しばらく会えない恋人たち
食卓では、出海はいつもどおりの様子で友達と出かけた話をしながら、秋刀魚を食べていた。
久遠先輩が恋人だということにしてしまったら、雪乃や零のことも説明しなければいけない。
それは無理なので、あのキスは挨拶ということにする。それで納得してもらおう。
お母さんとお父さんが食べ終えて席を立つと、食卓には私と出海だけになった。
「お姉ちゃん、さ」
「ひゃいっ!?」
変な声が出た。出海はニヤつきながら、私を見た。
「で、今度は九条院先輩が、お姉ちゃんの『彼女』なんだ?」
「ち、違うから! あれは外国風のスキンシップというか、ハグの延長で……!」
「ふーん。ハグの延長で、あんなキスしちゃうんだ。へー」
「うぐっ……!」
秋刀魚を飲み込むのに失敗し、私は慌ててお茶を飲んだ。
出海は笑いながら、食器を持ち上げる。
「まあ、私は別にいいけどね。お姉ちゃん最近、前より楽しそうだし」
「出海……」
姉の最低な行動に物申されると思っていたのに、出海の態度はいつもと変わらない。
「でもさ、お姉ちゃん、なんか堂々とするようになってきたよね。この間も玄関でキスしてたし、今度は家の前でキスしちゃうなんてさ」
「うう……っ、だからあれは不可抗力で……っ」
「でも、お母さんとお父さんには見られないようにしなよ〜。あと、三上さんにもね」
出海は鼻歌交じりで、シンクへ食器を置いた。
まだ顔が熱い私をダイニングテーブルに残したまま、出海は自分の部屋へ行ってしまった。
***
夕食後、部屋へ戻ってギターとヘッドホンを用意し、久遠先輩と練習したところを弾き始めた。
音が濁っても右手を止めず、繰り返してBメロの最後まで進むと、スマホに雪乃からのメッセージの通知が来た。
『しばらく十六室には行かない。……変な勘違いするなよ、浮気とかじゃないからな!』
『分かった。でも、突然どうしたの?』
『ほかの攻略対象を調べて、早くポイントを増やす。五十ポイント貯めて、真白の放課後を全部私だけのものにするから』
私と過ごす時間を増やすために、雪乃は私のいない場所へ行く。
五十ポイントで私を独占すると言い切った雪乃には、何も言えない。
『……分かった。無理はしないでね』
『無理なんかしてない。……ただ、しばらく真白に触れられないのは、ちょっと寂しいけど……』
そう送られてきた瞬間、すぐに次のメッセージが来る。
『いまの送信取り消し!! 見なかったことにしろ!!』
取り消されたメッセージを見て笑っていると、今度は零からのメッセージが届いた。
『ピアノの練習をサボってたの、お母様にバレた』
そうだ。零の家は厳しい。
今回の周回で自由に零は動き回っていたのは、お母様の目からうまく逃れてやっていたのだろう。
『一週間、放課後は家で練習する。学園には行く』
零はピアノの練習を後回しにして、放課後に私を迎えに来て、そのまま十六室に通っていた。
それが、バレてしまったらものすごい怒られそうだ。
『十六室には行けない。……真白に会えない。真白に触れられない。真白の匂い、嗅げない。……すごく、嫌。真白のパジャマ、持って帰ってくればよかった』
零がお母様から逃げるのではなく、ちゃんと向き合って妥協し、練習を選んだのは成長を感じる。
一週間後、また十六室で会えばいい。
『私も寂しいけど、一週間、一緒に頑張ろう』
『……ん。真白のその言葉で、一週間生き延びる。終わったら、一日中ベッドでいちゃいちゃするから。覚悟してて』
零の欲求が真っ直ぐすぎて、頬が熱くなった。
私は雪乃と零の連絡を、久遠先輩へ伝えた。
『雪乃と零からこういう連絡が来ました。十六室の練習、どうしましょう』
『あら。じゃあ一週間、休みにしましょうか。あの子たちがいないなら、私が真白を独り占めできる絶好のチャンスね?』
『でも練習が』
『冗談よ。私も後回しにしていた零式十六会の仕事へ戻るわ。文化祭の準備と、生徒からの相談を片づけないと』
四月九日に戻れば零式十六会でやった仕事は消えてしまうが、今の周回では七瀬さんの攻略が文化祭まで続く。
七瀬さんを誘ったバンドで文化祭に演奏するためにも、零式十六会の仕事は放っておけない。
『それなら、私も手伝います』
『今の真白の仕事は、ギターを練習することよ。……次に会う時までに、少しでも上達していたら……』
『えっ……?』
『この前みたいな、ご褒美、たくさんしてあげるわ。だから、私の仕事まで取らないでちょうだい。可愛い真白』
土日に時間を割いてくれた久遠先輩のためにも、練習を頑張ることが今の私の仕事だ。
私は五月とのチャットを開いた。
『十六室の練習、一週間休みになった』
『まじ? じゃあ、軽音部の練習室来る? 機材は一式あるし、二人で練習する?』
『行こうかな。月曜からお願いしていい?』
よし、月曜からは五月のドラムと一緒に練習しよう。
私はスマホでコード譜を開き直して、練習を再開した。




