その手を、前にも繋いだ気がした
月曜日の放課後、私は五月について軽音部の練習室へ入った。五月が照明をつけると、アンプとドラムとキーボードが見えた。
「ここが軽音部の練習室。一式あるから、好きに使って」
「結構本格的な練習室なんだね」
十六室にあった電子ドラムとは違い、ここにあるのは本物のドラムだった。
「譜面台、これ」
「ありがとう、五月」
スマホでコード譜を表示し、ギターとアンプを黒いケーブルでつなぐ。五月はドラムの椅子に座り、私がギターを持つのを確認してからスティックを上げた。
「じゃ、一回、原曲のテンポでいくから」
「わ、わかった」
「ワン、ツー、スリー、フォー」
五月が両手を動かした瞬間、ドラムの音が練習室で響き渡り、私のギターが聞こえなくなった。
譜面と左手を交互に見ている間にもドラムは進み、私の右手が止まると、五月も演奏を止めた。
「――今の、ちゃんと鳴ってた……? ドラムの音に埋もれて、自分の音、全然聞こえなかった」
「鳴ってたと思うけど……」
五月はドラムの椅子から立ち、スティックを椅子へ置いて私の隣へ来た。
「アンプの調整するね」
五月はアンプのつまみを回してから私の手元を覗き込み、弦を鳴らすよう言ってきた。私がコードを鳴らすと、今度はギターの音が聞こえた。
「うーん、音量は関係ないな。ドラムと合わせるの初めてだし、慣れてないからかな」
「そうだよね。五月のドラムを聞いてたら、どこから弾けばいいか分かんなくなった」
久遠先輩とBメロまで弾けたはずなのに、今日はAメロへ入ることさえできなかった。
「あー……テンポ、速すぎたか」
「確かに。久遠先輩とやってた時は、もっとゆっくりだった」
「オッケー。じゃあそのテンポまで落とす。ドラムも一旦単純にするから」
五月はさっきより遅く四つ数えてから、一定のリズムでドラムを叩いた。叩く回数を増やさないので、私が弦を鳴らすタイミングも分かる。
私は音が濁っても弾き直さず、イントロの終わりで五月と一緒に演奏を止めた。
「――お、今の合ったじゃん」
「本当に?」
「ほんと。真白が遅れそうなところは音を減らすから、私が強く叩くところだけ聞いてて」
「うん」
最初の方は左手が遅れ、次は違うコードを鳴らして、何度も止まったけど、そのたびに五月が最初からやり直してくれる。
しばらく練習を続けると、変な音を鳴らしても止まらず、Aメロの最後へ着いた。
「Aメロ、入れた……!」
「その調子。次、九条院先輩とやったところまで行くよ」
イントロへ戻り、五月が鳴らす音を聞きながら、AメロからBメロへ進んだ。
途中で音を外しても右手を動かし、Bメロの最後で五月と一緒に演奏を止めた。
「止まらずに、イントロからBメロまで行けたね」
できたんだ。最初は自分の音すら聞こえなかったのに、五月のドラムと一緒にBメロの最後まで弾けた。
「今日はここまで」
「ありがとう、五月」
久遠先輩と練習したことは覚えているはずだったが、ドラムの音に合わせようとするのが難しい。
「なんか、コードとかは久遠先輩とやった時のまま覚えてるんだけど」
「けど?」
「五月のドラムとか、音が増えると、手がうまく動かなくなっちゃう」
「あー、それはそういうもんだよ。今日はそれが分かっただけで十分」
ギターをケースへ入れ、ドラムの周りを二人で片づけて練習室を出た。
校門を抜けて、五月と並んで商店街へ入る。
「そういえば、五月ってなんでドラムだったの?」
「中学で軽音部に体験入部した時、一番うるさかったから」
「うるさいのが理由なの?」
「そ。叩いてる間は、他のこと考えなくて済むし」
信号待ちで立ち止まった時、私は隣にある五月の手を握った。
「……真白?」
「え? ……わっ、ごめん!」
繋いでから気づいて、慌てて手を離した。
最近、隣にいる誰かと手を繋ぐのが当たり前になっていた。零も雪乃も久遠先輩も、隙があればすぐ指を絡めてくる。
「ごめん、癖で……」
「癖って何。誰と繋いで帰ってるのか、詳しく聞きたいんだけど」
「うっ……い、いろいろあるの」
五月は笑った後、自分の手のひらを見た。
「……なんか、さ」
「ん?」
「前も、こうやって真白と手、繋いで帰ったこと、なかったっけ……」
「え?」
「…………いや、ないか。ほら、青になった。行くよ」
五月は、横断歩道へ歩き出した。それから、分かれ道で五月と別れて家へ帰った。
明日は、五月がドラムを原曲と同じように叩いても、右手を止めないようにする。私は帰宅してから、スマホで原曲を流し、練習を繰り返した。




