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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第56話 帰還と歓迎会

 氷雪地帯での激しい吹雪と、静まり返った古代遺跡の探索を終え、俺たちは拠点であるテラ・テルマエへと帰還した。

 視界を白く染めていた雪景色が嘘のように、目前には青空の下で広がる豊かな緑の農地と、湯気を上げる温泉、そして活気に満ちた街並みが広がっている。

 防壁の門が開くと、帰りを待ちわびていた仲間たちが一斉に出迎えてくれた。


「アルド! 無事だったか!」


 先頭を切って駆け寄ってきたのはリーリャだ。彼女の顔には安堵の笑みが浮かんでいる。その後ろからはララ、ソフィア、ザラといった面々が続く。


「ああ、全員怪我ひとつない。お土産も山ほどあるぞ」


 俺がマザーの操縦席から降りてそう答えると、ララの視線がマザーの背部に積まれた大量の資材へと釘付けになった。


「うわぁ……! 上質な鉄鉱石に、見たこともない古代の合金! これだけの素材があれば、新しい特産品が山のように開発できるわね!」


 彼女は両手を組み合わせて、瞳に金貨の輝きを浮かべている。商会のエリアマネージャーとしての野心が刺激されたようだ。


「それだけじゃない。俺たちの新しい家族も連れてきたんだ」


 俺が合図をすると、マザーの背部に連結されていたコンテナの扉がゆっくりと開いた。

 中から現れたのは、純白に近い滑らかな白銀色の装甲を持つ、小型の多脚機体だった。マザーよりも一回り小さく、無骨さよりも洗練された美しさを感じさせる流線型のフォルム。

 機体上部の水色の単眼が瞬き、彼女は滑らかな足取りで地面に降り立った。


『初めまして、皆様。シスターと申します。アルドお兄様と、マザーお姉様の妹分として、これからよろしくお願いいたします』


 鈴を転がすような、愛らしい少女の音声が広場に響き渡る。

 出迎えた面々は、一瞬ポカンと口を開け、それから驚きの声を上げた。


「お、お兄様……?」


 リーリャが俺を見て目を丸くする。


「まさか、また古代の機械を拾ってきたの!? しかも今度は妹分!?」


 ララが額を押さえて天を仰いだ。


『ええ。私の可愛い妹です。皆様、仲良くしてあげてくださいね。……ただし、マスターへの過度な接触は私という姉のチェックを通してからにしてください』


 マザーが後ろから重低音の駆動音を鳴らして牽制する。


「わふっ! わんわん!」


 留守番をしていたシロが、新しい仲間の匂いに惹かれて飛び出してきた。シロはシスターの足元をぐるぐると回り、興味津々で白銀の装甲に鼻を押し付けている。


『あら、貴方がシロちゃんですね? お姉さまの記録で見ていました。とっても可愛いですね』


 シスターの側面から極細のアームがスルスルと伸び、シロの顎の下を的確な力加減で掻き始める。

 シロは一瞬で「くぅ〜ん」と喉を鳴らし、シスターの足元でゴロンとお腹を見せてしまった。


「……チョロいわね、あの犬」


 ヴァネッサが呆れたように息を吐く。


「ともかく、無事に帰ってこられたことを祝いましょう。それに、冷え切った体には温かいものが必要ですわ」


 ソフィアが優雅に微笑み、場をまとめた。


「そうだな。今日は新しい家族の歓迎会も兼ねて、特大の鍋にしよう。みんな、少し準備を手伝ってくれ」


★★★★★★★★★★★


 広場の中央に設営された大きな調理台に、俺はガムリの親方に特注で作ってもらった巨大な浅型の鉄鍋を設置した。

 鍋の中央には波打つような形の鉄板の仕切りがあり、二つの空間に分かれている。


「今日の料理は、体を芯から温める『二色の熱鍋』だ。それぞれの汁に、薄く切った肉や野菜をくぐらせて食べる」


 まずは鍋の片側に、濁りのない真っ白な汁を注ぎ込む。

 これは、荒野で狩った獣の骨を、マザーの圧力調理機構を使って一気に白濁するまで旨味を抽出した極上の白湯だ。生姜と長葱を浮かべ、塩で味を整えてある。


「そして、もう片方にはこれを入れる」


 反対側には、真っ赤に染まった汁を注ぐ。

 牛の脂に、大量の赤唐辛子、そして舌を痺れさせる特有の刺激を持つ木の実、数種類の香草を加えてじっくりと炒め、そこに澄んだ出汁を合わせたものだ。

 火にかけると、白い汁からは深く優しい獣の香りが、赤い汁からは鼻を突き抜けるような鮮烈で暴力的な香辛料の香りが立ち上り始めた。


「具材はどうするの? このまま煮込むのかしら」


 シルヴィアが赤い汁の匂いに少しだけ顔をしかめながら尋ねる。


「いや、煮込まない。肉を極限まで薄く削いで、熱い汁に数秒だけ浸して食べるんだ」


 俺はミスリル製の包丁を手に取り、脂の乗った獣肉の塊を、向こうが透けて見えるほどの薄さに切り出していく。

 職人としての集中力を指先に込め、まな板の上に薄紅色の肉の華を次々と咲かせていく。

 さらに、エルフたちが温室で育てた瑞々しい葉野菜、薄切りにした大根や人参、そしてさまざまな種類のキノコを大皿に山盛りにした。


「よし、汁が沸き立った。各自、好きな具材を箸で挟んで、汁の中で泳がせるようにして火を通すんだ」


 俺が薄切り肉を一枚つまみ、赤い汁の中にくぐらせる。

 数秒で肉の色が変わり、香辛料の香りをたっぷりと纏う。それを俺の手作りの特製胡麻ダレにつけて口へ運ぶ。


「……美味い」


 強烈な辛さと痺れが口の中を駆け抜けるが、薄切り肉の脂の甘みと胡麻ダレのコクがそれを見事に調和させる。噛むほどに旨味が溢れ、胃の腑から一気に熱が湧き上がってきた。


「私もやってみるわ!」


 ララが肉を白い汁にくぐらせ、柑橘の果汁と黒褐色の発酵調味料を合わせた酸味のあるタレにつけて食べる。


「……美味しい。お肉が口の中でとろけるわ! この白いスープも、旨味が凝縮されていて最高ね!」


 それを皮切りに、皆が次々と鍋を囲み、肉や野菜を汁にくぐらせ始めた。

 辛い赤い汁を食べて「辛い! でも止まらない!」と汗を流すヴァネッサ。

 白い汁で野菜を楽しみ、「このキノコ、お出汁を吸ってとても美味しいですわ」と頬を緩ませるソフィア。

 冷えた体を温めるには、これ以上の料理はない。


『皆様、お肉の追加は私にお任せください。さらに薄く、極上の食感に切り揃えてみせますよ!』


 シスターの細いアームが高速で動き、追加の肉が次々と芸術的な薄さに切り分けられていく。

 その作業の見事さに、エルフたちからも歓声が上がる。


 賑やかな声と、鍋から立ち上る湯気。

 厳しい遠征の疲れが、この温かい食卓で完全に解きほぐされていくのを感じていた。


★★★★★★★★★★★


 宴が終わり、夜の静寂がテラ・テルマエを包み込んだ頃。

 俺は温かい果実酒を入れた瓶と二つのグラスをお盆に乗せ、マザーの機体後部にある第一研究所へと足を運んだ。


 扉を開けると、そこには案の定、膨大な書物と古代の記録板の山に埋もれるようにして机に向かっている女性がいた。


「ヘレナ。少し休憩にしないか」


 俺が声をかけると、ヘレナは銀縁の眼鏡を押し上げ、パッと顔を輝かせた。


「あら、アルド様。わざわざお越しくださるなんて」


「シスターが持ち帰った古代の記録の解析で、寝る間も惜しんでるんだろう? あまり根を詰めすぎるのもよくないぞ」


 俺が机の端を片付けてグラスを置き、湯気を立てる果実酒を注ぐと、ふわりと甘く熟成された香りが漂った。

 ヘレナはペンを置き、グラスを両手で包み込むようにして受け取った。


「ありがとうございます。……でも、これほど心躍る記録を前にして、眠れるはずがありませんわ」


 彼女は熱を帯びた瞳で、机の上に広げられた古代の金属板を見つめた。


「シスターさんの記憶庫にあった情報は、まさに歴史の宝物です。超古代文明の環境適応技術、そして微細加工の理論。これらを現在の魔導工学と融合させれば、この街の設備は数百年先の水準へと飛躍します」


「そいつは頼もしいな。だが、お前が倒れたら元も子もない」


 俺が隣に椅子を引き寄せて座ると、ヘレナは少しだけ肩の力を抜き、果実酒を一口飲んだ。

 ほう、と満ち足りた吐息が漏れる。


「美味しい……。甘くて、体が芯から温まりますわ」


 彼女はグラスを置き、俺の方へ向き直った。

 静かな研究所の照明の下、彼女の肌は滑らかな陶器のようで、大人の女性特有の落ち着いた色気を漂わせている。


「アルド様。貴方が無事に帰ってきてくださって、本当に良かったですわ。……私、遺跡の調査に同行できなかったこと、少しだけ後悔していましたの」


「危険な場所だったからな。ヘレナにはここで安全に待っていてほしかったんだ」


「ええ、分かっています。でも……」


 ヘレナが身を乗り出し、俺の手に触れてきた。

 彼女の指先が、古い書物をめくる時のように、俺の掌の傷跡をそっとなぞる。


「貴方が未知の遺跡の扉を開き、シスターさんという新しい命を目覚めさせた。その瞬間を、隣で分かち合いたかったのです。……貴方の魔力が古い機械に息吹を吹き込むあの感覚、私、すっかり虜になってしまったようですわ」


 彼女の顔が近い。

 古い書物の匂いと、微かに漂う香油の甘い香りが俺の鼻腔をくすぐる。

 知的な彼女の瞳の奥に、確かな熱情が揺らめいているのが分かった。


「……ヘレナ」


「私は考古学者です。過去の遺産を掘り起こすのが仕事でした。でも今は……貴方がこの手で作り出していく『未来』から、目が離せないのです」


 ヘレナは俺の手を引き寄せ、自分の頬に押し当てた。

 温かい体温が伝わってくる。


「どうか、これからも私に、貴方の隣でその奇跡を見届けさせてくださいね」


 それは、学者としての探求心と、一人の女性としての深い好意が入り交じった、静かで熱い告白だった。

 俺は彼女の頬に触れたまま、静かに頷いた。


「ああ。俺一人じゃ分からない古代の謎が、これからもっと増えるだろうからな。……頼りにしてるよ、ヘレナ」


 彼女は満足そうに微笑み、再びグラスを手に取った。


 夜はまだ深い。

 古い書物に囲まれた密室で、俺たちは果実酒を傾けながら、夜更けまで静かに語り合った。

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