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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第55話 シスターの機能は『精密加工』

 凍てつく空気に包まれた古代遺跡の深部。

 青白い照明が静かに灯る広間で、俺たちは新たなる家族の目覚めを祝う夜を過ごし、そして短い眠りについた。

 外の光が届かないこの場所では時計が頼りだが、翌朝俺は目を覚ますとすぐに、昨夜目覚めたばかりの白銀の機体――『シスター』の機能確認を行っていた。


「……信じられないな。本当に継ぎ目一つ見えない」


 俺は手の中にある、ミスリル製の工具を様々な角度から見つめ、感嘆の息を漏らした。

 この工具は、先日のダンジョン探索で無茶な使い方をしてしまい、先端がわずかに欠けていたものだ。それを、シスターがほんの数分で元通りにしたのだ。


『お兄様のお役に立てて嬉しいです!』


 シスターの機体上部にある水色の単眼が、嬉しそうにチカチカと明滅する。

 鈴を転がすような少女の声が、冷たい遺跡の空気を和らげていた。


「どうやって直したんだ? 溶接の跡も、研磨した形跡もない」


『私の主要機能は、極微細な単位での物質解析と再構築です。欠落した部分の材質を読み取り、手持ちの予備資源から同位の物質を生成して、分子の結びつきを直接繋ぎ合わせました』


 シスターの流線型のボディの側面から、数本の極細のアームが滑るように展開される。

 先端には肉眼では捉えきれないほど微小なレンズや、光の針のような照射器が備わっていた。

 その光の針が折れた金属の断面を撫でるだけで、まるで時間が巻き戻ったかのように素材が繋がり、輝きを取り戻していくのだ。


「分子の結びつきを直接……」


 俺は唖然とした。

 マザーが、山を削り、大地を平らにするような豪快な「面」の開拓を得意とするなら、シスターは、針の穴を通すような「点」の加工に特化している。

 巨大な岩を粉砕する力はないが、壊れた魔導回路の微細な断線すら、新品同様に直してしまうほどの緻密さだ。


『ふふん。どうですか、マスター。私の妹は優秀でしょう?』


 背後で待機していたマザーが、どこか誇らしげな音声を流した。


「ああ。これなら、テラ・テルマエの設備をさらに高度化できる。壊れた古代の魔導具も、シスターがいれば完全に修復できるかもしれない」


『はい! お姉さまの作ってくれた基礎を、私がもっと綺麗に飾り付けます! お兄様、何でも言ってくださいね!』


 シスターが軽やかにその場で一回転してみせる。

 姉を慕い、俺をお兄様と呼んで懐くその姿は、冷たい金属の塊でありながら、どうしようもなく庇護欲をそそられる愛らしさがあった。


 足元では、シロが不思議そうにシスターの滑らかな装甲の匂いを嗅いでいる。

 シスターの極細アームがシロの首筋を優しく掻いてやると、シロは「くぅ〜ん」と気持ちよさそうに目を細め、すぐにコロンとお腹を見せて転がった。

 どうやら、シロも新しい家族をすっかり受け入れたようだ。


★★★★★★★★★★★


 遺跡内のめぼしい物資の回収と、シスターの機能確認が一段落した頃。

 ヘレナが狂喜しながら古代文字の写し取り作業に没頭しているのを横目に、俺は広間の入り口へと向かった。


 そこには、分厚い外套を羽織り、大剣を立てて寄りかかるように立つヴァネッサの姿があった。

 彼女は皆が休んでいる間も、そして今も、外へ続く通路から目を離さずに警戒を続けている。

 遺跡の入り口はマザーの防壁で塞いであるが、万が一の侵入者に備えているのだ。


「異常はないか?」


 俺が声をかけると、彼女は視線を動かさずに短く答えた。


「ああ。虫一匹入ってこない。……だが、底冷えがするな」


 彼女の吐く息が白い。

 マザーとシスターの排熱で広間はある程度温まっているが、入り口付近は外の冷気が容赦なく流れ込んでくる。


「少し休め。マザーのセンサーも入り口に向けさせておく」


「癖みたいなもんだ。……それに、剣を握っていないと落ち着かない性分でね」


 ヴァネッサは小さく肩をすくめ、ようやくこちらを向いた。

 その顔には、隠しきれない疲労の色が滲んでいる。長旅と、猛吹雪の中での戦闘、そして極寒の地での徹夜の警戒。いかに彼女が強靭な肉体の持ち主であっても、限界はある。


「お前も、あまり無理をするな。あの新しい機械の相手で疲れただろう」


「いや、俺は大丈夫だ。……それより、美味いものを用意した。こっちへ来い」


 俺は彼女の腕を引き、広間の隅に設営した小さな休息スペースへと案内した。

 小さな魔導コンロの火が赤々と燃え、周囲に心地よい熱を放っている。


「……いい匂いだな」


 ヴァネッサの鼻が微かに動き、その鋭い眼光が少しだけ和らいだ。


「今日は、保存食ばかりで飽きているだろうから、少し手を加えた料理だ」


 俺はコンロの上に乗せられた、湯気を立てる鉄鍋を指差した。


「なんだ、それは?」


「『干し肉と乾燥豆の香辛料煮込み』だ。出発前にマザーに用意してもらった携行食を、シロが昨日捕まえた長魚の骨から取った出汁でじっくり煮込んである。香辛料もたっぷり入れた」


 俺は鍋の蓋を取った。

 その瞬間、鍋の中から、野性的な肉の匂いと食欲を刺激する香辛料の香りが、もうもうたる湯気と共に溢れ出した。


「さあ、冷めないうちに食ってくれ」


 俺は木の椀にたっぷりと盛り、温めた硬いパンを添えてヴァネッサに手渡した。

 彼女は無言で木製のスプーンを手に取り、大きくすくって口へ運ぶ。


 咀嚼する音が、静かな空間に響く。


「……」


 ヴァネッサは目を閉じ、ゆっくりと飲み込んだ。


「……美味い」


 短く、しかし深い実感が込められた一言だった。


「保存食の干し肉とは思えないくらい柔らかい。それに、この複雑な香辛料の味が冷え切った体に染み渡る」


「付け合わせの酢漬け野菜をかじりながら食べると、口の中がさっぱりするぞ」


 俺は小皿に盛った、携行用の酸っぱい野菜を勧めた。

 ヴァネッサはそれに従い、煮込みと酢漬けを交互に口に運ぶ。

 冷え切っていた彼女の褐色の肌に、徐々に血の気が戻っていくのがわかった。


「……これには、強い酒が必要だな」


 彼女が唇を舐めながら言うと、俺は待ってましたとばかりに、外の雪に埋めてキンキンに冷やしておいたガラス瓶を取り出した。


「麦を発酵させて蒸留した、純度の高い強い酒だ。香草で少し風味をつけてある」


 小さな杯に注ぎ、彼女に渡す。

 ヴァネッサはそれを一気に煽った。

 カッと喉の奥が焼けるような刺激の後に、芳醇な麦の香りが鼻腔を抜ける。


「……ふぅっ。体が内側から燃えるようだ。冷え切った骨の髄まで、一瞬で熱が回る」


「怪我の具合はどうだ? 古傷が痛んだりしてないか?」


 俺が尋ねると、彼女は空になった杯を置き、首を横に振った。


「問題ない。お前が掘り当てたあの温泉に浸かってから、本当に調子がいいんだ。それに……この食事があればな」


 ヴァネッサは小さく笑みを浮かべた。

 飾り気のない、武骨だが純粋な笑み。


「お前は不思議な男だ。戦場で剣を振るうわけでもないのに、誰よりも私たちの背中を守ってくれている。……ありがとな」


「俺はただ、美味いものを食って、快適に過ごしたいだけさ」


「その『快適さ』の中に、私たちを含めてくれているんだろう」


 彼女はもう一度杯を差し出し、俺はそこに酒を注いだ。

 俺も自分の杯に酒を注ぎ、二人で軽く打ち合わせる。


 キン、と澄んだ音が冷たい空気に溶けた。


「……これからも、よろしく頼むぜ、相棒」


 ヴァネッサが静かな声で言った。

 その言葉には、ただの護衛としての契約を超えた、確かな信頼の重みがあった。


「ああ。俺の背中は、お前に預けた」


 言葉数は少なくても、互いの行動と体温が、何よりも多くを語っていた。

 過酷な環境の中で交わされる、二人だけの静かな休息の逢瀬。

 コンロの赤い火が、彼女の顔を優しく照らしている。


 やがて、食事を平らげ、酒で体を温めたヴァネッサは、再び立ち上がった。


「さて、腹も膨れたし、体も温まった。……もう一仕事してくるか」


「無理はするなよ。出発の準備が整うまで、あと少しだ」


「分かってる。……お前も、少しは休めよ」


 彼女は俺の肩を軽く叩き、再び入り口の闇の方へと歩いていった。

 その後ろ姿は、先ほどよりもずっと力強く、頼もしさに満ちていた。


『お兄様、お待たせしました! 遺跡内の有益な資材の切り出し、完了しました!』


 広間の奥から、シスターの弾むような声が聞こえてくる。

 見れば、彼女の精密アームが、古代の特殊な合金板を綺麗な長方形に切り揃え、マザーのカーゴスペースへと整然と積み込んでいるところだった。


『ふふ、やりますねシスター。これなら荷崩れの心配もありません』


『お姉さまの大きな背中、私がしっかり整理しておきますね!』


 マザーとシスターの微笑ましいやり取りに、俺は自然と笑みをこぼした。


「よし。ヘレナの作業が終わり次第、帰還するぞ」


 俺はコンロの火を落とし、散らかっていた道具をリュックに詰め始めた。

 少し離れた広間の奥からは、まだヘレナの興奮した叫び声が響いている。

 帰還の準備が完全に整うまで、もう一仕事ありそうだった。


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