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<注意>第37回小説すばる新人賞 落選作品 を改稿したものです
大舟ソラは、四年生の教室の不思議な状況に、目を丸くしました。
つい昨日まで、同じクラスの銀竜セナは、クラスの男子から執拗ないじめにあっていました。他のクラスメイトは、見ないふりをしたり、自分たちがいじめられないように遠巻きに見つめたり、いじめられるセナを見てケラケラ笑ったり……ソラから見ても、教室の空気は良くありませんでした。
いつか先生に相談しよう。
ううん、先生に頼るんじゃなくて、わたしがセナを助けてあげないと。
でもどうしたらいいんだろう。女の子のわたしが相手をして、あのダイチくんに勝てるかな……でも、わたしがなんとかしなきゃ。大切な幼馴染は、わたしが守るんだから。
そう思っていた矢先のことです。
「ほんとに、悪かった!」
その日、星上ダイチと、彼の友達ふたりが、セナに頭を下げていました。とつぜんのことに、ソラだけでなく、教室にいたクラスメイトみんな、まばたくしかありません。
セナは周りの視線に当てられて、しどろもどろになりつつ、
「もういいよ、謝ってくれたし」
「いや、まだ足りない!」
ダイチは床に膝をついて、さらに頭を下げました。小学生が土下座をするなんて、アニメやドラマでも見たことがありません。それがあの、いじめっ子のダイチだというのですから、クラスの驚きもひとしおです。
「あの、ほんと、そこまでしないでいいから。すごく反省してるって、わかったし、もういいよ」
「ほんとか?」
「ほんと」
「じゃあ、あいつにもよろしく言っておいてくれ。頼む、このとおり」
セナは「わかったから」と、自分も床に膝をついて、ダイチの肩を撫でています。
(なにが、どうなってるの……)
一年生のころから、ダイチがセナをいじめて、セナが泣いて帰るというのが、当たり前の光景でした。つい昨日だって、ダイチたちがセナの上履きを取り上げて、ランドセルに隠していたのを、ソラは見ていました。
それがどうして、ダイチが進んで頭を下げる事態になったのでしょう。
昼休み、ソラは給食を食べ終わってから、セナにたずねました。
「ねえ、なにがあったの?」
「なにって?」
「ダイチくんがあんなふうに謝るなんて、おかしいよ。なにしたの?」
「ぼくはなにも」
「じゃあ、だれ? わかった、あれだ、こわーいマフィアのおじさんが来て、ダイチくんたちを滅多打ちにしちゃったとか」
「そうじゃないけど……」
話しぶりからして、ダイチたちが心を入れ替える瞬間に、セナが立ち会っているのは、間違いありません。ソラは思います。あのやんちゃなダイチたちを改心させられるとしたら、イタリアンマフィアとか、それこそ神様でもないと不可能だ、と。
「ねえ、教えてよ」
引く気がない、と、声音でも伝えます。
セナは押し負けたように、ちらっと周りを見て、近くに誰もいないのを確認してから、ソラの耳元に口を近づけました。ちょっとだけ、ソラはどきどきしてしまいます。でも、ちゃんと聞いておかないといけません。ソラは耳を澄ましました。
「天使に会ったんだ」
セナが顔を離します。
名残惜しいですが、セナの言っている意味を考えようと、ソラは頭を働かせます。
「えっと……頭に輪っかがあって、背中に翼が生えてる、あれ?」
「ちょっと違うけど、まあ、そういうの」
ソラはすかさず、セナの額に手を当てました。役得な想いを隠しつつ、もちろんセナの頭が心配で……手のひらに、セナの額の温かさがじんわりと広がります。
「熱はない」
「風邪は引いてないよ」
「でも、天使って……そんなのいるわけない」
「いるんだ」
セナは、はっきりと言いました。
「その天使が、ぼくの靴を取り返してくれたんだ。それで、ダイチくんを、ちょっとだけこらしめて……」
ソラの横顔は、なんだか晴れ晴れとしています。天使、というやつに助けてもらったときのことを思い浮かべているのか、セナの頬はほのかに赤くなっています。セナの目に映っているのは誰なのか……少なくとも、ソラではありません。胸の奥がちくりとします。
「おーい、セナ」
ダイチが呼んでします。
「いっしょにサッカーしようぜ!」
「うん……うん! 行く!」
セナは大急ぎで立ち上がって、ダイチたちと教室を出ていってしまいます。セナの横顔は笑っていました。あんなにうれしそうなセナ、見たことがありません。
彼がいじめられなくなった。たった一日のうちに、いじめっ子と和解し、いっしょに遊ぶようになった。それは、彼がいじめられているのを歯がゆく思っていたソラにとっても、良いことのはずです。
なのに、ソラの心は晴れません。いくつもの疑問が、ソラの内側でうずまいています。セナがどうしてあんなに元気になったのか。どうしていじめられなくなったのか。
(いったい、だれ?)
誰が、セナを変えてしまったのでしょう。
昼休みが終わっても、放課後になっても、ソラは、背中に大きな翼のある何かのことで、頭がいっぱいでした。
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