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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
ずきんっ。
後ろ頭の痛みで、ソラは目を覚ましました。
ここは、どこでしょう。真っ暗でよく見えません。暖房が利いたような暖かさがありますが、全身が冷え切っているせいか、身震いが止まりません。起き上がろうとして、つんのめります。両手足が、紐かなにかで硬く縛られています。横倒しになった右肩やおなかには小さな震動を感じます——何かのエンジンがかかっているような小刻みの振動——ワゴン車のカーゴスペースに乗せられているようです。
後部席の背もたれ越しに、運転席のほのかな明かりが見えます。
いったい、なにがあったのでしょう……思い出すのは、わけありませんでした。
昼間。
セナを強引に誘って、ソラはお化け屋敷に行きました。臆病なセナのことです、きっと、暗闇やお化けを怖がると踏んでいました。そうして、怖がるセナの手を、わたしが引いてあげる。そうしないと、セナはゴールできないと思ったのです。
お化け屋敷は、小学生以下なら無料で入れました。改装元の武家屋敷は、大昔、武士と呼ばれる人たちが控えていた場所でした。戦車や爆弾ではなく、刀と槍で戦っていた時代の人です。いまでも戦争でたくさんの人が死んでいて、そういう戦場に行くのは怖いだろうな、と思うことはあります。ですが、こういう、昔の人が死んだような場所というのは、また別種の怖さがありました。
お化け屋敷のスタッフは、幽霊の衣裳を頭からかぶっていたり、下手なメイクで落ち武者のような演技をしていたり、そういったところは子ども騙しのようで、ソラも怖いとは思いませんでした。しかし、真っ暗な屋内や、一歩進むごとにぎしぎしときしむ床の音のほうが、ずっと怖くありました。そういった暗闇や音の中から、戦で死んだ幽霊が出てくるんじゃないか……そう思うと足がすくんで、ソラは動けなくなってしまいました。
なのにセナは、まったく怖がるようすがありませんでした。
「だいじょうぶ?」
なんて、ソラを気遣うようなことまで言って、ソラの手を握ってくれました。
セナに手を引かれるのはうれしかった。でも、このときのソラは、その優しさを望んでいませんでした——セナが、もはやソラの思っていたような男の子ではないと、見せつけられているようで。
ソラはひたすら落ちこみました。昨日おとうさんやおかあさんに怒られたのが、尾を引いていたせいもあるでしょう。普段のソラであれば「触らないで」の一言でも言ってのけたでしょうが、このときばかりは、ちょっとした憤りすら、セナにぶつけることができませんでした。
それからの記憶が、やけにあいまいでした。お化け屋敷を出て、たしか、セナがトイレに行っている間、出口で待っていたはずです。その後、誰かに……そう、誰かに後ろ頭をなぐられて、気が遠くなって……そこで映像が途切れています。
次に目を覚ましたら、外は真っ暗で、誰かの車のカーゴスペースにいました。何がどうなっているのでしょう。しかしこの状況は、小学校でも事あるごとに、注意されてきたことです——ひとりで出歩いてはいけません。不審者は何をするかわかりません。誘拐されたり、殺されたりするかもしれません——
(そっか……)
わたし、誘拐されたんだ。
助けを呼ばなきゃ……そう思っても、口には猿ぐつわがされていて、手足も縛られていますから、携帯電話も取り出せません。そもそも、ポケットに入れていた携帯電話の感触がありません。
ぼんやりと明るい運転席に目を向けていると、おかしな声が聞こえてきました。アニメや映画でよく聞く、変声器を使ったような声です。
「金だ、金を出せば、娘を返してやる」
『わかった、いくらでも出す、だから娘を、返してくれ』
遠鳴りにも、おとうさんの声だとわかりました。昨日はあんなにソラを怒鳴って、今朝は一言も話そうとしてくれなかったのに、いまはとても、切羽詰まったような声をしています。もう家に帰るまいと思って、おとうさんたちには何も言わずに出かけました……ほんとうにそんなことになるなんて、思っていませんでした。
誘拐犯の男が「五千万」と言いました。
受話器の向こうで、おとうさんが息を呑みます。そんな大金がうちにないのは、ソラにもなんとなくわかります。
誘拐犯が、わざとらしく、深いため息をつきます。
「出せないか?」
『出す! わかった、用意する、すぐにでも』
「明日だ、明日の朝までに、五千万を用意して、庭神橋の入り口に置いておけ。途中でぼっきり折れた電柱があるだろう、あそこだ」
『待て、待ってくれ、娘は無事なのか、声を聞かせてくれ』
「三十分後、また掛ける。通報はするなよ」
通話が切られたようです。
誘拐犯はソラの携帯電話を使っていました——パスワードのロックが外れていて、好都合だったのです。
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