再会のキスは突然に
目が覚めると、いつもの天井が見えた。またループしたんだ。
スマホの画面には四月九日と出ていて、終さんとののみの顔がまだまぶたの裏に残っている。
私は、イルカイルを呼び出した。
「イルカイル、どうなったの……?」
光が集まり、やがてイルカの形になる。
「二つの瓶、どっちも満タンまで溜まってるイルカ! 大成功イルカ!」
「よかった……。これで二人とも……」
制服に着替え終えたところで、階下のチャイムが鳴った。
「おねえちゃーん、三上さん来たよー!」
出海の声に返事をする間もなく、部屋の扉が開く。
「おい真白! 朝だぞ、さっさと学校行くぞ!」
イルカイルの横で、終先生の瓶とののみの瓶が光っていた。
***
朝の登校は、雪乃の機嫌が悪い以外は平和だった。
その平和が昼休みに終わり、十六室へ向かうために鞄を持ったところで、クラスメイトが教室の入口からこちらを呼ぶ。
「佐倉さん、廊下にお客さん。呼ばれてるよ」
「えっ? 私に……?」
佐倉さん、と呼ばれることには慣れた。慣れただけで、自分の名前だとは思えていない。
「……真白」
廊下にいたのは、零だった。
音楽科棟でも特別音楽室でもなく、普通科の教室前で私を呼び出した。
どういうことだ!? 零はループした後、記憶がなくなったはずじゃ。
「……あ、えっ!? れ……き、霧島さん!? どうしてここに……っ」
私は零、と言いかけて、霧島さんと言い直す。
「……会いたかった」
「えっ――」
「んっ……」
返事の続きは唇で塞がれ、零の指が私の制服を掴んだ。
廊下のざわめきが一瞬止まって、倍になって戻ってきた。
見られてる。クラスメイトに、思いっきり見られてる。
「なっ!? お、お前、廊下で真白に何して……っ!」
雪乃の怒鳴り声で、廊下の視線が一斉にこっちを向いた。
今すぐまわれ右して教室へ逃げ込みたい。その教室の全員が、こっちを見ているんだけど。
零はようやく唇を離し、私を抱きしめた。
「……真白。……全部、思い出したよ」
「えっ!? 思い出したって……どういうこと〜!?」
私の声が裏返った。
廊下でキス、雪乃の怒声、零の記憶、私は一気に全て考えることができなかった。
***
零を十六室に連れて行くと、零は当然のように私の隣に座り、両手で私の手を包んだ。
そこは、いつも雪乃が座っていた場所だった。
久遠先輩はノートパソコンを閉じて、こっちを見てくる。
その指が、机の上を、とん、とん、と叩いている。
「…………」
「おい! さっきから真白にベッタリくっつくな!」
「嫌。……真白は、私の」
「はぁ!? 何言ってんだお前!」
議題は零の記憶が戻ったことのはずなのに、先に私の座席をめぐる争いが始まっている。
ちなみに私はまだ、お昼ごはんを食べていない。
「零……」
「……ダメ? ずっと真白に触りたかった。……真白の匂い、落ち着く……」
「あら。ずいぶんと気安くイチャイチャしてくれるのね。見ていて非常にイライラするわ」
久遠先輩の声はいつも通りだった。いつも通りなのに、怖い。
「あ、あの…零。思い出したって、本当に?」
強く握られ、外そうとすると力をもっと入れてくる。
私はそのまま、零の手を外せずに聞いた。
「うん。同じ日が繰り返されるって気がついたの。同じ4月を過ごした後、途中で、違和感に気づいた。それで、真白のこと……真白と過ごした時間、全部思い出して。……だから今日、どうしても真白の顔が見たくて、教室に会いに来た」
零の説明は短い。でも、教室前のキスの理由としては、それが全てだった。
「新参、そこをどけ! 真白の隣は私の指定席だぞ!」
「どかない。私が先に座ったから。……真白、私とこの人、どっちの隣がいい?」
「ええっ!? ど、どっちって言われても……っ」
「でも霧島さん。私、あなたをどこかで見たことがあるわね。どこだったかしら?」
「……私は知らない。あなた、誰?」
「……ふふっ。本当に可愛げのない口ね」
机を叩く音が、止まった。
久遠先輩が、零をじっと見た。
お願いだから知らない者同士の威嚇に私を挟まないでほしい。
「まあ待ちなさい。記憶が戻ったのなら、今後の協力のためにも、私たちから全てを話すべきじゃないかしら?」
「……そうですね。分かりました」
紡先輩の提案で、ループ、瓶、ラブエナジー、零の記憶の話に戻った。
説明が一段落したところで、イルカイルが十六室に現れた。
「また記憶持ちイルカ〜!? まあ、エナジー集めの得にはなるからいイルカけど……真白が優先すべきは今の攻略で……むむむイルカ」
「……喋る、イルカ……。真白、これ何?」
零が、初めて私以外を見た。
相手がイルカイルなのは、一番説明しづらい。
「いいか霧島零、真白にはこれからの攻略を優先してほしイルカ! だから、真白を独り占めしていちゃいちゃするには、ポイントが必要イルカよ〜!」
「……真白は私の、なのに」
「ふん! ルールはルールだ。ポイントがない奴は大人しくしてろ!」
「三上さんもポイントないのに、威勢だけはいいわね」
「う、うるさい!」
「じゃあ、頑張ってポイント、集める」
イルカイルが勝手に作ったルールを聞き、零が真面目に頷いている。
誰も、私の都合は関係なしだ。
「さて。次の攻略について話すわよ。鍵守六実、七瀬奈々、矢代八雲、千代田詩織。この四人を並行攻略するわ」
「よ、四人同時……!? できるかな、そんなこと……」
「最初から完璧にやろうと思わなくていいわ。全員と接触して、仲を深めて……無理そうなら、二人か三人に妥協しましょう」
紡先輩が指を四本立てて、候補の名前を挙げた。
鍵守六実は同じクラスの不登校の女の子。
プリントを先生の代わりに自宅に持っていくことで、接点が作れる。
千代田詩織は出海の友達。だから、出海に会えるようにお願いする。
「鍵守さんと千代田さんなら、簡単に接触できそうだけど……七瀬さんと矢代さんが問題ね。七瀬奈々はアイドル、矢代八雲は舞台女優。人気者の上、多忙だわ」
七瀬奈々は学園アイドルとして行事の中心にいて、矢代八雲は男装王子様として舞台に立つ。
零式十六会が呼び出したところで、はいそうですかと来てくれる相手じゃない。
「……七瀬奈々なら。なんとかなる、かも」
零が私の手を持ったまま、ぽつりと言った。
「えっ? 零、どうするの?」
「一緒に、文化祭のバンドに誘ってみる」
「文化祭? ずいぶん先の予定ね」
「うん。でも、理由がないと近づけないと思うから」
「でも、どうやってそのアイドルにバンドやろうって言うんだ? 向こうは忙しいんだろ?」
「私がお願いしたら、多分、聞いてくれる」
「え……? どういうこと?」
零は答えなかった。
「見てて。……真白、一緒にお願いしに行こう。……ずっと、手繋いでてね」
零が立ち上がる。繋いだままの手に私は引っ張られた。
文化祭でバンド。まだ何も始まっていないのに、もう逃げられそうになかった。




