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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第58話 マザーとシスターの共同作業

 南の海辺の街。

 その言葉がもたらした熱狂は、一夜明けてもテラ・テルマエの空から消えることはなかった。朝から街のあちこちで、見たこともない海の魚や塩の匂いについて想像を巡らせるエルフたちや職人たちの声が聞こえてくる。


 朝の澄んだ空気を切り裂くように、商会マネージャーであるララが俺の居住ユニットに押しかけてきた。彼女は手にした分厚い羊皮紙の図面をバンバンと叩きながら、鼻息を荒くしている。

 彼女の頭の中では、南の海で獲れた魚介類を氷漬けにして王都や他国へ売り捌く、遠距離輸送と鮮度保持のための巨大な流通網がすでに組み上がっているらしい。王都をはじめとする内陸の都市では、海の魚といえば塩漬けかカチカチの干物しか手に入らない。もし、生の魚介類をそのままの鮮度で持ち込むことができれば、美食に飢えた貴族たちはこぞって金貨の山を積むだろう。王国の流通を牛耳っていた大商会のエリアマネージャーとしての本能が、完全に目覚めてしまっているのだ。


「アルドさん! 転移ゲートの調整はどうなってるの? 早く海の向こうと繋がないと、新鮮な魚が逃げちゃうわよ!」


「落ち着けって、ララ。ゲートを安全に起動するには、まず『対となるゲート』、あるいは『座標を固定するアンカー』を現地に設置しなきゃならないんだ。それに、お前の言う魚の大量輸送に耐えうる大型の冷却コンテナも必要になる。今のままじゃ、海に着いても運ぶ手段がない」


「じゃあ、早くそれを作りましょう! 予算ならいくらでも出すわ! シルヴィアさんの氷魔法と、マザーさんの断熱材を組み合わせれば、内陸の貴族たちに海の幸を高値で売りつけることができるのよ! これは歴史的な大商いになるわ!」


 興奮して早口になるララをなだめつつ、俺は広場に設営された特設工房へと足を運んだ。

 今日はそこで、ララが熱望する長距離輸送用・魔導冷却コンテナの第一陣を作る予定だった。図面は昨夜のうちに引き終わっている。


「よし、マザー、シスター。準備はいいか」


『はい、マスター。各部のアクチュエーター、出力正常。いつでもいけます』

『お兄様! 私も魔力回路のウォーミングアップ、バッチリです!』


 広場の中央には、マザーとシスターが並んで待機していた。

 頼もしい俺の家族たちだ。


「工程は打ち合わせ通りだ。マザーが外郭の成形、シスターが冷却用魔導回路の刻印。いくぞ」


 俺が合図を出した瞬間、2台の機械が動き出した。


『お姉様、素材の固定をお願いします!』


『任せてくださいね。……出力調整、レーザーカッター起動』


 マザーの重厚なアームが、古代遺跡から持ち帰った特殊合金の分厚い板を軽々と持ち上げた。この合金は現代の製鉄技術では傷一つ付けられないほどの硬度を持つ。しかし、マザーの別のアームから伸びた青白い熱線は、まるで紙でも切るかのように金属板を寸分の狂いもなく切り出していく。

 ジジジジッ、と眩い火花が散り、空気が焦げる鋭い匂いが広場に広がる。

 切り出されたパーツはすぐさま巨大なプレス機にかけられ、コンテナの骨組みとして次々と組み上げられていった。圧倒的なパワーとスピード。何人もの屈強な男たちが数日がかりで行うような重労働を、マザーはたった数分でこなしていく。


『骨組み完了! 冷却回路の刻印を開始します!』


 シスターの機体側面から、多関節の精密アームが数本、滑るように展開された。

 先端からは、微細な魔力の針が放たれている。

 シスターのアームは、マザーが組み上げた金属の表面を這うように滑り、そこに肉眼では確認できないほど細密な魔導回路を猛烈な速度で彫り込んでいった。

 この回路がコンテナ内部の熱を吸い上げ、外部へと逃がす血管のような役割を果たすのだ。


 チチチチチッ……!


 かすかな電子音だけが響く。それは、顕微鏡レベルの微小な加工を、メートル単位の巨大なコンテナ全体に途切れることなく施している音だった。

 大雑把で力強いマザーと、繊細で緻密なシスター。

 2台のAIによる、一切の無駄を省いた作業だ。


「……こりゃあ、たまげた」


 少し離れた場所でその光景を見ていたドワーフの鍛冶師、ガムリの親方が、持っていたハンマーを握りしめながら呆然と呟いた。

 彼の下で働く人間の職人たちも、目を丸くして立ち尽くしている。ドワーフといえば、この大陸で最も金属加工に秀でた種族だ。その彼らでさえ、目の前で繰り広げられる超古代技術の結晶には言葉を失うしかなかった。


「親方、俺たちの出番、ねえんじゃねえか……? あんな神業見せられちゃ、俺たちの技術なんて……」


 若い職人が自信を喪失したようにこぼす。

 俺はそこで2人の間に立ち、ゆっくりと首を振った。


「そう悲観するな。マザーたち機械が作るのは、あくまで『均一で正確な土台』だ。だが、実際にこれを使うのは人間だ。コンテナを完全に密閉するための革のパッキンの絶妙な締め具合、断熱材として挟み込む木材の反りや木目を見極めた配置、そして過酷な長旅に耐えるための最終的な手触りの仕上げ……。それは、気温や湿度の変化を肌で感じ取れる、あんたたち人間にしかできない血の通った仕事だ」


 俺の言葉に、ガムリ親方はハッとして、それから自分のゴツゴツとした分厚い両手を見つめた。

 長年、炎と鉄に向き合ってきた職人の手だ。

 親方は大きく息を吸い込み、ニヤリと力強く笑った。


「違いねえ。嬢ちゃんたちが完璧な土台を作ってくれるなら、俺たち職人はそこに魂を吹き込んでやるだけだ! おいお前ら! 突っ立ってないで木材の採寸を始めろ! コンテナ1基につき、水の一滴たりとも漏らさねえ完璧な仕上げを見せてやるぞ!」


「おうっ!!」


 職人たちの目に火が灯る。

 マザーとシスターが金属パーツを吐き出し、それをガムリたちが受け取って木材や革と組み合わせていく。

 カンナで木を削る小気味よい音が響き、削りたての木の香りが金属の焦げる匂いと混ざり合う。職人たちは真剣な眼差しでパッキンのなめし具合を指先で確かめ、コンテナの蓋が寸分の隙間もなく閉まるように微調整を繰り返していく。

 金属を叩く音と、職人たちの威勢のいい掛け声が響き渡り始めた。


★★★★★★★★★★★


 数時間後。

 作業が一段落し、冷たい井戸水で喉を潤していると、ララが大きな荷物を抱えて広場にやってきた。


「アルドさん! 職人さんたちに頼んでた、新しい輸送用具の試作品ができたわよ!」


 ララが掲げたのは、分厚い革で作られた、頑丈そうなハーネスだった。コンテナを載せた荷車を引くためのものらしい。

 俺は首を傾げた。


「馬用にしては、随分とサイズが小さくないか? それに形状も少し特殊だ。まるで……」


「馬用じゃないわよ。……ねえ、ちょっとそこの君。これ試着してみて」


 ララが振り返った先には、日陰の冷たい土の上で、気持ちよさそうに昼寝をしているシロがいた。

 体高1メートルに迫る巨狼へと成長したシロは、野生の欠片も見せずに無防備にお腹を見せて寝ている。風に吹かれて銀色の毛がそよそよと揺れ、時折ピクピクと耳を動かしている。


「わふぅ……?」


 名前を呼ばれたような気がしたのか、シロが眠たげに目を擦りながら首を上げる。

 ララは満面の笑みでシロに近づき、有無を言わさず、その分厚い革のハーネスをシロの頭から被せ、胴体のバックルを留めてしまった。


「うん! サイズぴったりじゃない! 荒野の運び屋の誕生ね!」


「……くぅん?」


 シロは、自分の体に巻き付けられた見慣れない革具と、ララの手によってピンと張られた手綱を見て、完全に困惑していた。

 体をぶるぶると振って革具を落とそうとするが、職人が丹精込めて作った頑丈なバックルはびくともしない。シロは自分の背中や脇腹にまとわりつく感触が嫌なのか、その場でぐるぐると回って自分の尻尾を追いかけるような動きを見せた。

 だが、結局ハーネスは外れず、シロは助けを求めるように、潤んだ琥珀色の瞳で俺をじっと見つめてきた。

 ピンと立った三角耳が、申し訳なさそうにペタンと垂れ下がっている。


 言葉は発しないが、その全身から悲壮な訴えが聞こえてくるようだった。

 俺はため息をつき、シロに近づいてバックルに手をかけた。


「ララ、さすがにこれはないだろ。シロは誇り高きシルバーウルフだぞ。荷馬扱いするな」


 カチャリと金具を外し、重いハーネスを取り払ってやる。

 拘束から解放されたシロは「わんっ!」と嬉しそうに鳴き、俺の足元にすり寄ってきた。大きな頭を俺の腰のあたりに押し付け、思い切り尻尾を振っている。


「ちぇっ、過保護なんだから。シロちゃんの力なら、荷車くらい軽く引けそうじゃない」


「ダメなものはダメだ。シロは俺たちの家族であって、労働力じゃない。荷運びなら、大人しく馬や専用の魔導車を手配するんだな」


 ララは少し不満げに唇を尖らせたが、俺に甘えるシロを見て肩をすくめた。


「さて、そろそろ昼飯にするか。マザー、シスター、親方たちも休憩だ!」


 俺が声を上げると、広場にいた全員の顔がパッと輝いた。

 労働の後の飯は、何物にも代えがたい報酬だ。


 今日用意したのは、手軽に食べられて、かつ重労働で消費したエネルギーを補給できる高カロリーな一品だ。

 俺は特大の鉄板の上に、前日から練って寝かせておいた、弾力のある小麦の生地を薄く伸ばして敷き詰めた。

 その上に、荒野の野鳥と獣の肉を包丁で細かく叩き、黒胡椒や香草をたっぷりと練り込んだ粗挽き肉を敷き詰める。さらに、薄切りの玉ねぎ、そしてマザーが熟成させた濃厚なチーズを山のように乗せる。

 これを何層にも重ねて、最後に上からもう1枚の生地で蓋をし、中の旨味が逃げないように縁をしっかりと折り込んで閉じる。


「マザー、窯の温度は?」


『摂氏250度、最適に保たれています。いつでもどうぞ!』


 俺は鉄板ごと、マザーの側面にある超高温の魔導石窯へと滑り込ませた。

 待つこと数分。

 生地がこんがりと色づき、チーズの焼ける匂いが広場を支配したところで引き出す。


「多層肉と溶けチーズの分厚い包み焼きだ。熱いうちに食ってくれ!」


 俺がナイフで切り分けると、サクッとした生地の中から、熱々の肉汁と黄金色のチーズが溢れ出した。断面からは、香辛料のツンとする香りと、肉の濃厚な脂の匂いが立ち昇る。


「うおおおっ! こりゃあすげえや!」


 ガムリ親方が大きな手で熱々のパイを掴み、大口を開けて食らいつく。


「あっつ! だがこりゃあ力が湧いてきやがる。濃い脂の味が、労働後の体に染みるぜ。玉ねぎの甘さもいいな!」


 親方はハフハフと息を吐きながら、火傷も気にせずに次々と口に放り込んでいく。


「味が濃いからな、こいつで流し込んでくれ」


 俺は氷水で冷やした、柑橘類を絞った炭酸水を配った。

 濃密な肉とチーズの脂を、炭酸の刺激と酸味が洗い流していく。

 誰もが無言になり、ただひたすらに食欲を満たしていく。

 シロにも、味付けなしの焼いた獣肉を山盛りで与えると、夢中でガツガツと平らげていた。


 広場に、心地よい咀嚼音と、親方たちの豪快な笑い声が響く。

 少しずつ形になり始めた銀色のコンテナの横で、俺は冷たい炭酸水を喉に流し込んだ。

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