「――終わった、終わった……!」
「弾けた……最初から最後まで、ちゃんと……!」
「真白、本当に頑張ったね!」
「五月のおかげだよ」
月曜日は自分のギターが鳴っているかも分からなかったが、今日は五月のドラムを聞きながら曲の終わりへ来られた。
私はギターを肩から外してスタンドへ置いた。
五月はスティックを座面へ置き、ドラムの向こうから回り込んで抱きついた。
五月の両腕が背中へ回り、私も抱きしめ返した。
「ちょ、五月、ぎゅーってしすぎ」
「いいじゃん、今日ぐらい」
演奏中にかいた汗がついてしまいそうで、今さら恥ずかしくなる。
五月の背中は、まだ汗で湿っていた。五月はしばらく、私の肩へ頬をつけたまま動かない。
「……」
「五月?」
五月が顔を上げた。
「最近、私変な夢を見るんだよね」
「その、真白と恋人になった夢っていうか。手を繋いで帰ったり、キスしたり……そういうの、何回も。零式会のみんなに影響されたのかな。あはは」
五月は笑って、すぐに口を閉じた。
背中に回った腕は外れない。
「あとさ。月曜、真白が手、繋いできたでしょ。あの時、本当に思ったんだ。前にも、こうやって真白と手を繋いで帰ったことがあるって」
つい、いつもの癖で手を握ってしまった時のことだ。
「四月に入ってから、そういうのばっかり。前にも同じことがあった気がするんだよね。……変なこと言ってごめん」
「ううん、変じゃないよ」
五月も、雪乃や零と同じように思い出し始めている?
「でもなんか、真白といると、ドキドキするっていうか……。夢のせいって思おうとしたんだけど、無理だった。本当に変だ私」
五月は、抱きしめていた腕を解いて、私の顔をまっすぐに見た。
「でも、こうやって真白に触れたい」
五月は、手のひらを私の頬へ添えた。
この一週間、私のために毎日ドラムを叩いてくれた手だ。
「私、真白のことが……」
五月が私の手を握った。
「――――好き」
その言葉に対して、私はすぐに返事を返せなかった。
これから私は、七瀬奈々を攻略しなければいけない。
だから、ここで五月の気持ちに応えるわけにはいかない。
返事ができない私の頬を、五月の手が包んでいる。
五月の顔が寄って、鼻先が触れた。私は目を閉じることも、顔を背けることもしなかった。
唇が重なった。
「んっ……」
唇から五月の熱が移ってくる。
背中に回った腕へ力が入り、五月の身体が押しつけられた。突き放すなら今だったのに、私の手は五月の制服を掴んで、そのまま離せなかった。
一度離れた唇が、息のかかるところで止まる。
「ん……」
私は、もう一度重なった唇を五月の制服を掴んだまま、引き寄せていた。




