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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
降りしきる雨の中、ヒバリはくーちゃんに聞かせます。
「おじいさまの遺書には、わたしが遺産を相続する上での条件が書いてありました。誰が読んでも大した条件には見えません——誕生日にプレゼントしたペンダントを、祖父の死後も保管してあること——相続不可能な場合、直ちに遺産は国庫に納めること——要点をまとめれば、それだけです」
ヒバリは、いまはもう何もない胸元に、空いた左手を添えます。
「おじいさまの死後、わたしが相続条件を満たしていないことを知った家族は……くーちゃんにもわかりやすく言うなら、とても怒りました。わたしはその怒りを買って、神宮寺の家を追放されたんです」
おかしいですよね、と、ヒバリは笑います。
「いまどき、お金が手に入らないからと、我が子を放逐する親がいるでしょうか(まったくいないということはないのでしょうけれど)。親戚筋はわたしを蔑み、笑い者にしました。自分たちを相続先にしなかった祖父への意趣返しだったのかもしれません。結婚していた方は、何も言わず去っていきました。彼への愛情なんて、わたしは微塵も感じていませんでした。たかが遺産ごときで、何も言わず別れるくらいですから、彼もわたしを、遺産相続の機械程度にしか、思っていなかったのでしょう」
すっかり黙ってしまったくーちゃんを見て、ヒバリは申し訳なさそうに微笑みます。
「ね、楽しい話じゃなかったでしょう? それに、いまどきの話でもありません。時代錯誤な家庭で育った、世間知らずな女の子が、ちょっと失敗してしまったという、ただそれだけの話です」
ヒバリは「帰りましょう」と、くーちゃんの肩に手を伸ばします。
くーちゃんは、飛び跳ねるように避けました。
ヒバリが目を丸くします。避けられたのにも驚きましたが、それ以上に、くーちゃんが、人間にトラウマを植え付けられた子犬のように、おびえた顔をしているのが、不可解です。どうしたの、と聞くより先に、くーちゃんは駆け出してしまいました。
ヒバリが呼び止めてきます。
が、くーちゃんの足は止まりません。
ヒバリはあの話を、「大したことじゃない」という思いで話したのでしょう。しかし、ヒバリにとっては消すことも癒すこともできない過去のはずです。くーちゃんにとっても……
一度回り始めた頭は止まりません。これまで見てきたこと、聞いてきたことが、数珠つなぎに合わさって、くーちゃんの罪を象ります。
——ヒバリが経験したという不思議な風。
それは、地上の物理現象として起こりうるものでしょうか。
——ソラが目の当たりにしたという、変な雷。
それは、自然に起こりうる雷と同じものでしょうか。
——セナは、その雷に打たれて、視力を失った。
サッカー選手になりたいという幼く純粋な目標を、たったひとつの雷が奪い取ってしまいました。
うつむいて走ったせいでしょう、くーちゃんは道半ばで、誰かとぶつかってしまいます。
「大丈夫ですか?」
聞き覚えのある声。
祖父江さんが黒い傘を差して、くーちゃんを見下ろしていました。右肩に買い物袋を提げています。拠点探しの帰りに、買い物をしてきたのでしょう。
祖父江さんはわずかに屈んで、くーちゃんに手を差し伸べます。くーちゃんはそれを、素直に取れませんでした。祖父江さんは首をかしげて、くーちゃんが話し出すのを待っています。
「……もしかして」
濡れた地面を見つめ、つぶやきます。
「ぜんぶ、あたしのせい?」
セナが視力を失くしたのも、ソラが責任を感じるようになったのも、ヒバリが貧乏生活になったのも、ぜんぶ、くーちゃんのせいなのでしょうか。
「そうですよ」
くーちゃんは顔を跳ね上げ、ぞっと背筋を震わせます——祖父江さんは、にこにこと、聖母のように笑っていました。
「あの三人を変えたのは、くーちゃんです。いまさらじゃないですか」
「……知ってたの?」
もちろんです、と、祖父江さんは神妙にうなずきます。
「最初、ゲストハウスに来たときに、言いましたよね。大天使様から話は聞いてるって。あなたがこれまでやってきたことは、すべて聞き及んでいます。そうでないと、あなたのことを例の問題児なんて、呼ぶはずがありません」
「じゃあ、なんで!」
祖父江さんに当たっても仕方がない。
でも、声を荒げずにいられない。
「なんで言ってくれなかったの!」
「言って、どうなります? あなたのいたずらのせいで、三人の人生がめちゃくちゃになっている。そんなことを言ったって、くーちゃんにはなんの意味もないはずです。だって——」
くーちゃんはずっと、こう思っていたはずです。
「この世で一番愚かな生き物……それが、くーちゃんにとっての人間でしょ?」
祖父江さんは、差し伸べていた手を引っ込めて、くーちゃんのそばを通り過ぎます。
くーちゃんは取り残されました。こんなに雨夜に出歩いている人なんて、ひとりもいません。そこかしこにできた水たまりに、格子窓から漏れた明かりが反射して、くーちゃんを取り囲みます。天界に比べれば、田舎町の家灯りなんて、蛍火にも及びません。
が、いまはその光が、おそろしくてたまらない。
人間の灯した光が、くーちゃんの罪を取り囲んでいるような、そんな錯覚に襲われました。
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