お礼のキスにも格差がある
昼休みのチャイムが鳴り、私はギターケースを背負って教室を出た。
廊下には零がいた。私に気づいて、壁から背を離してこちらに走ってくる。
「授業は?」
「……サボった。真白を待ってた。行こ」
零は私の腕をギュッと抱いて、そのまま歩き出した。
自分から授業を休み、自分のしたいことを言う。以前の零なら、どちらもしなかったなあ。
ちょっと積極的になりすぎちゃったけど。
「新参! 抜け駆けするな!」
教室から出てきた雪乃が右の袖を掴む。
「真白の腕を離せ!」
「嫌。先に待ってたのは私」
「授業をサボった奴が偉そうに言うな!」
「真白を待つ方が大事」
零に左腕、雪乃に右袖を引かれ、ギターケースを背負ったまま十六室へ連れて行かれた。
久遠先輩と紡先輩がいる中、私はソファを避けて長机のパイプ椅子に座った。
零と雪乃は椅子を両脇へ寄せてきたので、私はちょっと動いたら二人の身体に肘が当たってしまう距離で、弁当箱を食べることになった。
「ふぅ……ごちそうさまでした」
弁当を鞄へ入れてギターを膝へ乗せ、昨日覚えたGを鳴らすと、ビィンと変な音がなった。
指を押さえ直していると、久遠先輩が私のスマホに表示したコード譜を見た。
「真白、カポをつけたほうが簡単に弾けるわ」
「カポ?」
「これよ」
久遠先輩がギターケースのポケットを示し、私は黒い器具を取り出した。
「あ……初心者セットに入っていたやつ。洗濯バサミみたいで、何に使うのか全然わからなかったんです」
「二フレットにつけると、押さえた形より二つ高い音が鳴るの。だから、同じ進行を簡単な形で弾けるわ。このサイトだと、カポにオンをするとコードの表示が変わるわ。ほら」
久遠先輩は黒い器具で、ネックを横切る二本目の金属線の手前を六本まとめて挟み、スマホの表示を切り替えた。
G、A、F#m、Bmが、F、G、Em、Amへ変わる。
「あ! EmとAmなら、簡単なコードだ! Gも練習したし、弾けるかも……! でも久遠先輩、このFってめちゃくちゃ難しくないですか?」
「そうね。普通のFは、一フレットを人差し指で全部押さえて、二フレットの三弦を中指、三フレットの五弦を薬指、四弦を小指……」
久遠先輩が私の指を、弦へ誘導した。
「うっ、指がつりそうです……」
人差し指をネックの端に寝かせ、残りの指を開こうとしたが、三本とも狙った弦へ届かない。
指を離すと、人差し指に六本の弦跡がついていた。
「ふふ。じゃあ簡単なFにしましょう。四弦の三フレットを薬指、三弦の二フレットを中指、二弦と一弦の一フレットを人差し指で押さえるの」
六弦と五弦は弾かず、人差し指の先で一弦と二弦をまとめて押さえる。
四弦から三角形の薄い板を下ろすと、二弦が詰まりながらも音になった。
「あっ、これならできるかも! ありがとうございます、久遠先輩!」
「どういたしまして。……お礼は、キスにしてもらおうかしら?」
「えっ?」
「ふざけるな、それはお手つきだろ!」
雪乃が椅子から立ち、久遠先輩の前へ腕を伸ばした。
私はギターを二股の台へ戻し、久遠先輩は十六室の空中へ顔を向ける。
「イルカイル!」
「呼ばれて飛び出イルカ〜!」
光が集まり、長机の上にイルカイルの姿が浮かんだ。
「私、今何ポイントかしら?」
イルカイルの横に、久遠先輩のポイントが表示される。
「千二百七十ポイントイルカ!」
「そ、そんなに!?」
「久遠は今回の七瀬奈々の件でベース担当を名乗り出たり、真白に的確なアドバイスをしてイルカ。それに、前回のループでも色々情報を提供してくれたイルカね」
「キスするのって、何ポイントでできるの?」
「一回十ポイントイルカ! でも、放課後や休日独占でまとめてポイントを使った方がお得イルカよ?」
キスするのにまで、ポイントが設定されているの!?
もしかしてえっちするのにも、ポイントが設定されてたり? と思ったけど聞くのはやめておこう。
「いいわ。十ポイント払いましょう」
「ガッテン承知イルカ!」
久遠先輩のポイントが十減った。
私には、キスしていいか聞かれていない。
「……えっ、ちょ、久遠先――」
久遠先輩が正面へ立ち、両手で私の頬を包んだ。
顎を上げられ、言い終える前に唇が重なる。
「んっ……!?」
久遠先輩は私の下唇を挟み、離したところへ舌先を当てた。
閉じようとした唇をもう一度塞がれる。
「んんっ……」
舌が入り私の舌を押し上げ、首を引いても唇が離れない。
「ぁ……ん、く、おんせんぱ……っ、ひゃぁっ」
名前を呼んだ隙に、舌へ久遠先輩の舌が絡む。
紡先輩も雪乃も零も私たちを見ているのに、抗議ができない。
「真白……んっ……」
久遠先輩は唇を重ね直し、舌先で舌の裏を辿った。
音を立てた後、下唇を舐めて私の頬から手を離した。
「ぷは……っ、はぁ、はぁ……っ」
「ふふ。いいお礼だったわ」
みんなの前で、抵抗することもできず思いっきりキスされてしまった。
うぅ、恥ずかしい……。
すると、左隣の零がイルカイルを見た。
「……イルカイル。私は何ポイントある?」
「零は九百ポイントイルカ!」
「もうそんなに!?」
「七瀬奈々の連絡先をゲットできたのは大きイルカらね」
「……じゃあ、私も十ポイント払う」
「えっ、ちょっと待っ――」
零の腕が私の首へ回り、顔を左へ向けられた。
息を整える前に、零の唇が重なる。
「んっ……!」
零は唇を開き、舌を口の奥へ入れた。
舌先が私の舌へ絡み、吸われる。
「んんっ!? ちょ、れ、零……っ!」
顔を戻そうとすると、首に回った腕が私を零の方へ寄せた。
零は角度を変え、舌を絡め直す。
「……ぅ……っん……」
一度離れたかと思ったら、また唇を重ねられる。
唾液を飲み込む暇もなく、口の端から顎へ伝った。
「ぁ……っ、ん……っ」
零はその後も、唇を二度、三度と重ねてから離れた。
「……ぷはっ。……真白、ご馳走様」
「はぁ……っ、はぁ……っ、ふた、りとも……急に……っ」
「わ、私もだ! 十ポイント!」
雪乃が顔を赤くして、イルカイルへ指を向けた。
「雪乃、君は四十ポイントしかないけど、ここで十ポイントも使っていイルカ?」
「うっ……」
「今我慢して、十ポイント貯めて、五十ポイントで放課後を独占するのが賢い選択イルカ」
「くっ……この、真白を困らせる淫乱女ども!」
紡先輩がノートパソコンから顔を上げた。
雪乃のことをジト目で見てから、口を開いた。
「あなたも今キスしようとしてたじゃない」
「うるさいこの陰キャチビ!」
「……本当にあなた失礼ね!」
雪乃と紡先輩が言い合い、零は私の首の腕を回してくっついていた。
私は零の腕を持ち上げ、椅子から抜け出した。
「…………じゃあ私、練習戻るので」
スタンドからギターを取り、ギターを抱えた。
人差し指で一弦と二弦を押さえ、四弦からピックを下ろした。




