一回のキスじゃ、分かんないかも
放課後のオカルト研究部で、私はパイプ椅子に座って、ののみが貸してくれた超能力特集の本を読んでいた。
表紙には、スプーン曲げをしている人の写真が載っている。
ののみは、これは手品ではなく、宇宙と交信した人間に許された現象だと主張していた。
ページをめくったところで、隣に気配を感じた。
隣を見ると、ののみが近くの椅子に腰を下ろして、何か言いたげな表情で私のことを見ていた。
「ののみ、どうしたの?」
「…………」
ののみは返事のかわりに両腕を広げた。
完全に、ハグして欲しいポーズだ。
私は本を閉じて机に伏せ、ののみに近づいて背中に手を回した。
「ぴこーん! 真白ちゃんは超能力者みゅん! ののみんのしてほしいこと、ノータイムでわかっちゃうみゅん!」
「まあね。ののみの考えてることくらいは、お見通しだよ」
「みゅふふ。じゃあ、これもわかるみゅん?」
ののみは私の腕から抜けると、ポーチからトランプを一枚出した。
カードは裏向きで、私の目の前に差し出されている。
「透視能力のテストみゅん! このカードのマークと数字を当てるみゅん!」
「えっと……ハートのA?」
「ブッブー! スペードの3みゅん!」
「あはは、ごめん。超能力者じゃなかったね」
「気を取り直して、今度はスプーン曲げに挑戦するみゅん!」
次に出てきたのは銀色のスプーンで、学食で見た覚えがあった。
ののみはそれを、私の両手に握らせてくる。
私は言われるままに力を入れた。
スプーンは、私の手の中でまっすぐなままだった。
「うーん……やっぱり私には無理かな」
「おかしいみゅん……。真白ちゃんなら、絶対になんらかのパワーを秘めているはずみゅん」
ののみは残念そうな顔をしながら、スプーンを机に置いた。
「そういえば、この間、学園の廊下でキスしてた二人がいたみゅん」
「えっ」
廊下でだなんて、ずいぶん大胆な人もいるものだ。
昼休みの屋上で、亜里沙とやってしまったことを思えば、人のことをとやかく言える義理ではない。
「その人は、キスをすれば相手の『エナジー』の量がわかるって言ってたみゅん」
「エナジー……?」
――――ラブエナジー。
その言葉が浮かんで、私は口を閉じた。
ののみがそんなことを知っているはずはない。
今のは、オカルト話の延長にあるエナジーだ。
「きっと、不思議な能力を使えるエナジーのことみゅん! だから、ののみにエナジーがあるか、真白ちゃんに確かめてほしいみゅん」
「それって、つまり……」
「ちゅーするみゅん!」
ののみは目を閉じて、唇を少し尖らせた。
キスを待っている顔だ。
「本当にいいの?」
「みゅん。エナジー測定の儀式みゅん」
私は体をののみの方へ向けて、唇に自分の唇を重ねた。
「んっ……」
唇を離すと、ののみが目を開けた。
頬が赤い。けれど、逃げない。
「え、エナジー……あったみゅん……?」
「うーん……」
私は首を傾げてみせる。
「ごめん、一回のキスだけじゃ分かんないかも」
「みゅ……っ?」
私は、ののみの前髪を指でよけて、今度は額に唇を落とした。
「これは、思考エナジーの測定」
「みゅ……そ、そんな測定方法、聞いたことないみゅん」
「今、私が考えたから」
からかうつもりで言ったのに、ののみは反論してこなかった。
かわりに、目を伏せたまま、次を待っている。
私はその頬に、もう一度だけ短く唇を触れさせた。
「んっ」
その感触に、ののみの肩が跳ねる。
「……ののみ?」
「……もっと、みゅん」
掠れた声だった。
私は、ののみの頬にそっと手を添え、もう一度唇を重ねた。
「んっ……ふ、ぁ……」
薄く開いたののみの唇の隙間から、私は舌を入れた。
驚いたのか、ののみの体が揺れる。
「みゅ……んっ、ふぁ……」
ののみの舌は、最初こわばっていたけれど、少しずつ私の動きに応えてくる。
私は角度を変えながら、口づけを深くしていった。
静かな部室に、二人分の息の音と、かすかな水音だけが響く。
「んんっ……ぁっ……」
ののみの手が、私の制服の袖を強く引っ張った。
膝から力が抜けて、体が私の方へ傾いてくる。
私は片手をののみの背中へ回し、そのまま支えた。
「ぷは……ぁ、ま、しろちゃ……」
名前を呼びかけた声は、途中で唇に吸い込まれて消える。
私はもう一度、唇を重ねた。
「ふぁ……っ、はぁ……、はぁ……」
唇を離すと、透明な糸が光ってから消えた。
ののみに言われたからか、確かに温かい力を感じたような気がするけど、ただの気のせいだろう。
「わ、分かった……みゅん……?」
「うん。あったよ、ののみに。すごく強くて、あったかいエナジー」
「本当みゅん!?」
「本当。このまま力を溜めれば、本当に超能力使えちゃうかもね」
私の言葉に、ののみの顔がぱっと明るくなった。
「頑張って溜めるみゅん! パワ〜! みゅん!」
「ふふっ、無理しないでね。いつでも私が手伝ってあげるから」
窓の外を見ると、いつの間にか日が落ちて、空が茜色に染まり始めていた。
「……そろそろ帰るみゅん」
「そうだね。帰ろうか」
鞄を取って部室を出る。
廊下に出たところで、ののみが右手を差し出した。
私はそのままののみの指に指を絡め、恋人繋ぎをする。
「みゅふふ。真白ちゃん、充電完了みゅん」
「じゃあ、帰り道で使い切らないようにね」
「みゅん。真白ちゃんの手から、家に着くまでチャージ継続みゅん」
手を繋いだまま、私たちは校門を出た。




