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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
来客のない平日は、思いのほか早く過ぎていきます。掃除をして、ヒバリが作ったもやし炒めを食べて、また掃除をする。やることは多くないのに、一日はあっという間に終わります。
いまのくーちゃんには、ゲストハウスの仕事以外に、どうしても外せないことがあります——ヒバリから目を離さないようにすること——先日、ヒバリは橋の上で、いったい何をするつもりだったのでしょう。また目を離したすきに、どこかに消えようとするのでしょうか。
くーちゃんの奥底には、いまだ、人間がどうなろうと知っちゃこっちゃない、という思いがあります。しかし、それがやはり、ヒバリがどうなってもいい、という思いにはつながりません。
夜になると、ヒバリは旧庭神橋に向かいます。
くーちゃんは「あたしも」と、ヒバリの隣に立つようになりました。
毎日の日課にくーちゃんがついてくるようになっても、ヒバリは顔色ひとつ変えません。ふたり並んで旧庭神橋に立ち、欠けていく月や、星の輝きが地上に落ちてきたような町並みを眺めて、寒さに耐えられなくなったら帰る。
そうして平日が過ぎますが、くーちゃんはヒバリの心意をとらえられずにいました。
週末の土曜日。
気温がずいぶん上がり、晴れた日中であれば、間もなくやってくる春を感じられるようになりました。中庭には雪の山が残っていますが、時間が経てば、どんどん溶けていくでしょう。天気予報でも、しばらく雪マークを見ていません。やっと暖かくなってくれる、と、くーちゃんは白い息を吐きました。
明日の日曜日には、ついに、予約客がやってきます。
くーちゃんとヒバリは、玄関から宿泊部屋までの動線を、もう一度掃除することにしました。
朝の十時を過ぎたころ。
玄関口の電話が鳴り、くーちゃんが受話器を取ります——セナでした。
「今日、ソラと遊びに行っていい?」
先日の誘拐事件以来、ふたりとも、くーちゃんをほんとうの友達と思うようになったらしく、暇を見つけては遊びに来るようになりました。繁忙期を過ぎ、明日まで泊まりの客もいませんから、ふたりが来るには絶好のタイミングです。
「わたしは部屋にいますから」
と、ヒバリが気を遣ってくれます。
昼を過ぎ、セナとソラがやってきます。セナはお菓子とジュースを、ソラはゲーム機とゲームソフトを持っています。
くーちゃんはしばらく、リビングのソファに陣取って、ソラに教えられるまま、テレビゲームのキャラクターを操作していました。人間は暇つぶしにゲームをする生き物で、そんな暇つぶしのゲームを作っているのも人間です。いったい人間は、何を思ってこんなものを作ったのか……くーちゃんは不思議に思いつつ、画面のキャラクターの挙動に、しっかりと一喜一憂しました。
しばらくして、三人はお菓子をつまみつつ、おしゃべりに興じます。くーちゃんはもっぱら、セナが持ってきたポテトチップスにご執心です。これまでもやし炒めばかり食べていた口に、ポテトチップスのさくさくかりかりした食感が楽しく、あっという間に一袋を食べきってしまいました。
セナはうれしそうな顔をして、ソラはあきれたように鼻を鳴らします。
「くーちゃんって、天使って柄じゃないよね」
失礼な、と言うのは簡単ですが、いまのくーちゃんに天使らしさがないのも事実です。うまく返せず、睨むだけにとどめます。
セナは話題を変えて、
「昨日、生活の授業で、将来の夢を、みんなで考えたんだ」
「しょうらい?」
「うん。二十年後、大人になって、あんな仕事がしたいとか、こんなひとになりたいとか」
「人間ってほんと、お気楽ね」
くーちゃんは天使として生まれ、すでに八十年が経過しています。人間とは違う存在で、その命の在り方も、人間とは違います。人間のように、命の消費期限を焦って、明日にはこれをしよう、将来のためにあれをしよう、なんて、考えたこともありません。
「それで、あんた、なりたいものがあるの?」
「ぼく、お医者さんになりたい」
セナが言います。
「幼稚園のころは、サッカー選手になりたいって思ってたけど、ほら、ぼく、目が悪いでしょ。ぼくの目はもう治らないけど、ぼくよりずっと目が悪いひとのことを治せたら、それがいいかなって」
拙いながらも、セナらしい、とても素直な思いです。
「わたしはまだわかんない」
と、ソラは言いました。
「将来のことなんて、考えたこともなかった」
妙なところでくーちゃんと意見が同じで、くーちゃんはつまらなそうに口をとがらせます。
その態度が気に食わなかったらしく、
「じゃあ、くーちゃんは何かあるの?」
と、ソラが意趣返しのようにたずねます。
ここで「実はあたしも」なんて答えると、負けを認めたような気分になりそうだったので、くーちゃんは考えるふりをして、うつむきます。話すつもりはありませんでしたが、ふと、これも将来の展望だろう、と思うものがあります。
「天界に帰りたい」
セナとソラが首をかしげます。
くーちゃんは自分の境遇をかいつまんで話しました。大天使様に目をつけられて、地上に追放された——その理由まで話すほど、くーちゃんの口は軽くありません——ほんの少しだけ大天使様が悪役になるように言葉を選ぶと、ふたりはくーちゃんに優しい目を向けるようになりました。内心でほくそ笑みます。
「それで、大天使様に問題を出されたの。この世で最も愚かなことはなにかって」
くーちゃんは、この答えを自分ひとりで見つけろ、とは言われていないことに気づきます。
「あんたたちはなんだと思う?」
ふたりの答えを、そのまま自分の答えにするつもりはありません。大天使様が許さないでしょうし、以前祖父江さんから言われたこともちゃんと覚えていました——誰かの言葉をうのみにしてはいけない——ちゃんと自分で考えないと。
さほど時間を置かず、ソラが眉根を寄せて言います。
「誘拐犯」
先日の件が尾を引いているのでしょう、苦々しそうな声です。
「いじめっ子……かな」
セナは自信がなさそうです。すでに仲良くなったダイチたちのことを責めるような答えになったのが、気がかりなのでしょう。
どちらも間違いなく、くーちゃんが愚かだと思う人間の姿です。
しかし、いじめっ子は不正解でした。
これまで答えてきた感覚からして、誘拐犯、と答えるのも間違いだと思います。
くーちゃんは、ふたりの意見からなんとか答えが導き出せないかと、うなります。
その隣で、セナがさみしそうな顔を浮かべます。
「どうしても、天界に帰っちゃうの?」
くーちゃんは気にしたようすもなく、
「まあね」
と答えて、考える作業に戻ります。
セナはまた、さみしそうにうつむきます。
ソラはソラで、眉間にしわを寄せ、くーちゃんにかみついてやろうというような顔をしたり、そうかと思えば、セナと似たように、目元をさみしそうに下げたりと、せわしなく表情を変えていました。
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