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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
いまさら思い出して、どうなるというのでしょう。
十年という長い年月で、ヒバリは身も心も少女ではなくなりましたが、二十歳のころの自分は、ただの少女というより他にありませんでした。
遺産相続、と聞けば、亡くなった肉親の資産を受け継ぐことだ、というのはわかっていました。ですがそれが、神宮寺の家にとって、どれほど大きな意味を持つのか、ヒバリにはわかっていませんでした。
古くは戦国時代の城主だった家系にあり、曾祖父が経済成長期に財をなしてからというもの、後継の家族一同、その恩恵にあずかっていました。ヒバリ自身、生家にいる間、お金で困ることはまったくありませんでした。学校の友達は事あるごとに、あれがほしいのに、これがほしいのに、と、お小遣いが少ないことを嘆いていました。ヒバリはお小遣いというものをもらったことがありませんでしたが、なにか欲しいものがあれば、孫煩悩な祖父に頼めば済みました。
親戚一同は、祖父がヒバリに目をかけているのを、快く思っていなかったそうです。たいして親密でもない親戚筋は、正月や節句には笑顔で顔をのぞかせつつ、老い先短い祖父が全遺産をヒバリにたくすのではないか、こちらにもお目こぼしがもらえないか、と、水面下で企んでいました。
その予想が当たったのか、はたまた水面下の企みを察知したのか、ヒバリの祖父は弁護士を呼び、遺産はすべて、条件つきで、ヒバリの成長と未来に託すと、遺書に記しました——ヒバリの祖父は、ヒバリの心を、あまりに高く買い過ぎていました。
二十歳の誕生日の朝。
ヒバリは祖父に呼び出され、ひとつのペンダントを渡されました。特別なものではありません。探そうと思えば、全国のファンシーショップで同じものが手に入ったでしょう。
もちろん、ヒバリはうれしそうな顔をして喜びましたが、余りある財産のほんの一部を使ってプレゼントされたのが安物のペンダントで、肩透かしを食らった気分が否めません。それでも、プレゼントされた手前、着けないわけにはいかない。ヒバリはペンダントの細い紐を首に回し、友達と誕生日会をするからと、家を出ました。
ヒバリはずっと、神宮寺の家柄をうっとうしく思っていました。古くからある家系という理由だけで、あらゆる所作をしつけられました。大学にも行かせてもらえず、来年の春、どこかのお偉い家柄の男性と結婚することになっています。自分の進路も、将来も、自由に決められない。それが古き家柄の宿命だというのなら、そんなもの捨ててしまいたかった……
いつか家を出たい。
でも、家族の不自然な愛情や、祖父からの期待が、ヒバリを神宮寺の家に縛りつけています。首に掛かっているペンダントは、その証。ただ細い紐でしか繋がれていないのに、それがまるで、飼い犬に巻く鉄の鎖のように思えてなりません。
ヒバリは夢想します——なにか不思議な力でも働かないだろうか——その力が、カボチャの馬車のように、わたしを神宮寺の家から連れ出してはくれないだろうか。年甲斐もなく、おとぎ話のような想像をしてしまう自分が情けない。こんな幼稚な想像でしか、現状から抜け出せないなんて。
そうして、旧庭神橋を渡っていた時のことです。
とつぜん強い風が吹いて、ヒバリはたまらず目をつむりました。不思議な風でした。まるで、風そのものが意思を持って、全身に手を這わせてくるみたいに、足先、太もも、手先、右肩と、ヒバリの身体をなめるように吹いていきます。
おかしい、と思った直後、ヒバリは首が軽くなったのを感じ、あわてて胸元をさぐります——不思議な風が、ペンダントをさらっていったのです。
ヒバリは狐に包まれたような気分になりつつ、心がほっと息つくのを感じました。まさか、本物の神様が、ヒバリの想いを汲んでくれたのでしょうか……そんな非科学的なこと、あるはずがありません。感傷的な気持ちになっていたから、ただ吹いてきた風を、そんなふうに勘違いしてしまったんだ、と、ヒバリは自分に言い聞かせます。
ヒバリは身軽な気持ちで、家路につきました。
それが転落の始まりだったとも知らず。
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