絶対、守ってくれる?
放課後の校門前に、終先生の車が停まっていた。
助手席には、カメラとモバイルバッテリーと温度計を詰めた、ののみのリュックが先に置かれている。
行き先は、県境の山道の先にある廃トンネル。地元では「鴉尾のトンネル」と呼ばれている。
ののみは前日の夜から、メッセージで資料の画像を送ってきていた。
私は窓の外を見た。日が落ちる前の山道は、木の影で暗くなっている。
住宅の灯りが途切れ、道路脇のガードレールが続いた先がスマホのマップが示す目的地だった。
先生は駐車できるスペースを探し、車を端に寄せた。
「ここが鴉尾のトンネルみゅん!」
「本当に来ちゃったんだねぇ……」
「資料の写真と全然違うね」
「実物の波長は別格みゅん!」
山道を少し進むと、照明のないトンネルの入口が見えた。
入口の上には黒ずんだ染みがあり、壁の継ぎ目に水滴が溜まっている。
ののみはスマホを構え、先生は私の制服の裾をつかんだ。
「うぅぅ……すっかり暗くなっちゃったよぉ。ねえ、本当に中まで入らなきゃダメ? この辺りから見るだけじゃ……」
「ぴこーん! 先生、何を弱気なこと言ってるみゅん! オカルト調査は日が沈んでからが本番みゅん! さあ真白ちゃん、行くみゅん!」
ののみが私の手を取って、入口へ向かう。
先生の手は、私の袖から腕へ移動した。
「わっ。そんなに引っ張らないで、ののみ。足元暗いから転ぶよ」
「ま、待って! 置いていかないでぇ! ひぃぃ、なんか泣き声が聞こえる気がするぅ! 」
先生が私の腕にしがみついてくる。
右手はののみ、左腕は先生。両側から別の方向へ引かれて、私は入口の前でいったん止まった。
これ、誰が引率しているんだろう……。
「先生……ちょっと重たいです」
「ご、ごめんね! でも無理! 怖いものは怖いんだもん……っ!」
先生は謝りながら手を離さず、ののみは入口近くの壁を撮っている。
私は先生を振りほどかず、ののみの手も離さないまま、中へ入った。
天井から落ちる水音が、トンネルの中で響いた。
ののみは壁際へ寄り、カメラのシャッターを切った。
「すっごい冷気みゅん! 気温が一気に二度下がったみゅん! ここは絶好の撮影スポットみゅん!」
「ののみ、あんまり一人で奥に行かないようにね」
ののみは探索に熱中して私の言葉が聞こえていないのか、そのまま温度計を掲げた。
温度を確かめた後、ののみがこちらを振り返る。
「ぴこーん! 真白ちゃん、ののみんのアンテナがビリビリきてるみゅん! あそこ、絶対に霊の気配がするみゅん!」
「ひゃあぁぁぁっ!? れ、霊!? どこ!? むりむり見れない! 佐倉さん、助けてぇっ!」
先生は私の腕に額を押しつけた。
教師としての威厳は、トンネル入口に置いてきてしまったようだ。
「よしよし、大丈夫ですよ先生。もし何か出たら、私が先生のこと守りますから。だから目、開けてください」
「ほ、ほんとに……? 絶対、守ってくれる……?」
「はい。約束します」
先生は恐る恐る顔を上げた。
特に何もないのに、先生がまた私の腕をつかむ。
ののみはその様子も撮ろうとして、私に止められた。
「みゅふふ、先生は本当に怖がりみゅん。……あっ、いまオーブみたいなの撮れたみゅん! よーし、今日は十分なダークマターを吸収したみゅん! ののみん、満足したみゅん!」
「ふふ、よかったね。じゃあ、車に戻ろうか」
先生は帰ると決まった途端、私の腕から手を離した。
でも、微かな水音に反応して、すぐまたつかんでくる。
外へ戻ると、山道が来た時よりも暗くなっていた。
駐車場所の車のライトが点いた時、先生は本気で安心した顔をした。
そのまま私たちは、先生の車に乗って来た道へ戻った。
車は、先にののみの家に着いた。
「今日は最高の課外活動だったみゅん! 真白ちゃん、ツッチー先生、また行くみゅん!」
「次は、もうちょっと明るい場所がいいなぁ……」
ののみは手を振って、玄関へ駆けていった。
先生はののみが玄関に入って鍵を開けるのを見届けてから、車を出した。
ののみを送り届けた後の車内は、さっきの騒がしさがなくなり、静かだった。
ナビの画面が、私の自宅への道を示している。
先生は信号待ちで、ハンドルの上に置いた手を見ていた。
「あ、あのさ……佐倉さん」
「はい、なんですか?」
「さっきは、その……ごめんね。あんなにぎゅってしちゃって。私、一応先生なのに……みっともなかったよね……」
先生は前を向いたまま言った。
「そんなことないですよ。可愛かったですよ、先生。ずっと震えてて」
「か、可愛い……っ!? ま、またそういうこと言って、大人をからかわないのっ!」
「からかってないですよ。本当にそう思っただけですから」
「うぅぅ……佐倉さんのバカぁ……」
先生は赤信号の間に、ハンドルへ額を近づけかけて、慌てて姿勢を戻した。
私はスマホの画面を開く。
――ラピピコラボカフェ、来週の土曜日から開催決定。
「…………」
「…………」
静かな車内の中、私はコラボカフェのことを切り出した。
「あ、そういえば先生。来週から、ラピピのコラボカフェが始まるらしいじゃないですか」
「えっ!」
「こう見えても結構ラピピ、好きだから情報チェックしてるんですよ」
嘘だ。雪乃からの情報だ。
雪乃がポイント獲得のために、一生懸命リサーチして、私に送ってきたものだ。
でも先生は、嬉しそうに話し始める。
「そうなんだよ、もちろん先生はチェック済みだよ! 桜木町の『カフェ・ステラリア』でやるやつだよね! 限定のアクリルコースターがすっごく可愛くて……っ!」
私は、声が弾んだその横顔を見て、言葉を続けた。
「……よかったら、私と一緒に、行きませんか?」
「えっ……一緒に?」
「はい。先生がよければ、ですけど」
「じゃ、じゃあ」
先生は言いかけて、教師であることを思い出したようだった。
私はすぐに、理由になりそうな言葉を続けた。
「部活動の一部ですから」
「そ、そう! 流行りのラピピを調べるのもオカルト研究部の活動、だよね?」
「ふふ、じゃあ私、予約取りますね」
「ううん、待って! 予約は先生がとっておくよ。車も出すし!」
「そうですか? でも……」
「いいの!」
「分かりました。じゃあ、お願いしますね、先生」
先生はそこでようやく、教師らしく胸を張った。
私はスマホを取り出して、来週の予定を打ち込んだ。
帰宅してから、先生からメッセージが届いた。
コラボカフェは、土曜日の十四時に予約が取れたという。
私は返信を打って、スマホを伏せた。
また土曜日、先生と過ごすことが決まった。




