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辺境に追放された魔導工学師、古代遺跡の【お節介AI重機】を目覚めさせる。不毛の荒野? 多脚戦車で一瞬で温泉リゾートですが何か?  作者: 伊達ジン
第5章:独立国家マザーランド

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第53話 第二の古代遺跡

 雪と氷に覆われた絶壁の奥深くに、その巨大な金属の扉は隠されていた。

 高さ十メートル、幅二十メートル。俺たちの拠点であるテラ・テルマエの地下で見つけた遺跡の入り口とよく似ているが、装飾の意匠はより直線的で、冷徹な機能美を感じさせる。


「マザー。後方の警戒を頼む。俺が開ける」


『了解しました。周囲の魔力残滓、および生体反応の監視を継続します』


 俺は分厚い防寒具の袖をまくり、雪まみれになっていた金属の扉の表面に右手を押し当てた。

 氷のように冷たい感触が掌から伝わってくるが、その奥に、微かながら確かな「回路の脈動」を感じ取る。


「……生きているな。数千年雪に埋もれていても、完全に機能が死んでいるわけじゃない」


 俺は意識を集中し、己の固有スキルである【魔力変換・接続】を発動させた。

 体内で練り上げた魔力を、扉の魔導回路の波長に合わせて最適化し、指先からゆっくりと流し込んでいく。

 凍りついていた回路が、俺の魔力を血液のように吸い上げ、目覚めていくのが分かった。

 バチッ、バチッという微弱な火花が散り、扉に刻まれた幾何学模様のラインが淡い青色に発光し始める。


「開け……!」


 ズゴゴゴゴゴ……ッ!!


 大地を揺るがすような重低音と共に、巨大な二枚扉が内側へとゆっくりと引き込まれていった。

 舞い上がる雪煙。

 中から吹き出してきたのは、何千年も密閉されていたとは思えないほど清浄で、しかし肌を刺すように冷たい空気だった。


「おおおおお……っ!!」


 俺の背後から、悲鳴のような歓声が上がった。

 考古学者のヘレナだ。

 彼女は寒さなど全く気にする素振りも見せず、目をギラギラと輝かせて扉の隙間へと飛び込んでいった。


「ヘレナ! 待て、まだ安全かどうかが……!」


「素晴らしい! 素晴らしいですわアルド様! 見てください、この入り口の気密構造! テラ・テルマエの遺跡とは違い、外気の侵入を完全に遮断するための多重隔壁になっています!」


 彼女は壁に頬をすりつけ、分厚い金属の継ぎ目をうっとりとした顔で撫で回している。相変わらず、遺跡を前にすると理性が蒸発するらしい。

 俺は苦笑いしながら、警戒態勢のヴァネッサ、シルヴィアと共に遺跡の内部へと足を踏み入れた。

 足元では、シロが「ここはどこ?」と不思議そうに鼻をひくひくさせている。

 マザーも、余裕のある扉の幅をゆっくりと進み、俺たちの後へ続く。


 遺跡の内部は、巨大な洞窟のようだった。

 だが、壁も床も天井も、全てが継ぎ目のない未知の合金と、磨き上げられた人造石で覆われている。

 俺は入り口付近にあった魔力供給盤に再び手を触れ、俺の魔力を施設全体へと広げた。


 ブォンッ……。


 低い起動音と共に、通路の天井に埋め込まれた照明が次々と点灯していく。

 青白い光が、数千年の眠りについていた施設を照らし出した。


「……すごいな。なんて広いんだ」


 俺たちの目の前に広がっていたのは、無数の機材や、用途不明のカプセルが整然と並ぶ、広大な研究施設のような空間だった。

 あちこちに太いパイプが走り、壁には古代文字の刻まれた板がいくつも設置されている。


「やはり、間違いありませんわ!」


 ヘレナが壁の一角に走り寄り、拡大鏡を取り出して古代文字を解読し始めた。彼女の口が早口で動く。


「この施設は、古代文明における『寒冷地適応型・魔導理学実験場』……および、重要物資の永久保存庫として建造されたものです! テラ・テルマエの施設が『開拓と居住』を目的としていたのに対し、こちらは『極限環境での保存と観測』を目的としています。だから、装甲も断熱材もこれほど分厚いのですわ!」


「保存庫ってことは、何かが残っているのか?」


「ええ! 魔力さえ通せば、記録媒体から当時の膨大な知見を引き出せるはずです! ああ、神よ……私の人生は今日この日のためにありましたのね……!」


 ヘレナは涙を流しながら、壁の文字板に頬ずりしている。

 俺はヴァネッサを振り返った。


「ヴァネッサ、この広間の警戒と、入り口の確保を頼めるか? 俺はマザーに魔力を繋いで、ここの主電源を完全に復旧させる。ヘレナは……まあ、しばらく放っておこう」


「了解だ。魔物の気配はないが、古代の防衛機構が動くかもしれん。油断はしないさ」


 ヴァネッサが大剣を肩に担ぎ、鋭い視線を周囲に巡らせる。

 俺はマザーから太い魔力伝導ケーブルを引き出し、施設の主電源ポートへと接続した。

 俺の魔力と、マザーの膨大な出力が施設全体に流れ込む。

 室内に、微かな温風が吹き始めた。凍りついていた空調機構が息を吹き返したのだ。


「よし、これでひとまず安全は確保できたな」


 俺が息を吐くと、隣に立っていたシルヴィアがツンとした顔で俺を見た。


「アルド。主電源が入ったのなら、奥の区画も調べられるはずよ。貴方は私と来なさい。このまま学者先生の変態的な観察に付き合うのは御免だわ」


「俺を護衛にして、奥を調べたいってことか?」


「逆よ。私が貴方を護衛してあげるの。領主が怪我でもしたら、私の快適な昼寝場所がなくなってしまうもの」


 素直じゃない言い回しだが、要するに「一緒に行こう」ということだ。

 俺はシロをヴァネッサに任せ、シルヴィアと共に奥の通路へと進むことにした。


 青白い照明に照らされた通路を歩く。

 足音だけが静かに響く空間。

 奥へ進むにつれ、空気はさらに冷たさを増していった。どうやら空調の熱がまだ届いていないらしい。

 俺は思わず身震いし、毛皮の外套の襟を合わせた。


「……寒そうね、アルド」


 隣を歩くシルヴィアが、俺の様子を見て微かに口角を上げた。

 彼女は薄手の軍装の上にマントを羽織っているだけだが、全く寒がる素振りがない。


「そりゃ寒いさ。ここは外より冷え込んでいる気がする」


「ふふっ。私の氷魔法の足元にも及ばないわ。……でも、貴方のようなひ弱な職人には過酷かもしれないわね」


 彼女は得意げに笑い、俺の方へと少しだけ距離を詰めてきた。

 肩と肩が触れそうな距離。

 彼女の体からは、冷気ではなく、ほんのりとした温かさと、甘い香水のような匂いが漂ってくる。


「……私の近くにいなさい。魔力で周囲の冷気を遮断してあげるから」


「悪いな。助かるよ」


 俺たちは、かつて研究員たちが寝泊まりしていたと思われる居住区画へと入った。

 部屋の中には、金属製の寝台や机が当時のまま残されていた。腐敗や風化が少ないのは、この極低温と密閉空間のおかげだろう。


「なんだか、時間が止まっているみたいね」


 シルヴィアが机の上の古い計器を指でなぞりながら呟く。


「帝国の城も冷たくて広いけれど、ここまでの静寂はなかったわ。……常に誰かの思惑が渦巻いて、息が詰まりそうだった」


 彼女の青い瞳が、少しだけ伏せられる。

 若くして帝国の将軍という地位に就き、氷の仮面を被り続けてきた彼女の、隠された素顔。


「ここは静かすぎるくらいだ。……少し、休むか。俺の体も冷え切っちまったし」


 俺は部屋の片隅にあったテーブルを軽く拭き、リュックから小さな金属の箱を取り出した。

 マザーの工房で作った、魔石を動力源とする携帯用の小型魔導コンロだ。

 カチリと魔力を流すと、赤い熱線が灯る。


「こんな場所で、何をする気?」


「寒い時には、中から温まるのが一番だろ」


 俺はリュックから、丸い陶器の器を取り出した。

 中には、黒褐色のカカオをたっぷりと使った生地が詰められている。俺がテラ・テルマエを出発する前に仕込んでおいたものだ。

 これを魔導コンロの熱線に乗せ、蓋をして数分間、一気に高温で焼き上げる。


 甘く、そしてほろ苦い香りが、冷え切った部屋の空気を優しく染め上げていく。

 シルヴィアの鼻がひくひくと動き、彼女の表情から将軍の威厳が急速に溶け落ちていくのが分かった。


「……その匂い。まさか、お菓子?」


「ああ。焼き上がりだ」


 蓋を開けると、ふっくらと膨らんだ黒い焼き菓子が姿を現した。

 俺はそれを二つ、皿に乗せてシルヴィアの前に置いた。

 一緒に、香ばしく焙煎した温かい茶も用意する。


「これは、『中から熱い甘露がとろけ出す、黒き焼き菓子』だ。スプーンで真ん中を割って食べてくれ」


 シルヴィアはゴクリと喉を鳴らし、素直にスプーンを手に取った。

 サクッとした表面を割る。

 その瞬間、中から湯気を立てたドロドロの熱い黒い液――濃厚な甘みを持つカカオの奔流が、溶岩のように溢れ出した。


「わぁっ……!」


 シルヴィアの目が、子供のように輝いた。

 彼女は熱い黒い液をたっぷりと絡ませた生地をすくい、ふうふうと息を吹きかけてから、口へと運ぶ。


「んんんっ……!!」


 言葉にならない感嘆の声。

 彼女は頬を押さえ、目を閉じてその味を噛み締めた。

 熱々の生地と、舌の上でとろける濃厚な甘さ。ほろ苦さが後味を引き締め、冷え切った体を芯から強烈に温めていく。

 彼女の顔が、幸せという名の炎で赤く染まった。


「美味しい……。熱くて、甘くて、心が溶けてしまいそう……」


 彼女は将軍の顔を完全に忘れ、ただの甘いものに夢中な少女として、次々と焼き菓子を口に運んでいく。

 温かい茶をすすり、また甘味を味わう。

 その光景を見ているだけで、俺の心もポカポカと温かくなってきた。


「……ふぅ。ごちそうさま。本当に、貴方の料理は魔法みたいね」


 器を空にしたシルヴィアが、満足げな吐息を漏らした。

 そして、俺の方を向き、悪戯っぽく微笑んだ。


「冷たい遺跡の中で、貴方と二人きりで甘いお菓子を食べる。……なんだか、密会をしているみたいね」


「密会って……お前がついてきたんだろ」


「ふふっ。そうね」


 シルヴィアは俺の隣に座り直し、俺の肩にそっと自分の頭を乗せてきた。

 甘い香りが、より近くで香る。


「……ねえ、アルド」


「ん?」


「私、ずっと強がらなきゃいけないと思ってた。でも、貴方の前だと、どうしても素直になってしまうの。……貴方が作る温かい場所が、私は好きよ」


 彼女の素直な言葉が、静かな古代の部屋に響く。

 俺は彼女の肩を優しく抱き寄せた。

 極寒の遺跡の中で、この小さなテーブルの周りだけが、二人だけの温かな世界になっていた。


 このまま、静かな時間が続くかと思われた。

 だが。


『アルド様ーーーッ!! 大発見ですわーーーッ!!』


 広間の方から、ヘレナの鼓膜を破らんばかりの大絶叫が響き渡った。

 ムードも何もあったものではない。

 俺とシルヴィアは弾かれたように体を離した。


「……あの遺跡狂い。後で氷漬けにしてやるわ」


 シルヴィアが青筋を立てて低く唸る。

 俺は苦笑いしながら立ち上がった。


「まあ、大発見なら行ってみよう。……続きは、テラ・テルマエに帰ってから、ゆっくりとな」


「……ええ。約束よ」


 シルヴィアは少しだけ頬を染め、俺の後に続いて部屋を出た。

 第二の古代遺跡。

 そこには、俺たちの未来を大きく変える「何か」が眠っている。

 期待と、シルヴィアの温かい体温の余韻を胸に、俺はヘレナの待つ広間へと急いだ。


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