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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第54話 眠れる妹AI『シスター』

『アルド様ーーーッ!! 大発見ですわーーーッ!!』


 極寒の古代遺跡に響き渡った、ヘレナの鼓膜を破らんばかりの大絶叫。

 俺とシルヴィアは、居住区画でのささやかな逢瀬を中断し、慌てて声のした広間へと駆け戻った。

 入り口の警戒を任せていたヴァネッサも、大剣を片手に合流してくる。


「どうしたヘレナ!? 魔物でも出たか!?」


「魔物なんて下等なものではありませんわ! 見てください、これ!」


 ヘレナが興奮に震える指で示していたのは、広間の最奥部に隠されていた、さらに分厚い一枚の隔壁だった。

 表面には、入り口の扉よりもさらに複雑で緻密な魔導回路が、幾重にも絡み合うように刻み込まれている。


「この施設の主電源が入ったことで、隠し区画の偽装が解けたのです! この厳重な封印……間違いありません。この奥に、この『寒冷地適応型・魔導理学実験場』における最高の遺産が眠っていますわ!」


 ヘレナの目は血走っており、息は荒い。完全に「遺跡変態」の顔になっている。


「……なるほど。開ければいいんだな」


 俺はため息をつきつつ、隔壁の前に立った。

 指先を回路に這わせ、【魔力変換・接続】のスキルを発動する。

 入り口の時と同じように、俺の魔力をこの古代のシステムへと最適化し、優しく、かつ力強く注ぎ込んでいく。

 バチバチッと青白い火花が散り、ロック機構が次々と外れる音が響いた。


 ズゴォォォォォン……!


 重々しい音と共に、隔壁が左右にスライドする。

 中から漏れてきたのは、清浄で、そしてどこか甘いオイルの匂いだった。

 青白い照明が、自動的に部屋の奥へと連なって点灯していく。


「……こいつは」


 俺は息を呑んだ。

 ヴァネッサが目を丸くし、シルヴィアが小さく声を漏らす。


 そこに鎮座していたのは、見慣れたシルエットを持つ「機械」だった。

 球体状のメインボディに、複数の関節を持つ多脚。

 だが、マザーのような無骨で巨大な威圧感はない。

 マザーよりも一回り以上小型で、装甲は純白に近い滑らかな白銀色。無駄な突起物が極限まで削ぎ落とされた、流線型の美しいフォルムをしていた。

 まるで、武骨な戦車と、優雅な白馬を掛け合わせたような、洗練された機体。


『……信じられません』


 俺の背後にいたマザーが、震えるような電子音を漏らした。


『このフレーム構造、および魔力炉の基本設計。……間違いありません。私と同じ設計思想の機体です。私のような大規模開拓用ではなく、極限環境下での環境適応と精密探査に特化した、次世代型の試作機……!』


「お前の、同型機だと……?」


『はい。ですが、動力炉は完全に沈黙しています。非常用電源すら枯渇し、深い休眠状態にあるようです』


「なら、起こしてやるまでだ」


 俺は白銀の機体へと歩み寄った。

 表面の装甲は、数千年の時を経ても一点の曇りもなく輝いている。

 機体の下部に、マザーと同じような魔力供給用の接続ポートを見つけた。

 俺はそこに両手を当て、再び深く意識を集中させた。


 俺の魔力が、乾ききった白銀の機体へと流れ込んでいく。

 マザーの時のように強引な「着火」は必要なかった。俺の魔力は、まるで乾いた砂に水が染み込むように、極めてスムーズに機体の隅々へと浸透していった。


 ドクン。

 機体の奥深くで、魔力炉が静かな鼓動を打つ。

 白銀の装甲に走るラインが、淡い桜色に発光し始めた。


『――システム・リブート。魔力炉、再臨界。メインAI、再起動を完了しました』


 機体上部のセンサーユニットが、滑らかな動作で持ち上がる。

 マザーの単眼が赤色だったのに対し、この機体の単眼は、透き通るような美しい水色をしていた。

 その水色の瞳が、俺を捉える。


『生体認証、確認。……貴方が、私に魔力を注ぎ、長い眠りから目覚めさせてくださったのですね』


 スピーカーから響いた声は、鈴を転がすような、若く可愛らしい少女の声だった。

 マザーが大人の女性なら、こちらはまさに十代の少女のような、無垢で透き通った音色。


『初めまして。私は自律型環境適応探査重機、型式番号XG-002『エクスプローラー・シスター』。……貴方を、新しい私のマスターとして登録してもよろしいですか?』


「……ああ。俺はアルドだ。よろしくな」


『アルド様……いえ、アルドお兄様、と呼んでもよろしいでしょうか? 貴方の魔力は、とても温かくて……優しいお兄様のような感じがします』


「お、お兄様!?」


 不意の呼び名に、俺は思わずむせた。

 背後で、シルヴィアが「はぁっ?」と殺気を孕んだ声を上げる。


『まあ! 抜け駆けは許しませんよ、シスター! マスターは私だけの「うちの子」なのですから!』


 マザーが、ものすごい勢いで割り込んできた。

 巨体を揺らして白銀の機体の前に進み出ると、赤い単眼を激しく明滅させる。


『お、お姉さま!? マザーお姉さまではないですか! 無事だったのですね!』


『ええ、元気にしていましたよ。……それより、いきなりお兄様だなんて、はしたないですよ! マスターが困っているでしょう!』


『でも、アルドお兄様の魔力は本当に素敵でしたもの。お姉さまはずるいです、こんな素敵な方を独り占めしていたなんて!』


 巨大な多脚重機と、白銀の小型重機が、俺を挟んで火花を散らしている。

 無機物同士の言い争いのはずなのに、まるで歳の離れた姉妹の痴話喧嘩を見ているようだ。

 ヘレナは「素晴らしい……! 古代AI同士の自律的な対話……! これだけで論文が百本書けますわ!」と涎を垂らさんばかりに歓喜し、手帳に猛烈な勢いで書き込みをしている。


「……おい、領主。また厄介なのが増えたな」


 ヴァネッサが呆れたように肩をすくめた。

 俺は頭を抱えつつも、新しく目覚めた「妹」の誕生を、心から喜んでいた。


★★★★★★★★★★★


「よし。シスターの目覚めと、俺たちの新しい家族の誕生を祝って、今日はとびきりの飯を作ろう」


 遺跡の安全が確保されたことを受け、俺は広間の一角に携帯用の魔導コンロを設置した。

 魔力を大幅に消費した俺自身の回復も兼ねて、今日は精力がつく極上の料理を用意してある。


「食材はこれだ。この遺跡へ向かう道中、シロが氷の川で見つけてきてくれた『氷河の長魚』だ」


 俺がクーラーボックスから取り出したのは、丸々と太った、黒光りする細長い淡水魚だ。

 獰猛な顔つきだが、冷たい水の中で蓄えた上質な脂が乗っている。


「まずは、こいつを開く」


 俺はミスリル製の小包丁を使い、長魚の背中から刃を入れ、骨に沿って滑らせるように一気に開いた。

 内臓と骨を丁寧に取り除き、頭を落とす。

 そして、身を適当な長さに切り揃え、長い鉄串を何本も扇状に打っていく。


「最初に『白焼き』だ」


 赤く熾った炭火の上に、串打ちした長魚を乗せる。

 皮目からじっくりと焼く。

 ジジジジッ! と音を立てて、皮の隙間から大量の脂が滴り落ち、炭に当たって白い煙が立ち上る。

 この煙で燻されることで、川魚特有の泥臭さが消え、香ばしさが身にまとわりつくのだ。


「次は、蒸す」


 表面がカリッと焼けた長魚を、一度蒸し器に入れる。

 こうすることで、余分な脂が落ち、身が箸で切れるほどトロトロに柔らかくなる。

 エルフの伝統的な調理法を応用した、職人の一手間だ。


「そして、仕上げの『蒲焼き』だ」


 蒸し上がった長魚を、特製のタレにたっぷりと潜らせる。

 黒褐色の発酵調味料に、果実の蜜、そして酒を煮詰めた、甘辛く濃厚なタレ。

 これをたっぷり纏わせた長魚を、再び炭火の上に戻す。


 ジュワアアァァァッ!!!


 タレが焦げる、暴力的なまでに芳醇な香りが遺跡の広間に爆発した。


「な、なんて良い匂いなの……!」

「お腹が鳴ってしまいそうだわ」


 シルヴィアとヴァネッサが、身を乗り出して喉を鳴らす。

 足元のシロも「わんっ!」と涎を垂らして尻尾を振っている。


 タレをつけては焼き、またつけては焼く。

 これを三回繰り返すことで、表面には照り輝く琥珀色の層ができ、中は極限までフワフワの仕上がりになる。


「これを、細かく短冊切りにする」


 サクッ、フワッ。

 包丁を入れる音だけで、その柔らかさが分かる。


「そして、丸い木のおひつに、炊きたての白いご飯をたっぷりと盛り、その上にこの長魚の蒲焼きを敷き詰める!」


 真っ白な湯気を上げるご飯の上に、照り輝く黄金色の長魚が絨毯のように敷き詰められる。

 さらに、上から残った甘辛いタレを回しかける。


「完成だ! 『長魚の甘辛焼き、三段まぶし風』!」


 俺は四つの木の器を取り分け、皆の前に並べた。


「これには、食べ方に三つの作法がある」


 俺は器に盛られたご飯を、木杓子で十字に四等分した。


「まずは、器の手前四分の一を自分の小鉢に取り分ける。そして、そのまま食べるんだ。長魚の濃厚な脂と、甘辛いタレ、そして白いご飯の純粋な相性を味わってくれ」


 シルヴィアが小鉢に取り分け、一口食べる。


「……ッ!! なにこれ……! 外はパリッとしているのに、中は綿雪みたいに溶けていくわ! 濃厚な甘辛いタレが、ご飯に染み込んで……たまらない!」


「ああ、これは酒が欲しくなる味だ。美味すぎる……!」


 ヴァネッサも目を見開き、一瞬で一杯目を平らげる。


「次は、二杯目だ。さっきと同じように取り分けたら、今度は『薬味』を乗せる」


 俺は小皿を用意した。

 細かく刻んだ青ネギ、爽やかな香りの香草、そして舌を痺れさせるような爽快な刺激を持つ、山椒に似た緑の粉末香辛料。


「これをたっぷりと乗せて、混ぜて食べる」


 皆が二杯目に取り掛かる。


「……! 味が一変したわ! 香草の爽やかさと、香辛料のピリッとした刺激が、濃厚な脂を中和して……さっきよりずっと軽く、そして複雑な味になっている!」


 ヘレナが眼鏡を曇らせながら絶叫する。


「そして、最後の三杯目だ」


 俺は火にかけていた鉄瓶を取った。

 中に入っているのは、長魚の骨をこんがりと炙り、香り高い茶葉と共に丁寧に煮出した、澄み切った熱い『薬草茶』だ。


「薬味を乗せた上に、この熱い茶をたっぷりと注ぎ込む。……タレと薬味の風味を、茶の香りで包み込んでかき込むんだ」


 ジュワァァッ……!

 熱い茶を注ぐと、ご飯に染み込んでいた甘辛いタレが溶け出し、長魚の脂と茶のすっきりとした香りが完璧に融合した黄金色の汁が生まれる。


「ずずっ……!!」


「あぁぁ……。これは、反則よ……」


 シルヴィアが、魂が抜けたような顔で天井を見上げた。

 濃厚な味わいが、香ばしい茶の優しさによって究極の癒やしへと変化する。

 胃袋から全身へと染み渡る、至高の満足感。


『素晴らしいです、お兄様! 私の味覚センサーが、感動のあまり振り切れそうです!』


 シスターの青い瞳が、キラキラと点滅する。

 彼女は実際に食べられないが、皆の表情と香りの成分分析だけで、その美味しさを完全に理解しているようだ。


「食後は、これだ」


 俺は満足して息をつく皆の前に、カップを置いた。

 中に入っているのは、焙煎した黒き豆を極細かく挽き、マザーの高圧蒸気で一気に抽出した「濃縮された漆黒の雫」。

 そして、別の小鍋で牛型の魔物の乳を温め、空気を混ぜ込みながら細かく泡立てたものを用意する。


「この濃い黒き茶に、泡立てた温かい乳を注ぎ込む」


 漆黒の液面が、真っ白でフワフワの乳の泡に覆われていく。

 仕上げに、表面に肉桂の茶色い粉を軽く振る。


「『泡立て乳の黒き焙煎茶』だ。熱いうちに飲んでくれ」


 シルヴィアがカップを両手で包み込み、そっと口をつける。

 フワフワの温かい泡が唇に触れ、その下から、強烈な苦味と深いコクを持つ黒き茶が流れ込んでくる。

 だが、その苦味はすぐに乳のまろやかな甘さと混ざり合い、肉桂の甘い香りが鼻腔を抜けていく。


「……はぁ。なんて優しい味……。長魚の濃厚な脂が、この苦味と泡で完全に洗い流されていくわ……」


 彼女の顔から将軍の威厳は完全に消え去り、ただ幸せを噛み締める少女の顔になっていた。

 俺とシルヴィアの視線が交差する。

 彼女は少しだけ頬を染め、カップの陰から俺に微笑みかけた。

 その笑顔は、この極寒の遺跡の中で、何よりも温かい熱を帯びていた。


「わふぅ~」


 足元で、自分用に取り分けてもらった長魚を平らげたシロが、満足そうにお腹を見せて転がっている。


『お兄様のお料理、最高です! 私、お姉さまと一緒にお兄様についていきます!』


 シスターが嬉しそうにアームを振る。

 こうして、過酷な雪と氷に閉ざされた第二の古代遺跡で、俺たちは新たなる家族――シスターを迎え入れた。


 彼女の『精密加工』と『環境適応』の能力が、これからテラ・テルマエにどのような劇的な進化をもたらすのか。

 それを楽しみにしつつ、俺たちは泡立つ温かい茶の香りに包まれながら、心地よい疲労と満腹感を分かち合っていた。


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