後部座席で、お互い同時に
テントに戻る頃には、ののみはすごく眠そうにしていた。
私は寝袋を広げて、ののみを呼ぶ。
「ののみ、着いたよ」
「みゅん……」
ののみは返事だけして、そのまま中へ潜り込む。
髪留めを外すのも忘れかけていたので、私は外して枕元に置いた。
ののみは私のジャージの袖を掴んだまま、何か言いかけて、すぐ寝息に変わる。
呼吸はすぐに深くなった。
スマホには、終さんからの不在着信が残っている。
ののみが完全に寝入ったのを確認してから、私はテントを抜け出した。
終さんの車には、まだ灯がついている。
近づくと、フロントガラス越しに丸まった人影が見えた。
終さんは運転席ではなく、倒した後部座席の端に座り、スマホを両手で握っていた。
ノックをすると、すぐに終さんは気がつき、車のドアを開けた。
「真白ちゃん……っ、遅いよぉ……電話も、出ないし……っ」
「ごめんなさい、スマホテントに置いたまま川まで行っちゃって。待っててくれたんですね」
終さんは目を潤ませたまま、私の腕にしがみついてきた。
車内には、終さんが持ち込んだブランケットと、助手席に置かれたもちおがある。
「うぅ……怖いよぉ……。ここ、お化け出るんでしょ……? 自分で車で一人で寝るって言ったけど、外は真っ暗だし、なんか変な音がしてる気がするし……やっぱり一人だと、怖いよぉ……っ」
終さんの声は、本当に震えていた。
私はドアを閉め、後部座席に腰を下ろした。
「でも、終さん。この車、シート倒しても一人でしか寝られないですよ?」
「えっ……じゃ、じゃあ真白ちゃんはテントに戻っちゃうの……? やだ、一人にしないで……っ」
「戻りませんよ。私が終さんを一人にするわけないじゃないですか」
私は終さんの背中へ腕を回した。
終さんは私の袖を掴んでくる。
さっき、ののみも同じように掴んでいた。
そのことを思い出しながら、言葉を続けた。
「……終さんが寝るまで、私がずっとそばにいますから。安心してください」
「っ……! 真白、ちゃん……っ」
終さんは私の服の裾を握りしめ、胸元に顔を埋めた。
私は胸元にきた頭を撫でる。
「……落ち着きましたか?」
「うん……。真白ちゃんが撫でてくれると、すごく安心する……。ごめんね、大人なのに情けなくて」
「そんなことないですよ。私は、終さんに頼ってもらえて嬉しいです」
倒したシートは、二人で座るには狭い。
終さんは膝を抱えるように座り、私は肩が触れる位置でブランケットを引き寄せた。
「……こうやって、二人でゆっくり過ごすの、なんだかすごく久しぶりだね」
「そうですね。ここ最近は、ずっと忙しかったですから」
「うん。テスト期間だったし、私も採点や会議でずっとバタバタしてて……。部室に顔を出しても、いつも四条さんが一緒だったし……」
終さんは私の腕の中で、唇を尖らせた。
終さんの口からののみの名前が出ると、ののみの顔が頭をよぎる。
「……寂しかったですか?」
「すごく、寂しかった。真白ちゃんと目が合っても、全然二人きりでお話しできないし。……だから今日、キャンプに行くって決まって嬉しかったのに、テントは二人用で……夜は車で一人で寝なきゃいけなくて……ほんとは、ずっと真白ちゃんとくっついていたかったのに……」
「終さん……」
私は終さんの頬に触れる。
電話に出なかった私を怒らないで、怖かったと言って甘えてくる。
「私もですよ、終さん。……やっと、二人きりになれましたね」
「……うんっ」
終さんが目を閉じた。
私はその細い背中を抱き寄せ、唇を重ねる。
「んっ……」
「ぁ……ん、ましろ、ちゃん……っ」
キスが深くなる。
倒したシートは、二人で寝転ぶには狭い。
終さんは私の袖を掴んだまま、潤んだ目で私を見上げた。
私はいつものように、終さんの胸へ手を伸ばした。
終さんが、その手をそっと止めた。
「……待って。今日は、私が……真白ちゃんを、気持ちよくさせたい」
終さんの声は震えていた。
いつもは照れて逃げるのに、今は目を逸らさない。
「……終さん」
私は手を引っ込めた。
そのとき、車内の時計が目に入る。
二十三時二十五分。
ののみはテントで寝ている。午前零時も、もうそう遠くない。
──終さんがそう言ってくれたのは、嬉しい。
でも、このまま終さんに任せて進めたら、いつ終わるか分からない。
「……じゃあ、今日はお互い、同時にしましょう」
終さんの目が、大きく見開かれる。
「ど、同時って……え、えっ……!? 私が、させたいって言ったのに……」
「だからです。終さんばっかりは、ずるいですから」
言いながら、私は自分でも顔が熱いのを感じていた。
でも、こうすれば、終さんの「させたい」も叶う。
「……真白ちゃんが、そう言うなら……。私、下手だけど……」
「大丈夫です。……狭いですけど、こうしたら収まります」
私は逆の向きに横になり、頭と足が入れ替わるよう、体勢を整えた。
膝がぶつかる。終さんの足がドアに当たる。
ブランケットを腰にかけて、窓の外から見えにくくする。
助手席のもちおが、こちらを向いている気がして、終さんは一瞬固まった。
「……見られてるみたい、で……っ」
「もちおは寝てますよ」
それでも、終さんは頷いた。
お互いの身体が、狭いシートの上で向き合う。
終さんが、私の中心に唇を近づける。
最初の触れ方は、探るみたいにぎこちなかった。
「……ん、ここ、で……いいの……?」
くぐもった声で確認して、終さんが触れてくる。角度が定まらず、擦れるたびに私の腰が跳ねた。
下手だけど、真剣なのが伝わってくる。
だから、私も終さんに触れるのを止めなかった。
終さんの動きは、すぐにぎこちなくなった。
私が続けるほど、終さんは私を攻められなくなっていった。
「ま、待って……っ、真白ちゃん、それ……っ、私、集中、できない……っ」
懇願されても、止めなかった。ダッシュボードの時計は、見なくても分かる。
午前零時は、もうすぐそこだ。こんな時にまで終わりを数えている自分が、少し嫌になる。
終さんはもう、口では何もできなくなっていた。代わりに、身体だけが正直に応える。
「──っ……! んんっ……ふっ……!」
終さんの身体が、小さく震えた。
長い吐息のあと、力が抜けた。
終さんは、もう私のことを攻められない。
顔を上げようとして、力なくシートに倒れ込む。
「……はぁ……っ、はぁ……っ」
私が終さんの横に座ると、終さんは涙目で私の袖を掴んできた。
「……真白ちゃんの、いじわる……っ」
怒っているというより、力が抜けたあとの素直な声だった。
終さんは、そのまま力を抜いて、私の袖を掴んだまま目を閉じた。
しばらくして、寝息が規則正しくなる。
私はそっとブランケットを引き上げ、終さんの肩にかけた。
車内の時計を見る。
二十三時五十六分。
あと四分。
私は、シートの隙間に落ちていたスマホを拾い、画面をつけた。
通知欄には、不在着信とメッセージが並んでいる。
その上に、夕方に撮った写真のサムネイルが見えた。
夕日を背にした、三人の写真。
もちおを抱えた終さんが照れていて、ののみが横でピースしていて、私は二人の間で笑っている。
みんなで来られてよかった。
写真を見ながら、確かにそう思った。
三人で笑っていたこの時間も、午前零時で消える。
ののみも、終さんも、きっと瓶は満ちている。
今回は上手くやれたんだ。これでいいんだ。
そう考えたのに、私は写真を閉じられなかった。
時計の表示が、23時59分に変わった。
終さんが眠ったまま、私の服を掴み直す。
私はその手に触れ、ほどかずにいた。
――――午前零時。
終さんの姿も、シートも、窓の向こうのテントも、順番に灰色へ変わっていく。
ループが来た。
私の視界が、モノクロになった。




