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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第61話 南への長旅

 テラ・テルマエの堅牢な防壁の向こう側から、身を焦がすような力強い朝日が昇り始めていた。

 完成したばかりの転移ゲートの要となる「アンカー」を背部の特製カーゴに厳重に積載したギガント・マザーの周囲には、これから南の海へと出発する俺たちを見送るため、大勢の仲間たちが集まっていた。


「アルドさん、ララさん、ヴァネッサ。道中の無事を祈っていますわ。都市の行政と防衛は、私とリーリャさんたちでしっかりと回しておきます。ご心配なく」


 分厚い書類の束を抱えたソフィアが、いつもの凛とした微笑みを浮かべて言った。彼女の背後では、ガムリの親方をはじめとする職人たちやエルフの農夫たちが、手を振って見送ってくれている。

 その隣では、腕を組んだザラが小さく頷き、鋭い視線をこちらに向けていた。


「何かあれば、マザーの長距離通信ですぐに連絡して。南へ下るにつれて気候が劇的に変わるはずよ。現地の湿気と暑さで体調を崩さないようにね。念のため、解熱と胃腸に効く薬草の予備は、ララの荷物の底に忍ばせてあるから」

「ああ、色々と気遣い助かる。留守の間のことは頼んだぞ。……シロ、お前は留守番だ。エルフの子供たちを泣かすなよ」

「わふぅ……」


 俺の足元で、今や体高が一メートルに迫るほど立派な銀狼へと成長したシロが、耳をペタンと伏せて鼻を鳴らした。一緒に行けないのがひどく不満らしいが、今回の南へのルートは未開の荒野が延々と続くため、念のための措置だ。

 俺がその大きな頭を両手でわしゃわしゃと撫でてやると、シロは諦めたように俺の手首を一度だけ舐め、留守を預かるリーリャの傍へトテトテと歩いていった。


『……マスター。全システム、グリーン。積載物の固定状況もすべて正常値を示しています。いつでも出航可能です』


 マザーの落ち着いた声が、機体の外部スピーカーから響き渡る。


「よし。それじゃあ、行ってくる」


 俺たちは仲間たちに短く別れを告げ、開かれたハッチからマザーの機体へと乗り込んだ。


 ズゴゴゴゴ……ッ。

 腹の底に重く響く駆動音と共に、マザーの展開した分厚い無限軌道が荒野の赤土を力強く噛み砕く。

 目指すは真っ直ぐ南。未知の海産物が眠る、潮の匂いがする港町だ。


 外の景色は、テラ・テルマエの緑豊かで潤いのある農地から、瞬く間にひび割れた岩肌と乾いた砂埃が舞う不毛の世界へと変わっていく。

 しかし、マザーの居住空間である広々とした車内は、窓の向こうの過酷さとは完全に無縁だった。

 独立懸架式の高度なサスペンションシステムが、巨大な岩を乗り越える際の激しい衝撃を完璧に吸収し、テーブルの上に水を入れたグラスを置いておいても、水面が微かに揺れる程度にまで振動が殺されている。空調は常に車内を最適な温度と湿度に保ち、不快な埃ひとつない無菌に近い快適な空間を作り出していた。


「……ふふっ。何度乗っても、この乗り心地の良さには驚かされるわね」


 上質な革張りのシートに深く腰掛けたララが、手元の分厚い羊皮紙の束から顔を上げて言った。


「王都の貴族がこれ見よがしに乗っている最高級の魔導馬車だって、ここまで静かで快適じゃないわ。……ねえアルドさん。南の港町に着いたら、まずは現地の有力な商会と接触する予定よ。海産物の買い付けルートを私たちで独占するには、早い段階で氷室の保冷技術と、マザーさんによる輸送の速さを実証して見せる必要があるわ」


 彼女の黒い瞳は、書類の文字の向こう側に、すでに手に入るであろう莫大な金貨の山をはっきりと見据えているようだった。


「その辺りの交渉ごとは全部お前に任せる。俺はアンカーを設置するための安全な場所の確保と、ゲートの稼働テストに集中したい」

「ええ、任せてちょうだい。……あちらの商人の胃袋を掴んで交渉を有利に進めるために、アルドさんの料理の腕も借りるかもしれないわよ?」


 ララが悪戯っぽくウインクする。


 その対面の席では、ヴァネッサが大剣の刃を油布で丁寧に拭き上げながら、窓の外を流れていく景色を静かに観察していた。


「……徐々に、外の風が変わってきているな」


 彼女は布をテーブルに置き、鋭い視線を遠くの地平線に向けた。


「南へ下るにつれて、荒野に生えている植生が変わってきている。空気もひどく湿気を帯びて、重たい。乾燥地帯から熱帯気候への境界線に入った証拠だ。足跡は見えないが、生息している魔物の種類もそろそろ変わってくる頃合いだな」


 彼女の歴戦の勘と観察眼が、気候と環境の微細な変化を正確に読み取っていた。


★★★★★★★★★★★


 太陽が地平線に沈みかけ、空が深い紫と燃えるようなオレンジのグラデーションに染まる頃。

 マザーは強風を避けられる巨大な岩壁の裏側を見つけ、そこに身を潜めるようにして機関を停機させた。

 ハッチを開けて外に出ると、テラ・テルマエ周辺の刺すような夜の冷え込みとは全く違う、ねっとりとした生温かい空気が肌にまとわりついてきた。呼吸をするだけで、肺に湿り気が入り込んでくるような感覚だ。


 ヴァネッサはマザーから降りるなり、音もなく周囲の岩場を大回りして巡回し始めた。地面に残された足跡や岩の削れ具合を確認し、野営地の四隅にザラから持たされた魔物避けの香草を焚いて回る。さらに、死角になりそうな岩の隙間などの要所に、極細のトラップワイヤーを手際よく張り巡らせていった。

 無駄のない流れるような手つきで一連の安全確保の作業を終えた彼女は、ふぅと短く息を吐いて俺の方を見た。


「周囲半径一キロ以内に、中型以上の魔物の痕跡はない。小型の厄介な虫や獣は、ザラの香草の匂いで散らせる。今夜は安心して休めるぞ。……で、夕食の準備はできているか? 腹が減って大剣の素振りもできやしない」


「ああ、今から取り掛かる。とびきり精のつく、カロリーの塊みたいなやつだ」


 俺はマザーの側面に展開した屋外用の調理台に立ち、重厚な平底の鉄鍋を取り出した。マザーの加工アームで無垢の鉄から削り出してもらった、熱伝導率と蓄熱性に極めて優れた特注品だ。

 用意した食材は、テラ・テルマエの氷室から持ち出した見事な霜降りの獣肉。そして、太く甘みのある長ネギ、香りの強い数種類のキノコ類、大豆の搾り汁を固めた豆腐と呼ばれる白いブロック状の食材だ。


 十分に熱した鉄鍋の表面に、純白の獣脂の塊を滑らせる。

 ジュワァァッという音と共に、良質な脂が瞬く間に溶け出し、黒い鉄肌を薄く、均一にコーティングしていく。そこに、斜めに厚切りにした長ネギを重ならないように並べた。

 ネギの表面にこんがりとした焦げ目がつき、内側に閉じ込められていた甘く香ばしい匂いが白煙となって立ち昇る。


「……いい匂い。ネギを焼いただけなのに、胃袋が鳴りそうよ」


 ララが鼻をひくひくさせながら、待ちきれない様子で折りたたみ式のテーブルの席につく。

 俺は焼き色のついたネギを鍋の端に寄せ、空いた中央の最も火力の強いスペースに、薄切りの霜降り肉を数枚、素早く広げた。

 ジジジジッ……!

 肉が熱い鉄に触れ、赤い表面が瞬く間に茶色く色づいていく。肉の繊維から染み出した脂が鉄肌で焦げる、強烈で暴力的な香りが弾けた。


 そこで俺は、あらかじめ合わせておいた特製の煮汁――大豆を発酵させた黒褐色の調味料と、とろみのある甘い酒、そして砂糖を絶妙な比率で配合した液体――を、肉の上から一気に回しかけた。

 ジュワアアアァァァッ!!!

 高温の鉄鍋で煮汁が沸き立ち、焦げた砂糖の甘みと塩気、肉の濃厚な脂の旨味が完全に一体となった、圧倒的な匂いが野営地全体を包み込んだ。


「さあ、まずは肉だけを味わってくれ」


 俺は、あらかじめマザーに頼んで完全に殺菌処理を済ませてある安全な生卵を小さな器に割り入れ、各自でよく溶くように指示した。そして、黄金色に混ざり合った卵液の中へ、煮汁をたっぷりと吸い込んで飴色に輝く肉を等分に取り分けていく。


 ヴァネッサは生の卵を食すことに少し眉をひそめていたが、肉を卵液にくぐらせ、そのまま意を決したように口に運んだ。

 直後、彼女の鋭い瞳が限界まで見開かれた。

 咀嚼の速度が急激に上がり、ひと呑みで肉を胃の腑へ送り込むと、彼女は無言のまま、空になった器を俺の目の前に突き出した。大剣を振るう時のような、一切の迷いや遠慮がない鋭い動きだった。


 ララも慌てて自分の分の肉を卵にくぐらせ、勢いよく頬張った。

 彼女は目を丸くし、両手で自身の頬を強く押さえながら、熱さと旨味に耐えきれないように小さく身悶えした。そして、ヴァネッサと全く同じ動作で、空の器を力強く突き出してくる。


「ほら、炊きたての白飯だ。肉と一緒に掻き込むと最高だぞ」


 俺がマザーの土鍋で炊いた湯気を立てる茶碗を渡すと、二人は行儀など気にする余裕もない様子で、肉と飯を猛烈な勢いで掻き込み始めた。

 俺も自分の分の肉を卵に絡めて口に入れる。

 濃い塩気と甘みが卵のまろやかさで包み込まれ、噛むたびに肉の脂が溢れ出す。長旅の疲労を一撃で吹き飛ばすような、強烈なカロリーと旨味の奔流だった。


 肉の旨味とネギの香りが完全に溶け出した鍋に、残りの肉、焼き目をつけた白いブロック、キノコをたっぷりと入れ、煮汁を注ぎ足してさらに煮込む。

 グツグツと音を立てる鍋の中で、すべての具材が肉の旨味と甘辛い汁を限界まで吸い込んで褐色に染まっていく。

 熱帯の夜の荒野の真ん中で、ただ鍋の沸き立つ音と、食器がぶつかる音、そして一心不乱に食事に食らいつく荒々しい息遣いだけが響き渡っていた。


★★★★★★★★★★★


 巨大な鉄鍋が完全に空になり、ヴァネッサもララも岩や椅子に背中を預けたまま、満腹で身動きすら取れなくなった頃。

 俺は小鍋で湯を沸かし、用意していた茶葉を取り出した。


 沸騰した湯を一度別の器に移して適温まで下げ、茶葉を入れた急須に注いで静かに待つ。

 数分後、三つの湯呑みに注がれたのは、澄んだ美しい翡翠色の液体だった。

 青々とした若葉の香りが、生温かい夜風に乗って静かに広がる。


 ヴァネッサが湯呑みを両手で包み込み、熱い茶をゆっくりと口をつける。


「……はぁ」


 彼女の口から、深く、満ち足りた息が漏れた。

 ララも無言で湯呑みを傾け、焚き火の揺らめく炎をじっと見つめながら、静かに喉を潤している。


 俺も自分の茶を啜り、暗闇に沈んだ南の地平線に目を向けた。

 星空の下、燃え残った薪がパチッという小さな音を立てて爆ぜる。遠くの闇の奥で、夜行性の野鳥が微かに鳴いた。

 乾いた風の音と、静かな茶の香りだけが漂う中、未知の海へと向かう長旅の最初の夜は、穏やかに更けていった。

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