上書きみゅん!
放課後の十六室には、イルカイルのホログラムが浮かんでいた。
私はソファーの真ん中に座らされ、左から久遠先輩、右から雪乃にくっつかれていた。正面では紡先輩がノートパソコンの画面を開いている。机の上には、攻略進捗を映した光の瓶が二本並んでいた。
「終は六分の一、ののみは五分の一ぐらい溜まってイルカ」
イルカイルが尾びれで瓶を指す。
「ののみの方が溜まってるんだ」
久遠先輩が、二つの瓶から私に視線を移した。
「それで、二股はうまくいってるの?」
「今のところは順調です」
順調、とは言ったけれど、順調なのは瓶のラブエナジーだけだ。
先生にはののみを、ののみには先生を隠したまま、私は最後までバレずにやりきれるんだろうか。
「厳密に言えば私と、藤代先生と、四条ののみの三股なんだけれど」
久遠先輩が私の肩に回した腕に力を入れた。
「いや、私含めての三股だな!お前は真白の彼女じゃない」
雪乃が横から私の腕を引っ張った。
左肩に久遠先輩の腕が回り、右腕に雪乃がしがみつく。
私はソファーの真ん中で、左右から挟み込まれて動けなくなった。
また、いつものパターンだ。
「あら、あなたは彼女っぽいことを、真白にしてあげたのかしら?」
「お前も最近真白が忙しいから、一緒に過ごせてないだろ!」
「私は余裕がある時に、まとめてポイントを使って過ごそうと思っているのよ。真白の邪魔をしたくないもの」
久遠先輩は、雪乃を見た。
まとめて使う、って。
とはいえ、イルカイルがそう決めたルールだから、帰るためにも従わざるを得ない。
久遠先輩の腕に、また力がこもる。
「私は計画的なの。あなたはポイントがないくせに生意気ね」
「ふん!何言ってるんだ!私はこの間二十ポイントもらったんだぞ! 真白にラピピの情報を提供してな!」
「あ、あの時はありがとうね雪乃」
「ふん。真白のためだからな」
雪乃はそっぽを向いた。
でも腕は離してくれない。むしろ力がこもった。
「百ポイントに満たないのに粋がっていて可哀想ね…」
「うるさい!この残念人間!」
紡先輩がノートパソコンから顔を上げる。
「あなたたち相変わらずね。私にはどっちもどっちに見えるわ」
どっちに味方しても角が立つ。
私は言い合いの隙を見て、口を開いた。
「じゃあ私、そろそろオカルト研究部に行かないといけないので」
ののみをずっと待たせている。
この二人に付き合っていたら、日が暮れても解放されそうにない。
私は久遠先輩の腕から抜けようとした。
右腕の雪乃をやんわり押し返し、左肩の久遠先輩の腕を持ち上げて、私はソファーから立ち上がった。
「仕方ないわね」
「さっさと言ってこい!この三股女」
雪乃の捨て台詞を背中に受けながら、私は十六室を出た。
***
「ぴこーん! 真白ちゃん、ずっと待ってたみゅん!」
部室の扉を開けた瞬間、ののみが飛びついてきた。
ののみは私の胸に顔を埋めて、ぎゅっと背中に腕を回してきた。
「お待たせ、ののみ」
「……みゅん?」
「どうしたの?」
「真白ちゃんから……ののみんの知らない、他の女の子の匂いがするみゅん!」
「き、気のせいじゃないかな……」
気のせいではない。
十六室で久遠先輩と雪乃に、思いっきり絡まれていた。
「気のせいじゃないみゅん! 上書きみゅん! ののみんのエナジーで、真白ちゃんを染め直すみゅん!」
ののみが背中に腕を回し直した。
首筋に頬が触れて、すりすりとしてくる。
その時、部室の引き戸が開いた。
「…………」
藤代先生が、入り口で固まっていた。
鞄を抱えたまま、私とののみを見ている。
この間、先生を怒らせそうになったのに、私はまた同じことをしてしまったようだ。
「あ、せ、先生……」
「……ほ、本当に……二人は、仲良し、なのね……」
先生の声が震えていた。
泣きそうなのをこらえている顔だ。
「これはその……同じ部活の、友達ですから。ね?」
言った瞬間、ののみの肩が震えた。
私の首筋に触れていた頬が離れる。
唇が動いたのに、いつもの「みゅん」が出てこない。
「…………」
「ののみ……?」
「……みゅん! 今日はとっておきの儀式、『合わせ鏡』をやるみゅん!」
ののみは私から離れ、部室の隅へ向かった。
古い布をかぶせてあった棚から、二枚の鏡を引っ張り出してくる。
「合わせ鏡って、あの……夜中に覗くと、変なものが映るってやつ?」
「ぴこーん! 正解みゅん! 真夜中の0時に二枚の鏡を向かい合わせて覗き込むと、無限に続く鏡の奥に、未来の自分の“死に顔”が映るみゅん! しかも呪文を唱えると、鏡から悪魔が出てくるって言い伝えもあるみゅん!」
「ひゃああっ!? し、死に顔っ!? あ、悪魔っ……む、むりむりっ!」
説明を聞いた先生が、私に飛びついて、左腕に両腕でしがみついてくる。
というか、合わせ鏡は真夜中の0時にやる儀式のはずだ。
今はまだ放課後、夕方だ。
「先生、大丈夫ですよ。ただの都市伝説ですから。……それにののみ、これ今やっても何も起きないんじゃない? 真夜中の話でしょ」
「ぴこーん! 鋭いみゅん! だから今日は本番前の練習みゅん! 本番はちゃんと今度の丑三つ時にやるみゅん!」
「それでも! 怖いよぉ〜っ」
先生が、私の腕にしがみついたまま見上げてくる。
先生の潤んだ目が一瞬だけ私の唇を見て、すぐに目を逸らした。
昨日のキスを思い出しているのが、私にだけ伝わる。
ののみの前で、その目はやめてほしいかも。
「あっ! 先生、ずるいみゅん! 」
「あっ、ちょ、四条さんっ!?」
「ののみんも怖いみゅん! 真白ちゃんに守ってほしいみゅん!」
ののみが、私の右腕に抱きついた。
右からののみ、左から先生に腕を抱え込まれている。
どちらも離れないし、どちらも私を見上げてくる。
――さっき十六室で挟まれていたのと、同じ構図だ。
先生とのことがののみにバレるのも、ののみのことを先生に見られ続けるのも困る。
机の鏡を覗くと、左右から挟まれた私が、奥へ奥へと何人も続いている。
鏡の中の私も、現実で私を取り合う相手も、これ以上は勘弁してほしい。




