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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
(やっぱり、人間は愚かじゃない)
セナの話を聞きながら、くーちゃんはそう思いました。
ソラを誘拐したのは、お化け屋敷のスタッフだったようです。しかも、スタッフ名簿に名前も顔写真もないスタッフでした——彼(もしくは彼ら)は、事前にお化けの衣裳を用意して、来客に混じって潜入し、スタッフに扮していたようです——彼らは、ソラを気絶させた後、持ち込んだ衣装でソラを包み、大きな衣装袋に入れてから、「使わないものを撤去してくる」とスタッフに言い置いて、武家屋敷を去った……
事前にスタッフの人数や役割を把握していなかったり、紛れ込んだ人間を同じスタッフと疑わなかったり、運営の人間は何をしていたのでしょう。なにより、たかが金ごときで子どもを誘拐する人間に、くーちゃんは怒りを覚えました。まともな仕事ひとつできない人間、子どもをさらう人間、どいつもこいつも愚かです。
……そうは思えど、その場で大天使様に答えるような真似はしませんでした。くーちゃんの中で、一番愚かなのは人間、という答えが揺らいでいました。
セナが言います。
『ぼくのせいだ……ぼくがちゃんと、ソラといっしょにいれば……』
「じゃあ、あんた、あの子と並んでトイレに入れたの?」
セナがもごもごとうなります。
くーちゃんはため息を押し殺して、
「あんたのせいじゃない。悪いのは誘拐した人間。ソラだって、あんたが悪いなんて、思ってないはずよ」
と、どうしてあたしは、あの生意気な女の子をかばうようなことを言っているんだ、と不思議に思います。
「とにかく、あんたにできることは何もない。おとなしくしてなさい」
それで会話を切ろう、と思ったのですが、受話器の向こうから、セナの気配が消えません。セナはいま、何を感じているのでしょう……どうしてくーちゃんは、セナの気持ちを考えるようになったのでしょう……静かに待っていれば、それがわかる気がしました。
『ぼく、ソラに、守ってもらってばっかりなんだ』
セナはゆっくりと話し出します。
『幼稚園のころから、ずっとそう。ぼく、自分から「遊ぼう」って言えなかった。ほんとうは、みんなとサッカーしたり、鬼ごっこしたりしたかった。でも、なんて話しかけていいのかわからなかった。そのせいで、いつもひとりぼっちだった。でも、ソラが手を引っ張ってくれた。いっしょに遊ぼうって言ってくれた。小学校に上がって、目が見えにくいからとか、大きな眼鏡をかけてるからって、いじめられるようになっても、ソラだけは味方でいてくれた。なのに、ソラが一番困ってるときに、ぼく、なにもできない……』
セナの声は震えていました。でも、泣いているようすはありません。どうしていま、セナの声は震えているのでしょう。
セナが言います。
『守られてばっかりは嫌なんだ。今日だって、お化け屋敷でソラの手を握ったのだって、ほんとは、ぼくが怖かったからなんだ。いじめられなくなったからって、ぼくが強くなったわけじゃない。変わったのはダイチくんで、ぼくはやっぱり、弱虫なまま』
セナはまるで、神様に懺悔しているようでした。くーちゃんには、セナの心の声が聞こえるようです——天使さん、どうか、弱いぼくを変えてください——
セナはひと呼吸分、間をあけて、
『ぼく、ソラを助けたい』
「……ぼくっていうか、あたしの力でなんとかして、の間違いでしょ」
セナはまた、もごもごとうなります。とても素直な男の子だけど、素直に言えないこともある……どこまでも不器用な人間でした。
くーちゃんが言います。
「行くわ」
『え?』
「あの子、助けてあげる」
真摯なお願いを断るなんて、できません。それを断ることこそ愚かだと、くーちゃんは思いました。
「あんたも来なさい。家にいても落ち着かないんでしょ。いまどこ?」
『自分の家。おとうさんに、家から出るなって言われて』
「あんたの親は?」
『ソラの家。警察に電話できないから、おとうさんたちに相談が来て……』
「なら、黙って出てきなさい。灯り役が必要なの。ついでに、あんたたちが行ったところに案内して」
『……うん!』
「それじゃあ、十分後くらいに」
くーちゃんは受話器を置きました
一度自室に戻り、セナからもらったマフラーと手袋を着けます。部屋を出て、窓ガラスに映る自分を見ます——祖父江さんにもらった服、マフラー、手袋——天使らしさが皆無の姿に、くーちゃんは不思議と、嫌な感じはしませんでした。
玄関で靴ひもを結ぶのに手間取っていると、タロウくんが帰ってきました。頭や肩に白い雪が掛かっています。こんな寒いのにジャージ一枚しか着ていません——寒さに強い体質なのか、はたまた、天使の力をかなり残しているのか——
タロウくんが言います。
「こんな大雪の中、どこに行くつもりだ?」
「人助け」
「……ああ、誘拐された子か」
タロウくんは肩の雪を払いつつ、
「うどん屋に来たおっさんが話してた。田舎は怖いね。変なところで警戒心が強いくせに、イベントとか祭りとか、そういうときになると、途端に警戒が緩む」
くーちゃんはやっと、靴ひもを結び終えて、立ち上がります。
入れ替わるように、タロウくんが上がり框に腰掛けます。
「物好きだな、おまえも、ナルも。人間のために動くなんて、面倒なだけなのに」
「別に、人間のためなんて思ってない」
「なら、どうして助けに行く? たかが人間のガキひとり、どうなったっていいだろ」
タロウくんはブーツを乱暴に脱いで、くーちゃんを見上げます。気だるそうに細められた目は、にらんでいるようにも見えますが、くーちゃんは臆しません。
タロウくんが言います。
「おまえ、人間と関わるの、あんなに嫌がってたじゃねえか。祖父江さんになにか吹き込まれたか?」
答えないでいると、タロウくんはつまらなそうに言います。
「人間を助けたって、天界には帰れない。大天使様に良いところを見せたって、そんな都合のいいことは起らない。あのひとは地上のことなんてこれっぽっちも見ちゃいねえんだから」
「あたし、大天使様がどうとか、ひとことも言ってないんだけど」
「おまえ、天界に帰りたいんじゃねえの?」
「当たり前でしょ」
「なら、大天使様に良いところを見せるってことだろうが」
……めんどくさい。
くーちゃんはきっぱり言います。
「天界には帰りたい。でも、これは、天界に帰るためにやってるんじゃない」
「……それなら」
タロウくんの目が、試すように眇められます。
「なんのために、人間を助けに行くんだ?」
くーちゃんは考える時間もあけず、心に浮かんだものを答えます。
「わからない」
「は!」
タロウくんが嗤います。
「わからない! 理由もわからないのに、おまえは、人間を助けようって言うのか!」
「いいじゃない、別に」
くーちゃんは涼しい声で言います。
「助けようと思ったから、助けに行く。理由なんて、それで十分でしょ」
くーちゃんは玄関を駆け出します。
「待てよ!」
タロウくんが叫びますが、くーちゃんは振り向きません。街灯が薄く照らす中、大粒の雪が降りしきる夜道を走ります。
ゲストハウスの玄関に、タロウくんだけが取り残されます。玄関の明かりが逆光となり、タロウくんは影に覆われたように、夜の闇に立ち尽くしていました。
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