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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第62話 港町ポルタの寂れ具合

 テラ・テルマエの堅牢な防壁を出発してから数日が経過した。

 荒涼とした赤茶けた大地は、南へ下るにつれて次第に緑の濃さを増していく。背の高い針葉樹林は徐々にその姿を消し、代わりに太い幹と広い葉を持つ広葉樹の森が道を縁取るようになった。

 やがて視界の先には、どこまでも広がる群青色の水平線が姿を現した。


「これが、海……」


 ギガント・マザーの操縦席から外の景色を見下ろし、俺は思わず感嘆の息を漏らした。

 王国の内陸部や、死の荒野しか知らない俺にとって、それは圧倒的な質量を持った未知の領域だった。太陽の光を反射して砕ける波頭は、まるで無数の宝石を散りばめたように眩く輝いている。空と海の境界線が溶け合うようなその広大さは、見ているだけで胸の奥がすっとするような解放感を与えてくれる。


 マザーの上部ハッチを開放すると、途端に、むせ返るような熱気とねっとりとした湿気を帯びた風が車内に流れ込んできた。鼻腔を突くのは、独特の塩気と微かな磯の匂いだ。空調が完璧に効いた車内と外気との落差に、肌がじわりと汗ばんでいく。


「うわぁ……すごい湿気。髪の毛がまとまらなくなりそうね」


 後部座席から身を乗り出したララが、自身の長い黒髪をかき上げながら顔をしかめた。彼女の首筋にもすでに細かな汗の粒が光っている。


「ザラが言っていた通りだな。気候が劇的に変わった」


 俺は額に滲んだ汗を拭い、腰のポーチに入っている、出発前にザラから押し付けられた薬草の包みを確認した。南方の気候にやられた時のための、胃腸薬と解熱剤だ。


 その時だった。

 マザーの後方、大量の資材と機材を積み込んでいる特製カーゴスペースの方から、ガタガタと何かが崩れるような物音が聞こえた。


「なんだ? 荷崩れか?」


 ヴァネッサが警戒して大剣の柄に手をかける。俺も眉をひそめ、操縦席から身を乗り出してカーゴの様子を窺った。

 積んである木箱の陰から、ひょっこりと銀色の毛玉が顔を出した。


「わふっ!」


「……は?」


 俺は自分の目を疑った。

 そこにいたのは、体高1メートルに迫る立派な銀狼へと成長したシロだった。鼻先に木屑をくっつけ、見つかってしまったと言わんばかりにペタンと耳を伏せている。だが、その琥珀色の瞳は期待に輝き、ちぎれんばかりに銀色の尻尾を振っていた。


「お前……! 留守番だと言っただろ! いつからそこに……」

『報告します、マスター。出発時、シロ個体がカーゴスペースの奥に潜伏しているのを検知していましたが、本人の強い希望に負けて、報告を遅らせてしまいました。オカンとして、子供の冒険心を無碍にはできませんでした』


 マザーの悪びれない音声案内に、俺は深くため息をついた。


「……お前なぁ。シロを甘やかしすぎだぞ」

「いいじゃない。もうここまで来ちゃったんだし、今さらテラ・テルマエに送り返すわけにもいかないわよ」


 ララがくすくす笑いながら擁護する。ヴァネッサも「まあ、いい番犬にはなるさ」と口元を緩めていた。シロは完全に許されたと理解したのか、カーゴから飛び出し、ハッチの隙間から鼻先を突き出して外の景色に興奮し始めた。


 仕方なく俺はマザーを海辺の砂浜に停車させ、タラップを下ろした。

 シロは弾丸のような勢いで飛び出していく。


「わおぉぉぉんっ!!」


 勇ましい遠吠えと共に、シロは初めて見る巨大な水たまりに向かって突撃していく。

 だが、次の瞬間。

 ザッパーン! と、打ち寄せた未知の波がシロの足元をさらい、顔面に容赦なく海水を浴びせた。


「きゅぅ!?」


 予想外の反撃に驚愕したシロは、慌てて後ずさりし、ブルブルと全身を振って水を弾き飛ばした。そして、鼻の頭についた海水をペロリと舐める。

 直後、シロの顔がクシャッと歪んだ。


「くしゅんっ!!」


 強烈な塩っぱさに驚いたのか、可愛らしいくしゃみを放ち、舌をベロベロと出しながら俺の後ろへと逃げ込んでくる。巨大な銀狼が、波打ち際を恐れて俺のズボンの裾に顔を擦り付けている様は、体格と中身のギャップも相まって反則的なまでに愛らしかった。


「ははっ、海の水はしょっぱいんだよ。飲み水にはならないからな」


 俺がシロの頭をガシガシと撫でてやると、ヴァネッサも呆れたように笑いながらタラップを降りてきた。


「見た目は立派な魔物なのに、中身は完全にただの子犬だな」


 マザーの巨体は目立ちすぎるため、街道から外れた海沿いの森の中に偽装網を展開して待機させることにした。

 ここからは、アルド、ヴァネッサ、ララ、そして足元にぴったりとくっついて離れないシロでの徒歩による潜入だ。


★★★★★★★★★★★


 目的地の港町ポルタ。

 大陸の南方における重要な物流拠点であり、常に多くの商船と漁船が行き交う活気ある街――だと、ララの事前情報では聞いていた。新鮮な海産物をテラ・テルマエに運び込むための、最初の足がかりとなる重要な場所だ。

 しかし、実際に街に足を踏み入れた俺たちは、すぐにその強烈な違和感に足を止めた。


「……変ね。南の玄関口と言われる規模の港なら、もっと人と荷物で溢れかえっているはずなのに」


 ララが周囲を見渡しながら、不審そうに呟く。

 大通りには石畳が敷き詰められ、両脇にはレンガ造りの立派な建物が並んでいる。都市基盤自体は高度に発展している証拠だ。

 だが、そこを歩く人々の数はまばらで、皆一様に顔を伏せ、疲労と諦めの色を濃く浮かべていた。活気ある喧騒はどこにもなく、すれ違う人々の目には警戒心と怯えが宿っている。まるで街全体が重い病に罹っているかのようだ。


 俺は通り沿いの建物の基礎や、港へ続く桟橋の木材に目を向けた。


「石の風化具合や、桟橋の杭の打ち方を見る限り、街の設備自体は定期的に保守されている。だが……」


 視線の先にある浜辺には、いくつもの漁船が陸に引き上げられたまま乾ききっていた。しかも、その多くは底に大きな穴が空き、マストが折れた状態で放置されている。漁に使う網も、引きちぎられたまま乱雑に山積みにされていた。


「つい最近までは活気があった。だが、何か急激な外的要因によって、機能が完全に停止したって感じだな」

「……血の匂いと、腐敗臭だ」


 ヴァネッサが鋭い眼差しを海に向けた。


「波の音に混じって、妙に静かすぎる。それに、あの引き上げられた船……岩礁にぶつかった傷じゃない。下から鋭利な刃物か何かで、意図的に破壊された痕だ」


 俺たちは事態を把握するため、港の管理棟と思われる最も大きな建物へと向かった。

 中に入ると、潮風で深く日焼けした浅黒い肌に、頑丈そうな荒い麻の服を着た初老の男が、古びた帳簿を前にして深く頭を抱えていた。かつては荒波を乗り越えてきたであろう屈強な体格に似合わず、その背中は小さく丸まり、深い苦悩に沈んでいる。身なりからして、この港の漁師たちの組合長といったところだろう。


「よそ者かい。悪いが、今は魚は一匹もねえ。泊まる宿なら紹介するが、長居するような場所じゃねえよ」


 男は俺たちを見ると、力なくそう言った。その目には、外部から来た人間に対する期待すら残っていない。


「事情を聞かせてくれないか。この規模の港が、完全に死んでいる。浜に打ち捨てられている船の壊れ方も異常だ。何があった?」


 俺が単刀直入に尋ねると、組合長は重い溜息を吐き、窓の外の海を指差した。


「……サハギンどもだよ。ここひと月ほどで、近海にあの魔物の海賊が住み着きやがった」

「サハギン、だと?」


 ヴァネッサの眉がピクリと動いた。


「網は切り裂かれ、漁に出た船は包囲されて沈められる。奴らは獲った魚を奪うだけじゃなく、船乗りまで海に引きずり込みやがる。……もう、怖くて誰も海に出られねえ。交易船も、噂を聞きつけてこの港を避けるようになった」


「相手の規模は? 武器は持っているのか?」


 ヴァネッサがすかさず軍事的な視点で問い詰める。


「数は五十……いや、もっと増えているかもしれねえ。手製の銛や、沈めた船から奪った刃物で武装してやがる。水の中じゃ、あいつらの方が圧倒的に速い。俺たちの手には負えねえんだ」

「なるほどな。ただの知能の低い魔物じゃない。明確な略奪の意志を持った、組織化された群れか。厄介な連中だ」


 ヴァネッサは腕を組み、考え込むように視線を落とした。


 その横で、ララはじっと窓の外を見つめていた。

 彼女の視線は、荒れた海でも、壊れた漁船でもなく、港の端に並ぶ巨大な石造りの倉庫群と、その前に伸びる大型船用の深水桟橋に向けられていた。


「……組合長さん。あそこにある巨大な冷蔵倉庫と、大型船の荷揚げ設備。あれ、今は全く使っていないのよね?」

「ああ。このままじゃ維持費も払えず、いずれは腐らせるだけだ。組合の資金も底をつきかけている。もう、この港はおしまいだ……」


 組合長が絶望の言葉を吐いた瞬間、ララがゆっくりと俺の方を振り返った。

 その大きな瞳の奥に、明確な商人の光が宿っているのを、俺は見逃さなかった。彼女の頭の中では、テラ・テルマエとこの港を結ぶ巨大な物流網の図面が、すでに完成しつつあるのだろう。


「アルドさん」


 ララの声のトーンが、一段階下がった。それは彼女が本気で商売の計算を終え、勝負に出る時の合図だ。


「競合の他商会は、リスクを恐れてすでに撤退済み。でも、あの倉庫の収容力と水深の深さは、大型の魔導冷蔵船を運用するのに完璧な環境よ。……もし今、あの魔物を追い払って海の安全を証明できれば、この港の権利と流通網、私たちがタダ同然で買い叩けるわ」

「お前なぁ……。人が困っている時に、まず独占市場の話かよ」


 俺が呆れたように言うと、ララは悪びれもせずに胸を張った。


「漁師たちには安全と仕事を。私たちには新鮮な海産物と拠点を。最高の取引じゃない? 漁師たちをうちの商会で丸抱えして、専属の漁船団として再編するのよ。……やってくれるわよね、アルドさん?」


 ララは俺の胸元に、細い指先をツンと突きつけた。


 俺は小さく息を吐き、組合長に向き直った。


「……というわけだ。組合長、あんたたちの海、俺たちが取り戻す。その代わり、この港の復興にはうちの商会が一枚噛ませてもらう。設備の無償利用権と、漁獲物の優先買い付け権だ。悪い話じゃないだろう?」


 組合長は驚きに目を見開き、それから縋るように俺たちの顔を交互に見た。


「ほ、本当にサハギンどもを退治してくれるのか!? もしそれができるなら、条件なんていくらでも呑む! だが、相手は海の中に……」

「問題ない」


 ヴァネッサが首をゴキリと鳴らし、獰猛な笑みを浮かべた。


「水の中は私の領分じゃないが、陸に引きずり出せば叩き斬れる。それに……うちには頼れる相棒がいるからな」


 俺は懐から通信端末を取り出した。


「マザー。仕事だ。水陸両用の装備はあるか?」

『もちろんです、マスター』


 すぐさま、ノイズ一つないクリアな音声が返ってくる。


『水中での戦闘データは過去に記録があります。……オカンは、水回りのお掃除も得意なんですよ』


 頼もしいAIの応答に、俺はニヤリと笑い、港の扉を開け放った。

 潮風が、戦いの始まりを告げるように強く吹き込んできた。

 足元では、シロが主の気配の変化を感じ取り、低い声で喉を鳴らして身構えていた。

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