友達には、こんなことしないよ
「ぴこーん! 今日のオカルト研究部は、『百物語』をやるみゅん!」
放課後の部室に入るなり、ののみは机の上に白いロウソクを並べ始めた。
部室のカーテンは半分閉められている。
先生はまだ来ていないようだった。
昨日、先生とののみが同時に私へしがみついてきた光景が頭をよぎった。
今日は、まだののみと二人きりだ。
「百物語って、百個怖い話をしたら本物の怪異が現れるっていう……二人だけでやるの?」
「そうみゅん! 順番に怖い話をしていくみゅん! トップバッターは……ののみんが行くみゅん!」
ののみは胸を張って、ロウソクの横にスマホを置いた。
火は使わず、ライトをロウソクの後ろに置いて、それっぽく見せようとしている。
学園の部室で本当に火をつけたら、流石に先生に怒られるだろうな。
私は椅子を引いて、ののみの向かいに座った。
「ぴこーん……じゃあ、エレベーターの話をするみゅん」
ののみは声をひそめて、身を乗り出した。
「夜、ひとりでエレベーターに乗ると、たまに、自分が押してない階で止まるみゅん。扉が開いても、そこは真っ暗で、誰もいないみゅん。……でも、扉が閉まる直前に、その暗闇の中から手だけが伸びてきて、外から『開』のボタンを押すみゅん。次の日から、その人のエレベーターは、毎晩その階で止まるようになって……ある夜、乗ったまま、二度と帰ってこなかったんだって、みゅん」
こういう話をする時の、ののみは喋り方が上手い。
「次は真白ちゃんの番みゅん!」
「えーっと……じゃあ、私が聞いたことがある、夜のプールの話」
私は昔漫画で見た、怖い話をなんとか頭から引っ張り出すことができた。
「真っ暗なのに、水面だけが青白く光ってて……誰かが平泳ぎで、こっちに近づいてくるのが見えたんだって。変だなと思って見てたら、その人、一度も息継ぎをしないの。顔を水につけたまま、同じ速さで、ずっと足元まで泳いでくる。怖くなって背中を向けた瞬間、水面から無数の白い手が伸びてきて、足首を掴まれたんだって」
話し終えると、ののみは静かに拍手をした。
怖がっているのか、喜んでいるのか、どちらともつかない顔だ。
「みゅぅぅ……学校の怪談は、王道だけど背筋が凍るみゅん……」
「じゃあ、ののみんの二個目、いくみゅん」
ののみは膝の上で手を組んで、少しだけ声を落とした。
「ある女の子が、ある日おうちに帰ったら……自分の席に、自分とそっくりな子が座ってたみゅん。家族もお友達も、みんなその子のことを『あなた』って呼ぶみゅん。誰も、本物の子には気づかないみゅん」
ののみの語りに感情が入っていく。
「本物の子が、いくら『私はここにいるよ』って言っても、みんなの記憶から少しずつ消えていって……。最後には、誰の心にも残らなくなって……その子がいなくなったことにも、誰も気づかなかったんだって、みゅん」
話し終えても、ののみは黙ったままだった。
いつもなら、ぴこーん、とアンテナを立てるように話し出すところだ。
宇宙人でも、地底人でも、非常階段の白い影でも、何かしら変な方向へ話を飛ばしてくれる。
だけど、今は俯いて床を見ていた。
「……ののみ?」
「ののみんが一番怖いのは……お化けでも、宇宙人でもないみゅん」
「え……?」
いつものふざけた調子じゃない。ののみがこんなに静かな声を出すのを、私は初めて聞いた。
何を言おうとしているのか分からないまま、私は次の言葉を待った。
「……真白ちゃんは、ののみんのこと、ただの『友達』としか思ってないみゅん……?」
言い訳を探す。
先生の前だったから、ああ言うしかなかった。
口に出したら、ののみをまた傷つける。
「ののみん、友達のままで置いてけぼりにされるの、絶対に嫌みゅん。……ののみんは、真白ちゃんのこと、大好きみゅん」
私は椅子から立ち、ののみの正面に立ち、ののみの頬に触れた。
ののみの目が見開かれる。
私は自分から顔を近づけて、その柔らかい唇を塞いだ。
「んっ……ぁ、真白ちゃ……っ」
ののみの声が、唇の間で途切れた。
ロウソクの後ろに置いたスマホのライトが、二人を照らしている。
私は一度だけ唇を離した。
ののみは私の袖を掴み、目を潤ませて見上げてくる。
何かを言う代わりに、また唇を寄せてきた。
応えようとして、私は部室の扉を見た。
昨日の先生の顔が浮かぶ。
「……待って、ののみ。やっぱり、ここまでにしよう?」
「……みゅん? どうして……みゅん……?」
「だって……先生が、いつ来るか分からないし。昨日みたいに、また急に部室に入ってきて見られたら……」
先生に見られたら終わりだ。
先生には、私がののみをただの友達だと言っている。
ののみには、先生に告白したことを隠している。
私が身を引こうとすると、ののみは首に両腕を絡めてきた。
「みゅふふ……真白ちゃん、心配ご無用みゅん」
「え……?」
「今日は長〜い職員会議があるって、ツッチー先生が言ってたみゅん。だから……誰も来ないみゅん。絶対に、大丈夫みゅん!」
「職員会議……そっか。先生、今日は来ないんだ」
扉を見る。
廊下からは誰の足音も聞こえない。
ののみが嘘をつくとは考えにくい。
それなら、ここで止める理由はない。
「……それなら、もう我慢しなくていいんだね」
「みゅっ!?」
私はののみの腰に腕を回して抱き寄せて、唇を重ねた。
さっきより深く。
「んんっ……んっ……」
「はぁ……真白ちゃ……んっ、みゅ……んぅっ、あ……」
ののみは私の制服を掴んだ。
私はののみの背中を支えながら、開いた唇の奥へ舌を入れる。
ののみの舌が、おそるおそる触れてきた。
すぐ逃げようとするのを追いかけると、ののみは鼻にかかった声を漏らして、私の首にしがみついてくる。
「ののみん、パンクしちゃうみゅん……っ」
「……もっと口、開けて?」
「ふぁ……っ、ん、んんっ……!」
言われた通り、ののみが口を開く。
ののみは私のことを信じて、全部預けようとしている。
私はそれを受け止めながら、先生の顔を頭から追い出そうとしていた。
でも、追い出せないまま、ののみの唇を求める。
こんなの、最低だ。
唇が離れるたび、ののみは短く息を吸って、また私を呼ぶ。
「真白ちゃ……もう一回、みゅん……」
私が少しでも引けば、ののみはまた不安になる。
だから私は、もう一度ののみを抱き寄せた。
「ののみ、友達には、こんなことしないよ」
ののみの顔が赤くなる。
今度はののみから唇を寄せてきた。
「ん……っ、ま、しろちゃ……」
ののみの目が、潤んだまま私を見上げる。
私はののみのブラウスのボタンを上から一つ、二つ、三つ、順番に外した。
ブラウスの隙間から下着が見える。
「じゃあ」
ののみが、かすれた声で聞いた。
「ののみと真白ちゃんは……なんに、なるのみゅん……?」
私は、ブラウスの下でののみに触れたまま、手を止めた。
「私は」
ののみの息が、喉の奥で詰まる。
「ののみのこと、好きだよ」
好き、は嘘じゃなかった。
ののみの目が、大きく見開かれる。
私はののみを見つめたまま、止めていた手を、もう一度そっと動かした。
「だから、ののみとこういうことしたい」
そう言って、私は空いている方の手を、ののみのスカートの裾にかけた。
ののみの太ももが露わになる。
私は胸から手を離さずに、スカートの中の手を太ももの内側に滑らせた。
指が肌を撫で上げるたび、ののみの脚がぴくぴくと震える。
ののみが無意識に脚を閉じかけたのを、私は手のひらでそっと制した。
「だめ」
ののみが小さく息を呑む。
私は太ももの内側をゆっくりと撫で続けながら、少しずつ奥へと指を進めた。
脚のつけ根に近づくにつれて、ののみの息が浅く、速くなる。
私の指が触れると、ののみの身体がびくんと跳ねた。
「……っ、や、ましろ、ちゃ……っ」
いつも語尾についている「みゅん」が、最後まで続かない。
やめてほしいのか聞くと、ののみは首を振った。
「やめ、ないで……っ」
私が指を動かすたびに、ののみの言葉から、電波が一つずつ抜けていく。
「ぴこーん」も「みゅん」も、もう、うまく形にならない。
「みゅ………ぁ、ましろ、ちゃん……」
電波語が、少しずつ、ただの女の子の声に変わっていく。
この声は、部室ではしゃいでいるときのののみからは、絶対に出ない。
私だけが、聞ける声だ。
「あ……っ、ん、ぁ……ましろ、ちゃん……っ」
やがてののみの口から出るのは、切れ切れの息と、私の名前だけになった。
「ましろ、ちゃん……ののみ、もう……っ」
ののみが、こくこくとうなずく。もう、言葉が続かない。
最後に長い震える息が漏れて、ののみの背中が小さく反った。
しばらく、ののみは動けなかった。天井を見上げたまま、荒い息を繰り返している。
ののみは、両腕を伸ばして、ぎゅっと抱きしめてきた。
顔を私の胸に埋めて、声を押し殺すように震えている。
「……ののみんね」
くぐもった声で、ののみが言った。
「ののみんの言葉、全部なくなっちゃったみゅん……」
その声には、いつもの「ぴこーん」も、はしゃいだ響きもなかった。
ただの、女の子の声だった。
私はののみの背中に手を回して、抱きしめ返した。
「うん。でも、伝わったよ」
ののみが、私の胸に顔を埋めたまま、小さくうなずいた。肩の震えが、少しずつおさまっていく。
私はののみの髪をそっと撫でた。
腕の中のののみは、電波の鎧を全部脱いでいた。
可愛い、と思う。
──でも、昨日この部室で先生に触れたのも、同じ私の手だ。
「ののみ」
「……みゅん」
「好きだよ」
ののみの腕に、ぎゅっと力がこもった。
「ののみんも、好きみゅん」
そう言って、ののみは少しだけ笑った。
いつもの電波な笑顔とは違う、力の抜けた素の表情だった。




