みんなで来られてよかった
七月第一週の土曜日。
玄関の前で待っていると、角を曲がってきた先生の車が、家の前に停まった。
後部座席の窓が下がり、ののみが身を乗り出す。
「ぴこーん! 真白ちゃん、早くののみんの隣に乗るみゅん!」
「お待たせ、真白ちゃん! 四条さんの家でキャンプ用品、ばっちり積んできたよ!」
先生の車の後ろには、テントの袋、折りたたみ椅子、クーラーボックス、寝袋が詰め込まれていた。
後部座席のドアを開けた。
「先生、運転ありがとうございます。ののみ、すごい荷物の量だね……」
「キャンプ初めてで、わかんなかったからとりあえず買えるもの全部買ってもらったみゅん!」
ののみ、実はお嬢様なんだろうか?
「シートベルトつけた?」
「はい」
「じゃあ出発するよ〜」
車が静かに走り出す。
ののみは隣で、スマホを開き、星見川キャンプ場の怖い噂を読み上げていた。
「ぴこーん。出発直後から予習開始みゅん」
「車の中で?」
「現地に着いてから慌てたら、怪異に先手を取られるみゅん!」
「先生、前見て運転してくださいね」
運転席の先生は、苦笑いしながら、ののみの話に相槌を打っていた。
その横で、ののみの手が私の右手を握ってくる。
「みゅふふ。真白ちゃんのエナジーを充電しながら読むと、怪異探知の精度が上がるみゅん」
何の精度だ。
そう返そうとしたところで、バックミラー越しに先生と目が合った。
先生は前を向いたまま頬を赤くした。
ののみには、見えていないはずだ。
見えてない、よね?
***
星見川キャンプ場に着いた頃には、太陽が少し傾き始めていた。
受付を済ませ、車をテントを張る場所の横へ停める。区画の端には低い木々が並び、その向こうから川の音が聞こえてくる。
まずはテントだ。
「まずは説明書を確認しようね」
「ぴこーん! ののみん、ポール係やるみゅん!」
ののみが袋からポールを引き抜き、先生が説明書を広げ、私はペグとロープを地面に並べた。
部活動の、課外活動っぽい時間だ。
先生がフレームを持ち、私がシートの端を合わせ、ののみがペグを打つ。
「方位磁石が北を示してるみゅん!」
「それは、うん。そうだね」
ののみが当然のことを言い出したが、作業は順調に進んだ。
「よし、これでテント完成だね」
「みゅん? 真白ちゃん、なんだかこのテント、狭いみゅん」
立ち上がったテントの入口を開けて、中を覗き込む。
寝袋を二つ並べると、いっぱいだ。
端には荷物を置ける程度で、三人で横になるには明らかに足りない。
「これ、二人しか寝られないサイズみゅん……」
「あ、本当だ。これじゃあ3人は無理ですね」
「ちゃんと見ずに買っちゃったみゅん。ごめんなさいみゅん……」
「それなら先生は車で寝るから大丈夫だよ! シートを倒せばフラットになるし、気にしないで!」
「本当みゅん? じゃあ、テントはののみんと真白ちゃんの愛の巣みゅん!」
「あ、愛の巣って……っ」
先生が唇を尖らせて、私を見る。
ののみはそんな先生の様子に気づかず、テントの中へ寝袋を二つ運び込んでいる。
「みゅ? 夜の山は冷えるから、くっついて寝るのがサバイバルの基本みゅん!」
「そ、そんなにぴったりくっついて寝る必要は、ないと思うな……。夏だし、暑いし……」
私はテントが入っていた袋を畳みながら、先生の方を見ないようにした。
荷物を運び入れ、ランタンを吊るし、クーラーボックスを日陰へ置く。
キャンプの準備をしているのに、頭の中では今夜、どうするかばかり考えてしまう。
ののみと心霊スポットへ行く。
そのあと、先生の車へ行く。
――――よし、それで行こう。
準備が終わる頃、空の色が変わっていた。
テントから少し下った場所に、川を見下ろせる開けたところがある。
先生がもちおを抱えて先に向かい、ののみがカメラを構え、私も二人の後を追った。
川に夕陽が反射して、オレンジ色の光が揺れていた。
「うわぁ……見て。夕陽、すごく綺麗ですね」
「本当だ、絶景……っ! ちょっと待って、もちおをここに座らせて……」
先生は手頃な岩の上にもちおを座らせ、スマホを構えた。
角度を変え、背景に川が入る位置を探し、スマホが影にならないように調整する。
「ああ〜、夕陽を背負う哀愁漂うもちお、最高に可愛いよぉ……!」
「なんだか神秘的なエナジーを感じるみゅん……! すっごく綺麗だみゅん……」
「本当だね。みんなで来られてよかった」
みんなで来られてよかった。
それは本当だ。
先生が嬉しそうにもちおを撮っていることも、ののみが夕陽を見て目を輝かせていることも、本当に嬉しい。
「せっかくだから、三人で写真撮りませんか?」
そう提案した私に、二人とも賛成してくれて、夕陽をバックに三人で写真を撮った。
夕陽が沈んでから、テントの前に戻って晩御飯を作った。
今日のメインは、キャンプ飯の定番として紹介されていたペッパーライスだ。
鉄板の中央にご飯を置き、その周りに牛肉を広げる。ののみがコーンを山ほど乗せた。
「三人分だからね」
先生が慌てて止めた。
食後、紙皿を片づけ、ゴミをまとめ、ランタンをテーブルの中央に置く。
空はすっかり暗くなっていた。
川の音が、昼間より近く聞こえる。
「外で食べるキャンプ飯、最高だったみゅん! さて、すっかり暗くなったし、ここからはお待ちかねの百物語の時間みゅん!」
「ひぃぃ……っ、そ、外、真っ暗なのに、そんな話するの……?」
ののみは、雨上がりの夜にだけ岸へ続く濡れた足跡の話をした。
足跡をたどった人は、川の真ん中から「忘れ物を返して」と呼ばれる。
返事をすると水面に自分の顔が映らなくなり、翌朝、その人の靴が岸に置かれていた、という話だった。
「……というわけで、水辺には今でも出るらしいみゅん。……ぴこーん! ののみんのアンテナが川の方から霊気を受信したみゅん! 真白ちゃん、今すぐお化け探しに行くみゅん!」
「お、お化け探し!? む、無理無理絶対無理っ! せ、先生は怖いから……じゃなくて、明日の安全運転のためにも、先に車で寝てます! 二人とも気をつけてね! おやすみなさいっ!」
先生は立ち上がると、スマホのライトをつけて、車の方へ逃げていった。
「あ、先生逃げちゃった」
「ふふん、大人のくせに意気地なしみゅん! さあ真白ちゃん、川に行くみゅん!」
「うん、ちょっと待ってね。スマホ、鞄からとってくる」
私はテントの入口を開け、鞄を引き寄せた。
ののみは、方位磁石を持って歩き回っている。
今なら、こちらを見ていない。
私はスマホを取り出し、メッセージアプリを開いた。
送信先は、終さん。
『先生へ。
ののみと心霊スポットに行ってから帰ったら、先生のところに行くので待っててください。
久しぶりに、二人きりで話したいです。』
送信ボタンを押す。
すぐに既読はつかなかった。
「お待たせ、ののみ。お化け探し、行こっか」
ののみは、待ちきれない顔で私の手を取った。
スマホでライトをつけ、私たちは川へ向かう道へ入る。
背後では、先生の車の灯が一度点いて、すぐ消えた。




